子どもたちが世界の問題に目をひらく44ページ。各国が注目する教育本、休み時間の遊び感覚で社会をパズルする『EYEYAH!』

「『脳は、文章よりも視覚情報を600倍も早く処理する』って知っていますか? 私たちは次世代に向けて、ホットなトピックをアートで表現する“本”を作りはじめたんです」
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世紀のソングライターで、ビートルの一人、ジョン・レノンもジンメーカーだったらしい。といっても、少年時代に一度限りだが。
『デイリー・ハウル』、1950年代、地元リヴァプールの小学校に通っていた少年ジョンが発行した1巻限りのジン。ジョンが創作したお話や詩、絵、漫画が1冊の授業用ノートに綴じられた。シュルレアリスム満載の絵のタッチに、風刺の効いたストーリーと、のちのシニカルな天才アーティスト、“ジョン・レノン”を形づくる片鱗がぱらぱらと。授業中にこそこそ書いていたのだろう。ある日、このジン(あくまでもジョンにとっては、落書き帳?)は先生に見つかってしまい、没収。その後、当時の同級生の証言によると、職員室を一周してからジョンのもとに返却されたとか。先生たちもたのしめる、大人な内容だったに違いない。

さて、時は2019年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

***

唐突だが、人間が外界から五感をつかって情報を得るとき、一番多い割合を占めるのが「視覚」だ。7パーセントの聴覚、3パーセントの触覚、2パーセントの嗅覚、1パーセントの味覚に比べ、視覚は破格の87パーセントだという。子どもたちの学習も同じで、視覚教材があると、最大400パーセントまで学習を向上させるともいわれている。

さて、前置きはここらへんにして。今月の1冊は、その“視覚”の絶大な力を駆使し、将来を担う次世代に向けて作られた本。「『脳は、文章よりも視覚情報を600倍も早く処理する』って知っていますか? 私たちは次世代に向けて、ホットなトピックをアートで表現する“本”を作りはじめたんです」

シンガポール発の『EYEYAH!(アイヤー!)』。アートとデザインを通して、子どもたちに社会問題についてを知ってもらうアクティビティブックだ。対象は8歳から12歳。アクティビティブックとは、ゲームやクイズ、パズルなどを解いては学べる、いわば“たのしい教材”のようなもの。これまで『アイヤー!』では、インターネット依存やソーシャルメディア、サイバー犯罪などの社会問題をイラストや迷路などで学んでもらう『Internet(インターネット)』号と、間違い探しやクイズで食と健康についてを考える『Food(フード)』号を発刊。作り手は、フェイスブックやMTV、ナイキなど大手ブランドをクライアントに持つデザインスタジオ兼アートギャラリー「カルト・スタジオ&ギャラリー」にて、雑誌『カルトマガジン』を発行していた雑誌業界15年のベテラン2人組だ。

2017年の創刊以来、5人の編集部は世界中のイラストレーターとグラフィックデザイナー40人を巻き込み、これまで2号各44ページを子どもたちへ。いかにして“目”で読ませる本を作るのかを探るべく、創設者のひとりで2人の娘を持つターニャさんに取材依頼。やっと一息つけるであろう月曜の夜9時、図々しくもスカイプを鳴らした。

HEAPS(以下、H):ターニャさん、仕事に家事にお疲れさまです。こんな時間にスカイプを繋いでもらい、ありがとうございます。早速ですが、タイトルの「アイヤー!」って響き、好きです。思わず口に出したくなるキャッチーさ。

ターニャ(以下、T):ありがとう。「アイヤー」は、広東語で驚いたときなんかによく使われる言葉なんですよね。アジア生まれの本だと主張したく、これに命名。

H:カンフー映画なんかでもよく耳にします。そんなアジア生まれの『アイヤー!』は、アートやデザインなど視覚を通して、キッズに社会問題について知ってもらうために創刊しました。

T:私と『アイヤー!』の共同創設者のスティーブは、雑誌業界に腰を据える15年に世界中の何千ものアーティストと一緒に仕事をしてきた。それに、お互い子どもがいる。親として、早いうちからインターネットの危険性や健康的な食事といった重要な社会問題を知ってほしいとの想いがあったんです。

H:長年のキャリアで培ったアーティストとのネットワークと、子への想いから『アイヤー!』が生まれたわけだ。でも、ネットの危険性や健康的な食については、学校でも習うトピックだと思いますが。

T:シンガポールの教育制度は、世界で最も優れた教育制度の1つとして知られています。なかでも重要視される科目は数学、英語、中国語で、そのどれもが「正しい答え」に導くよう教えられている。私たちは、この“正しさ”を追求する教育システムから切り離した本を作りたかった。

H:と、いいますと?

T:『アイヤー!』の読み方は、イメージを見て、それについて考え、話し合うこと。もっというなら、誌面のアートを通してそれを描いたアーティストがなにを言おうとしているのかを探ること。そこには正しい答えも間違った答えもない。「See・Think・Wonder(見て・考えて・知りたいと思う)」。私たちはこれを「子ども主導の学習」と呼びます。

H:正しい答えを導くだけではなく、答えのないものにも創造力を働かせてほしい、と。

T:その通りです。創造力って、ロボットや機械には備わっていない、人間独自のスキルだと思う。

H:となると、社会問題についての情報の部分、たとえば背景や現状、解決策などを教えるってわけではないんですね。

T:すべての情報を伝えることは不可能です。私たちの仕事は、できるだけ広い範囲からトピックを選び、それをわかりやすく視覚化し伝えること。この本はあくまで会話のキッカケになることにすぎないんです。


H:視覚化することによって頭に入ってきやすい。覚えさせるのではなく、“印象をあたえる・残す”という感じ。

T:そう、たとえば創刊号の『インターネット』では、サーバファーム(サーバが大量に設置されている施設)を視覚化。実際、8歳のキッズに言葉だけでサーバファームのことを説明しても、複雑だし理解しづらい。それをイラストにすることでイメージしやすくなり、理解する速度もあがる。こうしてアートやデザインを駆使して伝えることが、『アイヤー!』の重要な要素なのです。

H:文字だけの情報より、ビジュアルありきのコンテンツだとより一層伝わるわけだ。ところで、子ども向けの本といえば、シンプルでかわいらしいイラストを使うイメージ。が、『アイヤー!』のイラストはかわいらしさを残しつつも、ちょっとドキッとするというかシュールというか、大人もたのしめる独特なビジュアルでは?

T:従来の教育本とは違うものが作りたかったんです。私たちが選ぶアーティストの多くは、子ども向けに制作することを専門にしていない。『アイヤー!』のコンテンツに合わせて子どもに向けて描いているです。なので、持ち前のユニークなスタイルのおかげで、他誌と差別化できる。一方で、保護者からは「『アイヤー!』のイラストは、キッズには怖すぎる」なんて声もあったり。

H:うーん、わからないでもない。

T:けれど私たちからすれば、「キッズはこういうアートを見てはダメなの? なんで?」と思う。見せたくないものが山ほどあるユーチューブに比べたら、『アイヤー!』には怖いものなんてひとつもない。

H:おっしゃる通りだ。個人的に、本全体の色使いが好みです。鮮やかで、見ているだけでたのしくなる。

T:はは、ありがとう。色に関するルールは特にないんだけど、イラストの色味が落ち着きすぎている場合は、もっと明るくしてとお願いする。黒は多用しないようにしているし。私たちが採用するアーティストは、みんなカラフルで鮮やかな色を使う傾向があるかもしれない。

H:膨大な数のアーティストとのネットワークがあるゆえ、アーティストの選定は簡単ではないかと。

T:キュレーションの大部分は、自身もアーティストであるスティーブが担当しているの。毎回イラストのタイプに沿ってアーティストを選択します。たとえば最新の『フード』号では、ファストフードの危険性に関するコンテンツを作りました。リサーチ時に、ニューヨーク・タイムズで、“食品技術者の実験室で、いかにしてジャンクフードは作られるのか”という興味深い記事を読んで。

H:えぇっ!?

T:ドリトスなどを作っているチップスの会社では、完璧な食感追求のため、開発段階でチップスの耐性を試す機械を導入しているそうです。その機械を視覚化しようと、こんな感じのロボットを描いてもらったんです。これは、細かいイラストが得意なアーティストに依頼しました。


@eyeyahmag

H:本当に存在しそうなほどリアルなロボットだ…。

T:他にもキャラクターものを描くのが得意なアーティストには、“アグリー(ブサイク)”な野菜のファミリーを描いてもらったり。こんな感じで、各々のスタイルに合ったアーティストを選んで、私たちのアイデアや元ネタとなった情報を共有し、制作してもらうんです。

H:『アイヤー!』ならではのイラストの世界観や、一緒に制作するアーティストの基準みたいなものってあるんですか?

T:『アイヤー!』には特定のユーモアが必要だから、スティーブは際立ったユニークなスタイルを好みますね。必須事項ではないんだけれど、採用するイラストレーターやグラフィックデザイナーは若手が多いかな。私たちからオファーすることもあれば、アーティストからオファーがくることもある。

H:そして『アイヤー!』は、学校の教材としても使えると聞きました。ふんだんなビジュアルで子どもたちはたのしめそうですが、詳細な説明を省いているぶん『アイヤー!』を通して教えるのは難しそうなイメージが。

T:はい。本の対象はキッズですが、教師たちが授業に取り入れることを想定して作っています。教科書としてというよりは、休み時間やテストで余った時間にたのしく取り組む副教材ですね。なので、教師が『アイヤー!』をどう取り入れられるか、なにを教えられるのかをアドバイスする無料の別冊ツールキットやワークシートも提供しているんです。

H:ビジュアルで子どもたちを惹きつけ、大人たちにそのビジュアルの裏にある意味について教えさせる。

T:そうね。なので、子どもたちが自身で本を買って見て学ぶというよりは、教師や両親の先導ありきなんです。というのも、子どもたちは正直『アイヤー!』よりペッパピッグ(イギリスの子ども向けアニメ)やディズニーのおもちゃに興味があるでしょうし。あと、これを話すのはヒープスが初めてになるんだけど、今後、無料アプリもローンチ予定。アプリとの併用が重要なキーになってきます。

H:特別解禁情報、ありがとうございます。うれしい! さて、では『アイヤー!』のページをめくってみましょう。イラストや迷路、問題、間違い探し、シール…

創刊の『インターネット』号では、

・イラストでみるネット依存(スマホの画面に溺れる人などで表現)
・ネットが張りめぐらされた街のなかを迷路(一度ネットをしはじめると、なかなか抜け出すのが難しいよ、というメッセージが)
・絵のなかから、“クッキー”を探してみよう(ホームページを訪問ユーザーの情報を保存する仕組み“Cookie”にかけて)
・毎日スマホ上で出会うおなじみの絵文字たちが棲息するワンダーランド


最新の『フード』号では、

・ブサイク野菜のシルエットクイズ(見た目の悪い野菜が食料廃棄の一因になっているとの知識つき)
・野菜のなかにまぎれた動物を探せ!
・10人に1人の子どもが朝ごはんを抜いていることをアートで表現
・どの食べ物にどの化学調味料が使われているかクイズ

など。どれも学校では詳しく教えてくれない気になるトピックだ。誌面で取り扱う社会問題はどう選定している?



T:すでに取りあげたい社会問題はいくつか決まってるんです。選定方法はシンプルで、親として子どもが知るべきだと思うことを基準に選ぶ。「インターネット」は一番に思い浮かんだし、「食べ物と飲み物」は子どもに健康的な食事をしてほしかったから。次号のテーマは「ゴミ」。プラスチック問題やリサイクルについて知ってもらいたいなと。

H:現在『アイヤー!』は、シンガポール、台湾、香港、フィリピン、英国、ドイツ、オランダにて販売中。世界中で読まれているわけですが、社会問題の重要性は国によって異なったりしますよね。そこらへんは、バランスよくカバーしているんですか?

T:『アイヤー!』が扱うトピックは、世界中の子どもに関係するもの。いま多くの国で多くの子が当たり前のようにスマホを持っています。なので、インターネットはみんなの問題だし、フードはそもそもみんなの生活に欠かせない。各号、国を関係なく、彼らが知っておくべきトピックをカバーしています。

H:なるほど。教育にも使われる本だから、間違った情報や偏見を引き起こすような内容は載せられない。制作時の注意点などは?

T:『アイヤー!』は政府機関によって支援されているんです。インターネット号では情報通信メディア開発庁「IMDA」と連携したし、環境保全やリサイクル、ゼロウェイスト・ムーブメントなどについて触れる次号のでは、各国の環境当局と協力する予定。政府機関が間違った情報を流すことは許されないので、私たちの情報源を確認して根拠のある事実かどうかを厳しく管理します。


発刊に先駆けて公開している、次号『TRASH issue』のアートワーク。

H:おぉ。

T:これは良いことです。政府機関と協力することによって、『アイヤー!』の情報の信ぴょう性が高まりますから。

H:早いうちからキッズにインターネットのネガティブなことや、食の危険性について知ってもらう。個人的にはいいアイデアだと思いますが、果たしてすべての親が賛同するかといえば…。

E:もちろん賛否両論! 出版当初から賛同してくれているのは、だいたいイラストレーターやグラフィックデザイナー、広告代理店などクリエイティブ業界で働く親たちね。保守的な親もいるけれど、それはそれで。『アイヤー!』は、現時点では大衆に向けた大量生産品ではないから。



H:一方で先生、学校、メディアからたくさんの良いレビューを得ているのも事実。 他の教育本にはない、アイヤーの特徴って?

E:膨大なアーティストのネットワークから生まれる、ユニークなアートかな。一冊にいろんなスタイルのイラストが詰まっているから、美術の授業のレファレンスとして利用しているもと聞きました。あとは子どもたちが気になってることを取り扱っていること。子どもたちってインターネットやスマホ、絵文字やセルフィーについて話すのが好きだから。

H:じゃあ、子どもたちからもしっかり人気?

E:私の娘たちはクリエイティビティやアートが好きだから興味を持っている。でもスティーブの息子はそうでもないみたい。十人十色、もちろんそれでいい。話し合うことに意味があるから。

H:本以外にも、Tシャツやワッペンなんかを販売していますね。Tシャツは大人用、子ども用ある。

E:誌面に載っているアートをそのまんまティーシャツにプリント。Tシャツのタグに、アートとアーティストについての説明もくわえます。この“着られるアート“が、本を読まない人へのアプローチにもなる。トートバックや水筒、筆箱なんかがあってもいいかも。

H:なんともパンチ力のあるイラストだ、Tシャツがキッカケではじまる会話もあるかもしれない。ちなみに、本、どのくらい売れてます?

E:まだまだニッチなのが正直なところ。実は、本にくわえて、さっき話した教師用のツールキットやワークシートを、シンガポールのいくつかの学校に無料で寄付しているの。


@eyeyahmag

H:えぇっ。それ、太っ腹すぎません?

E:いいんです。たくさん稼ぐことを目的に会社をはじめたわけではないので。純粋に自分たちがたのしいと思うこと、誇りを持てることをやりたかったから。でも、一緒に作り上げてくれる人たちにお金を払うため、最低限の収入が必要です。なので、いまは、アーティストとクライアントを繋げる代理店業務を『アイヤー!』以外にやっていて、それを通じてほとんど資金を調達しています。

H:子どもたちのたのしい教育のために、資金集めも頑張っているのですね。では最後に。子どもたちのなかには、まだ社会問題に興味がない子もいるはず。そんな子たちには、『アイヤー!』をどうたのしんでもらいたい?

E:「社会問題」というと、堅っ苦しくてとっつきにくい。だから私が娘たちと話すときは、社会問題と呼ばず、“インターネット”や“食べ物”といったテーマ名で呼ぶんです。

H:入りから「問題」として知っていくというよりは、子どもたちの身近なことには問題が隠れている、と通じていくのが『アイヤー!』ですね。「社会問題について話す」よりも、インターネットや食べ物について話す方が子どもたちもたのしいですもんね。

E:普段の授業で学ぶ数学や英語とは違うんだから、授業後やテスト後の余った時間に、休み時間のおしゃべり感覚で学んでもらえたら!

H:教室にキッズの「アイヤー!(驚き!)」の声が響きわたるといいですね。ターニャさん、本日はありがとうございました!

Interview with Tanya Wilson, EYEYAH!

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All images via Eyeyah!
Text by Yu Takamichi, editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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