「糸で綴じる」とタイプして改めて気づいた。そうか、本は「糸」でとじるもの。だから糸へんの漢字「綴」で「とじる」なのか。
紙と糸。天然素材同士、相性は抜群に良い。「糸かがり」製本は、手間がかかる分コストも高い。それゆえ大量生産には向かない一方で、長年使っても「ページが抜けにくい」強度が魅力…。製本への“偏愛”を語るのは、ブルックリンにある手作りのノートブック店「Twigg’s Bindery」のプロデューサー、JONNA TWIGG(ジョナ・トゥイグ、以下、ジョナ)。
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いままでの概念を覆す「美しいノート」
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製本家として知られるようになったのは「ここ最近」。彼女が創っているのは、
本ではなくノートブック。罫線のない真っ白なノート。スケッチする、アイデアを書きとめる、メモを取る「使い方は自分次第」の自由帳だ。もっともリーズナブルなB5サイズのもので一冊45ドル(約4,700円)。「ん、自由帳でその値段?」
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噂の手作りノートブックの専門店「Twigg’s Bindery(トゥイグズ バインダリー)」はブルックリンのFort Greene(フォート・グリーン)地区の住宅街にある。それまでジョナがスタジオとして使っていた場所を改装し、スペースの一部を「店」に変えたのは昨年のことだ。
「私にとって真っ白なノートは、自分を映し出すもの。とても身近でパーソナルなアイテム」。だから、私がもし買う側だったら「誰が」「何を使って」「どんな風に」作っているのかを見たい、と話す。空間には、そんな思いが見事に反映されている。
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シンプルで機能性がいいだけでは物足りない。店内には、眺めること、触ることを楽しくしてくれるチャーミングなスケッチブックたちが並ぶ。革を使用したものや、刺繍が施されたもの。
思わず、手のひらでその存在を確かめたくなる温かみのある質感。ページをめくる心地よい緊張感。
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「日常をともにする分、開いたり閉じたり、手にする回数は多いので、丈夫であることは必須。それに、使い終わってもずっととっておきたいから、時を経てゆっくりと変化する哀愁みたいなものを感じれらる素材だとなお良くて…」。ノートに対するこだわりを話すとき、ジョナは少しはにかむ。まるで自身の「好みのタイプ」でも明かすかのように、恥ずかしそうにするのが印象的だった。
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欲しいスケッチブックが、ない。
きっかけは「理想のスケッチブックを自分で作ったこと」。遡ること、約10年前。当時、ジョナは、絵画を専攻する美大生。「いい作品を創るために、いい紙を使いたい。アイデアを探るためのスケッチブックだって、いいものがイイ」。それは、ペインターを志す彼女にとって、ごく自然な欲求だった。
探していた「いいスケッチブック」というのは、必ずしも、高級で高額なもの、を指すわけではなかったが、市販の大量生産されたノートには違和感があった。「欲しかったのは、開いたときにフラットになる製本で、劣化しにくい丈夫なもの」。これが、ありそうでなかった、という。「画材屋に行っても、売っているのは、背を接着剤で綴じたものや、金具で綴じたものばかり。せっかく製本が良くても、紙質が欲しいものとは違っていたり」
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「製本は独学で勉強した」というジョナ。ある日、洋服を縫うように糸で紙を縫っていく「糸かがり」製本に出会い「ひと目で恋に落ちた」。手で抑えなくても、本が綺麗に開く。心が震えた瞬間だった。
開眼したジョナは、綴じる紙質や分厚さ、表紙など、描いてきた理想を手作りノートに落とし込み、カタチにしていった、という。
「ノートには、自分の能力や技量を拡張してくれる力があると信じています」と目を輝かす。だからこそ、こだわる価値がある、というのが彼女の信念だ。
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アーティストの感性に、“やっと”ついてきたクラフトブーム
だが、手作りノートを作り出した2006年当初、彼女の信念を理解してくれる人は少なかった。「顧客は、周りのアーティストたちくらい。最初は、カスタムメイドだけを細々と5年くらいやっていた」という。
彼女の信念と時代が、ピタリと合いはじめたのは、ブルックリンのハンドメイド/クラフトブームに火がつき始めた2010年頃。彼女がもともとこだわっていた、「エコ」や「サステイナビリティ(持続可能)」にも理解を示し、そこに価値を見出してくれる人が、“やっと”現れた。
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ニーズが増えたことを機に、カスタム以外にオンラインでオリジナル商品の販売を開始。セレクトショップや美術館の物販コーナーでも取り扱われるようになると、問い合わせや、同じ価値観を持った地元のアルチザンたちからコラボレーションの依頼も増えた。特に多かったのが、食の分野。オーガニックレストランからの「メニューの製本」だったという。
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自身のブランドに新たな可能性を感じたジョナ。もっと、同じ価値観を持った人々と繋がりたいし、商品にも触れたもらいたい。そんな想いから、スタジオを解放することに至ったと話す。「伝えることも、モノを作ることと同じくらい大切だと感じています」。
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現在は、「創ること、こだわることの楽しさをも伝えたい」と、ワークショップも開催する。自身の心が震えた瞬間を、より多くの人と共有できる時代がきたことを、純粋に喜んでいる様子だ。
人々のニーズや流行りに応えるように、ではなく、「これがイイ」という思いに従って独自の価値を追求してきた。クラフトブームは彼女にとって、追い風になったのは事実。だが、ブームの中で生まれたそれっぽい模倣品とは、一線を画す。
「良い時代に、良い場所(ブルックリン)で、創作活動ができることは、本当に幸運です」。謙虚な美意識。これも間違いなく、彼女の創作活動を下支えしている。
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Twigg’s Bindery
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Photos by Tetora Poe
Text by Chiyo Yamauchi