寂れた街のストリート、夜な夜な吹き溜まる不良どもが占拠する。おもむろに立ち上がると思うとスプレーを一振り。ふと朝目を覚ませば、昨日までなかったそれが壁一面を埋め尽くしている。
Graffiti(グラフィティ)。通例のアートとは乖離(かいり)し、社会に対する不安、人種差別や貧困を訴え、そして自らの存在意義などを表現するグラフィティ。
さて、これを定年を越えたじいちゃん・ばあちゃんがやっているとしたら。
場所はポルトガルの首都リスボン。サングラスにマスク、手にはスプレー缶を握り、mural(壁)へと殴り書きだ。
きっかけは、じいちゃんばあちゃんからの“質問攻め”
しわしわの顔でにこにこ。はたまたにやり。活気に満ちあふれ、その顔を輝かせてスプレーを壁へと大胆に吹きつけるじいちゃん、ばあちゃん。
「LATA 65」という、不定期に開催されるワークショップがある。主催するのは、Lara Rodrigue(ララ・ロドリゲス)含む数名のグラフィティアーティストで、「老人たちがグラフィティを描く為のワークショップ」だ。
なんともユニークなアイディアだが、ひょんなことから生まれたらしい。
「私たちは、ポルトガルのグラフィティシーンをより広げる為、WOOL-Covilhã Urban Art Festivalというのを毎年開催してるのだけど、ペインティングについて数多くの質問が寄せられました。その多くが、驚くことに“老人の方々から”だったんです」
ならば、自分たちで体験してもらいましょう、と最初の計画をコーヒーショップでざっくりと立て、その2週間後には第1回目を開催。
「LATA 65」。LATAはポルトガル語で缶を意味し、つまり”缶を握るオーバー65(定年退職を迎えた高齢者)というところだ。ララはLATA65の意義を、確信を持って話す。
「老人に限らず人間にとって、活発に年を重ねることや、レスジェネレーション(世代間の垣根をなくす)の中で共に活動してこそ、より生きる意味を感じられると思うんです。やはり、どの社会でも注目されるのは働き盛りの“若者たち”。社会に忘れ去られては、どうやって生きる覇気がわくでしょう。LATA65では、“老人”、つまり時代の中心ではない世代に現代アートへの“接触”を与えることができる。そして、興味を、やる気をもう一度持つ。好奇心、熱意や創作というものに対する年齢は、タダの数字です」
「そんなの金の無駄遣い」
計13回のワークショップを開催し、総勢120名以上の老人をギャングスターへと手がけてきた。ワークショップにはデザインの方法論を教示する以外のルールはなし。そりゃそうだ。アートというものは自らの自己表現方法の一つであり、誰かに強いられるものでなければ受動的なものでもない。
足掛かりは早かったが、トントン拍子とはいかなかった。当初は、「グラフィティ×老人」という二つの事象をクロスオーバーするプロジェクトは理解されず、またしようとしてもらえなかったという。
ポルトガルの社会では老人に対しお金を使うことが、”無駄使い”だと認識されている。それに加え、老人が行うグラフィティときた。ワークショップをする度、社会の分厚く大きな既成観念という名の壁に対し憤りを感じ、悔しさを覚えるそうだ。
「このワークショップを開催する上で、制度・行政・公共施設・民間企業等に取り合ってきた。感じるのは、老人に対しての概念や見方を大きく変えることは難しいということです。このワークショップについても「ただの金の無駄遣い」なんてこともいわれます。いつかは誰しもが年をとり老人になるのに、です」。
「でも」。このプロジェクトを通し、少しずつ現状が変わってきているのは事実ですと、付け加えた。何よりも、ワークショップ後に見て取れる、じいちゃん、ばあちゃんの笑顔がこのプロジェクトを続ける意義なんです、と。
「LATA 65の大きなゴールは、このプロジェクトを始めたその日から何も変わっていません。このプロジェクトを続けること、このプロジェクトが世界各地に広がること。これが、私たちLATA 65が老人に対し出来る最良のサポートだと思うわ」
生粋のストリート育ち、自らの欲望にとことん忠実で時として危険も厭わない若者たちによる、グラフィティ。一方、僕らが生まれるよりずっと前から、この世に生を受け、その長い人生の中で酸いも甘いも知り尽くした老人。天地がひっくり返りでもしなければ、決して交えることのないジェネレーションが、LATA 65を通していま、ここにある。そして、ちょっと過激だからこそ「生きてる気」を取り戻す。ちょっと不良な、愛に溢れた福祉活動とでもいおうか。
ここにある老人たちの童心に還った笑顔は言葉よりも語る。「年齢はタダの数字」に過ぎない、と。
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Photographer: Rui Gaiola / LATA 65
Text by Shimpei Nakagawa, Edited by HEAPS