数年前話題になったインディー映画に、『(500)日のサマー』というのがある。冴えない男子と小悪魔女子のビタースイートな500日のストーリーだが、若い二人が勤めていたのがグリーティングカード会社だったっけ。
ふとそう思い出したのも、先日こんなニュースを目にしたから。
「グリーティングカードを買う若者が増えている」「ミレニアルズのグリーティングカードビジネスが好調」。
スマホの指先でハッピーバースデー、結婚おめでとうなど、簡潔なメッセージを簡単に伝えられるこの時代に、メッセージカードが米国のミレニアルズに売れているらしい。
Image Via Halifax Paper Hearts
カード業界、アナログブームにのる?
昨今のレコードやカセット、VHSリバイバル、さらにブルックリンでも「一冊5000円の手作り自由帳」を売るノートブック専門店が人気、と若者たちの間でアナログアイテムが返り咲く。カードというザ・アナログにも、その購買層にミレニアルズがぐいっと食い込んできた。
Greeting Card Association(グリーティング・カード・アソシエーション)の調べによると、2014年にグリーティングカードを購入したミレニアルズは6割以上だそう。ここ5年で売り上げを落とすグリーティングカード業界の期待の星でもある。
確かに最近、小さな雑貨店やインディペンデント書店、ポップアップストアなどいわゆる“ミレニアルズの生息地”には、こだわりが強そうな個性派カードが並んでいる。
ミレニアルズ受けは、“ミニマルデザイン”のクラフトカード
若者が求めているものは若者が一番よく知っているということで、ミレニアルズに人気なカードメーカーの作り手にはミレニアルズも多い。
「最近は、小さな“ブティック”カードメーカーが増えてきているわね」と話すのは、「Of Note Stationers(オブ・ノート・ステーショナーズ)」のケイト。2年半前に、グラフィックデザイナーの友だちと二人でカードビジネスに乗り出した20代女子だ。
“紙が大好きでたまらない”二人が作るカードは、どれも白が基調の洗練されたミニマムデザインに短いメッセージがちょこんと添えられている。
Image Via Of Note Stationers
Image Via Of Note Stationers
コットン100%のカードは肌触りがいい。リサイクル紙で作るカードもあり、サステイナビリティにも気を遣うところが、ミレニアルズの価値観を反映している
Images Via Of Note Stationers
「Can’t Wait(待ちきれない!)」や「i’m here(私がいるよ)」「miss:(miss) verb: To perceive with regret the absence of someone. Miss you already(「恋しく思う」動詞:誰かの不在に落胆すること。あなたのことをもうすでに恋しい)」。
凝ってないようで凝っているメッセージセンス、余白の美しさ。
「若者たちはデジタル社会に疲れてしまっているから、カードに惹かれるのだと思う。私たちのカードはあくまでシンプルにして言葉の力を際立たせているわ」
Image Via Of Note Stationers
地元の凸版(とっぱん)印刷工場(アーティストのシェアスタジオにあるのだとか)で手作り。余計なものが削ぎ落とされた、どこか昔ながらのクラフト感あふれるデザインが、レトロ好きな若者の心をがっちり掴んでいるのだろう。
はじめに販売の場に選んだのは、ZINEやジュエリーなどクラフト好きな若者たちが利用するハンドメイドグッズ専門オンラインストアEtsy(エッツィー)。「スタートするには絶好のプラットフォームだった」とこれまでビジネス経験ナシのケイトが言うように、ミレニアルズが気軽にカードビジネスをはじめやすい環境もこのブームを手伝っているのかも。
まだまだある、かゆい所に手が届くメッセージカード
ロサンゼルスのカードメーカー「Offensive& Delightful(オフェンシブ&ディライトフル)」のカードは、レトロなイラストにちょいと過激でウィットに富んだテーマとメッセージ。
Image Via Offensive& Delightful
たとえば上のは、“フェミニズム”。コカコーラの広告のような女性が凛とした表情で、「this card doesn’t have any husbands kids or dogs on it (このカードには旦那や子ども、飼い犬も描かれていないわ)」と、“家族で和気あいあい”の絵柄が多いホリデーシーズンカードをチクリと刺す。
他にも「Happy Birthday to the Hottest Bitch(ホットなビッチ、誕生日おめでとう)」、
Image Via Offensive& Delightful
「Life is short. Let’s Smoke some weed(人生は短いからさ、マリファナでも吸おうよ)」。
Image Via Offensive& Delightful
年配の人が聞いたら顔をしかめそうな言葉やカードに堂々マリファナなど、エスプリが利いている。
「Emily McDowell Studio(エミリー・マクドゥーウェル・スタジオ)」は、インスタグラムで7万5000フォロワーを誇ることからも、ミレニアルズに人気だとわかる。
「まあ、私たちはつき合ってるとかそういうのじゃないのはわかってるんだけど、でも何か言わないと変だと思ってこのカード送ることにしたわ。全然大したことじゃないし、特に意味なんてないのよ。ハートマークだってないし。だからただ“ハーイ!”って言いたかっただけ。もういいや、忘れて」
Images Via Emily McDowell Studio
あなたのことを想うのって、冷蔵庫の中にアイスがあったって思い出すのとおんなじ感じ」
Images Via Emily McDowell Studio
「OMG(オーマイガー)、あなたが結婚するなんて!私たちも大人になったのね。WTF(何てこった)」
Images Via Emily McDowell Studio
ちなみにこれらバレンタインデーカード、一週間で1700枚を売り上げた。まどろっこしい微妙なミレニアルズの気持ちをぴたりと代弁してくれる。彼らには、「I love you(愛してるわ)」や「Happy Birthday, wish you all the best!(誕生日おめでとう。幸運を祈ります!)」など、ありふれたカードは肌に合わないのだ。
確かになかったかも、「LGBT向けカード」
ミレニアルズならではの価値観や観点が生み出したカードはまだまだある。ミレニアルズカップルのカードメーカー「Halifax Paper Hearts(ハリファックス・ペーパー・ハーツ)」がデザインした、このウェディングカードがいい例だ。
Images Via Halifax Paper Hearts
よくある“散りばめられた花やウェディングケーキに新郎新婦”のイラストではなく、彼女たちのカードには、ハートを挟んだ二人のおばあちゃん、二人のおじいちゃん。そして「let’s grow old together(一緒に年をとろう)」と。
そう、これはLGBTカップル向けのカードだ。「同性婚する叔母さんのためにウェディングカードを探したけど、新郎・新婦のデザインしか見つからず困った」経験から生み出された。セクシャルマイノリティであることにオープンであるべき、という風潮のいまだからこそできたカードだ。
Image Via Halifax Paper Hearts
テックサビーの若者たちが手書きカードに惹かれる理由をハリファックスのファウンダー・ステファニーはこう話す。「いまの生活って、SNSのフィードを何時間もスクロールして会ったこともない人と自分自身を比べたりしちゃうじゃない? 若者たちは“本当の人とのつながり”をもっと欲しがっていると思うの。大切な人のためカードに自分の想いを綴るという行為は、その基本よね」
Image Via Halifax Paper Hearts
従来のカードデザインにはない観点だったりテーマ、質を盛り込んだ、ニューエイジ・グリーティングカード。いままでの伝統や形式、概念や型にとらわれず「自分たちに合ったもの」を追求していくミレニアルズは、カードの買い手にも作り手にもなりえるのだ。
まっさらな手紙を目の前にしても何を書けばいいかわからないけど、せっかくの特別な日にSNSのメッセージでは何か味気ない。紙と向き合う機会をなくしてしまった若者にもう一度ペンを持たせるには、次世代グリーティングカードが持つ、個性派デザインと程よい感じに的を得たメッセージが効くのだ。
Image Via Halifax Paper Hearts
Of Note Stationers
Offensive& Delightful
Emily McDowell Studio
Halifax Paper Hearts
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Text by Risa Akita