ここ数年で世界規模の急上昇をみせたワード、フェミニズム。時代によって考え方や捉え方の違いがあり、男性と対応になることを目指し「女性らしさの排除」が根底にあったセカンドウェーブ(60-70年代)、そして「女性っぽさがあってもいいじゃない」なサードウェーブ(90年代から)がある。
いまや、各誌メディアがこぞってフェミニズムを口にするが、出版のなかでもいち早くフェミニズムに深くつながりがあったのが、自由な出版物・ジン(ZINE)だ。90年代に登場したパンクバンド、ライオットガール(RIOT GRRRL)はバンド活動のみならず「ジン作り」を通してフェミニズムを啓蒙。コミュニティ内では、多くのフェミニズム・ジンが作られ、刷られ、手渡しされた。
いまでも〈フェミニズム×ジン〉の相性はよく、ライオットガール期のジンカルチャーに心酔する若きパンク女子による『Women Who Rock!』や「オンナだから感じること」を集めた日本発フェミニストジン『new era Ladies』などが刊行。世界中から集めたフェミニズム/クィア/トランスジェンダー関連のジンを紹介するウェブサイト「Grrrl Zine Network(ガール・ジン・ネットワーク)」もある。
さて、時は2019年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。
本屋やコンビニ棚の「女性雑誌コーナー」というのには、世界のわりとどこでも共通項がある。『VOGUE』や『ELLE』『ViVi』『CanCam』のように、トレンドの服・メイク・笑顔でもって表紙からキラキラを発光する女性誌が並んでいること。若い頃から女性たちは、女性誌という“マスメディア”から理想の女性像を見つけたり、自分を輝かせるためのアドバイスをもらったりする。その一方で、誌面に並ぶは「男性が好きな体型」や「モテ仕草ランキング」「男性が嫌いなNGメイク」(ある雑誌では「年収1,000万の男性が好きな体型」というのもあった)。理想の容姿と自分の現実を比べ、セルフヘイト(自己嫌悪)に陥る女性たちも多いといわれる。
「従来の“グロッシー雑誌(光沢のある紙質の華やかな女性誌)”のフォーマットを起点に。コンテンツ内容を変えました」。セルフヘイトを生み出すマスメディアや従来の女性誌に挑戦する企画づくりをおこなうのが、ロンドン発インディペンデント雑誌『Ladybeard(レディビアード)』。#MeToo以降のフェミニズム再燃より少し前の2015年、学生時代からの友人だった7人の女性たちによって創刊された。
これまで『Sex Issue(セックス)』、『Mind Issue(マインド:心、メンタル)』と『Beauty Issue(ビューティ)』の全3号を出版済み(セックス号とマインド号は売り切れ状態)。「“純潔さ”や、”フェミニン”、”完璧な幸せの形”といった、昔読んでいたキラキラ女性誌のコンテンツが出発点。そこに、ジェンダーやセクシュアリティ、アイデンティティといったテーマで新しい企画を生み出します」。毎号約200ページの“アンチ・セルフヘイト”な企画づくりを探るため、創刊者の一人キティと電話を繋いだ。
HEAPS(以下、H):キティさん、やっとお話ができて光栄です。キティってかわいい名前ですね。
Kitty(以下、K):本名はキャスリンなんだけど、誰も呼ばないからキティになった。小さい頃からハロー・キティが好きだったから、うれしい。
H:願ったり叶ったりですね。では今日の取材、バシバシやっていきましょう。
K:りょうかい!
H:アイデンティティ、ジェンダー、セクシュアリティ、セルフヘイトが、ここ2、3年の時代のキーワードになってから、これらの多様性を扱う雑誌や読み物がこれまでになく増えました。『レディ・ビアード』は、それより少し前の2015年、セルフヘイトを生み出すマスメディアに逆行するように創刊されました。きっかけは?
K:時代のキーワードに「セルフヘイト」を含めたのがおもしろいね。女の子って、小さいころから『Vogue』や『ELLE』のようなグロッシー雑誌を読んできたじゃない? 私自身、実際そういう雑誌は好きだったんだけど、同時に大嫌いでもあった。雑誌に出てくる写真のインパクトが強くて「自分って、女として”合格点”じゃないのかなー」と自己嫌悪に陥ってしまう。頭ではそうじゃないってわかっているのに。だから、グロッシー雑誌と違う雑誌、つまりインテリジェンスに遊び心と、あけすけなセクシャルな描写、実際の女性ってこんなもんなんだよっていう正直さを映しだす雑誌を作りたくて。
H:女性誌のなかの女性たちに憧れると、同時に自分に自信をなくす。気持ちわかります。自己嫌悪になったきっかけの女性誌はありますか?
K:『VOGUE』とかかな。でも自己嫌悪の原因って、女性誌だけじゃないよね。みんながみんな『VOGUE』でつらい思いをしたわけではないし。たとえば、インスタだって原因になりえる。
H:確かに、雑誌よりSNS消費の激しいいまの世代は、特にそうかもしれない。さて、レディビアードは「従来の女性誌を出発点に、コンテンツ内容を刷新する」というコンセプトで雑誌づくりをしていますが、内容を見てみましょう。
『セックス号』では、
・英国初、女性がオープンしたセックスショップの「おすすめセックストイ」紹介
・フェミニストのポルノ監督ペトラ・ジョイのインタビュー記事
・エコセクシュアル(地球に愛を示すことで地球や自然を守ろうとする活動家)の団体や、ロンドンのドラァグクイーン集団の特集記事
・性暴力の被害者たちが語るセクシュアリティについて
『マインド号』では、
・拒食症と闘う姉妹やエイズにかかった女性の体験談
・「ヘッドスカーフ」をかぶる異なる女性3人のストーリー(精神的な安らぎが目的でかぶる女性の話も)
『ビューティ号』では、
・英国での肌の漂白事情やヨルダン川西海岸での脱毛サロンについて
・全盲や弱視の人々にとっての「美」とは
・クィア・フェミニストたちが思う「女性らしい美」
・時代における「ブサイク」の定義の移り変わり
など、メインストリームのメディアが斬り込まないコンテンツ内容ですね。
K:そうね。グロッシー雑誌では絶対に見かけないであろうコンテンツを入れてみたかった。たとえば、他の女性誌が「ウェルネス」にまつわるポジティブすぎる真面目ちゃんな内容を出していたとしたら、私たちは「自殺」について取りあげる。「自殺したいという人がなぜ自殺をしてはいけないのか」「世間では、なぜ自殺に対してのスティグマがあるのか」という議論まで展開して。
H:レディビアードは、制作者たちの原点にある“従来の女性誌の企画”が起点にあって、そこからいままでになかった企画をつくっている印象があります。たとえば、女性誌でよくある「おすすめのコスメ〇〇選」を「英国初・女性が経営するセックスショップのおすすめセックストイ」にしたり。セックス号では、女性誌のお決まり「彼氏をよろこばせる方法トップ10」のかわりに…。
K:「自分が満足するオナニーのやり方」とかね。「彼氏ではなく、自分をよろこばせる方法」。あの号は、リアルなセックス体験を届けることが目的だった。たとえば、期待してたのに残念なセックス体験とか。つまらなかった、痛かった、とか。表紙にもピンク色のバイブレーターの写真を起用したんだけど、当時はこれ、相当衝撃的だったと思う。いまは、似たような企画や写真を扱う雑誌は多くなったけど。
H:こういう企画ってどうやって考えるんですか?
K:まずはテーマを決める。『ビューティ号』みたいに、つまらなそうなテーマが逆に魅力的。どうやって、そのテーマを創造的に広げられるかを考えられるから。たとえば、男性モデルを“ミューズ”に仕立てて(ミューズは主に女性のことを指す)、ソファベッドによりかかってもらって撮影したり。ありきたりなテーマから、ちょっとワイルドさというか、おもしろさを足していく感じ。
H:編集メンバー7人のワイルドが混ざりあう。
K:どこでも読めるような話を取りあげることには興味がない。企画会議では、文字通りメンバーみんなで円座して、「この企画なら他の新聞や雑誌でもあまり見かけないよね?」「この人を特集したら、レディビアードらしいおもしろさが出せるんじゃない?」というようなことを話しあっている。
H:企画会議、おもしろそう。お邪魔したい。ところで、編集チームは全員女性ですね。なにか理由が?
K:7人のうち2人はクィア。男性がいないのは…なんでだろう。うーん、いい質問だね。メンバーがみんな女性だけであるって、そんなに大事なことじゃないけど。
H:さっきも、チームで円座して会議していると言ってましたが、パブでも会議したり(さすが英国)、深夜までみんなで雑誌づくりしていることもあるそうで。いつも7人でずっと時間を過ごしていると、ピリピリ、ギクシャクすることもあったり?
K:うおお、もう悪夢よ(笑)。みんなお互いのことが好きだし、とても仲はいいんだけど。でも正直言うと、一度も調和したことがないと思う。同僚というより、姉妹みたいな。大変なこともあるけど、結構たのしいよ。
H:ケンカとかも勃発(笑)
K:それはもう、いつも恐ろしい喧嘩しているわ。ひどいよ (笑)
H:なにが火種なの?
K:制作や運営の役割分担とか、それぞれのメンバーの仕事量とか。「この人の仕事の量は多いのに、この人は少ない」というね。あと金銭管理の担当になった人は、制作に割く時間が少なくなるから不満タラタラ。あ、あと『ビューティー号』の表紙を「おしりの穴の写真」にしたときもケンカになった。
H:これ、おしりの穴だったのか〜!
K:取りあげているコンテンツは結構シリアスで重かったりするから、それでもみんなに雑誌を手にとってもらえるように、表紙はたのしくて明るくするようにしている。
H:先ほども話ありましたが、創刊から5年経ち、レディビアードがフィーチャーしてきたトピックや切り口をいろいろなマガジンが取り上げるようになりました。やはり、この5年でのフェミニズムに対する世の動きをどう感じていますか。
K:最近はレディビアードのように、従来の女性誌に疑問をもつ人たちが多いしね。フェミニズムがメインストリームになったと思う。フェミニズムに関してのトピックがあまりにも多すぎて、フェミニズムのコンテンツがつまらないと感じるようにさえなった。だから、いまはあまりフェミニズムに関する雑誌作りはしたくないと思っている。
H:え、レディビアード廃刊?
K:創刊時の目標が、もっとセックスやメンタルヘルスについてさらけだし、いろいろな「美」の形について真剣に考える場をつくることだった。当時は、私たちと同じようなテーマでやっているメディアはあまりなかったけど、いまはメインストリームのメディアがこぞってやっていること。とてもおもしろいことだし、すばらしいと思う。メインストリームのメディアが、昔よりおもしろくなってきている証拠だからね。だからこそ、レディビアードを続けるためには、出版する側として、いまの立場からどう制作を進めるべきなのか考えなくちゃいけないと思ってて。次の4号のために、ちょっと1年半くらい休んでいた。
H:やはり、他の似たような雑誌との差別化というか、レディビアードにしかできない雑誌作りで悩んでいるということですね。1年半休刊して、出口は見えてきましたか?
K:うん!
H:ワクワクしますね!
K:うーん(苦笑)。まだ少ししか記事が集まっていない状態で。でも、デザインも新しくする予定!
H:ひと足先にフェミニズム雑誌を作ってきたレディビアードが、フェミニズム白熱時代にどんな雑誌として生まれかわるのか。たのしみです!
All images via Ladybeard
Text by Hannah Tamaoki and HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine