道が知っている過去と今日の生活。世界都市の“通りの裏”、見えないあるいは忘れられた事柄たち『Flaneur』

「その道の過去を深く探りたいときには、長くそこに住んでいて、昔をよく知っていそうな地元の人に話を聞く。道沿いのラーメン屋さんにいる人や、その道で育った人たち」
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「地図を描く」。時は、江戸時代。商人・天文学者・測量家であった伊能忠敬(いのうただたか)は、17年という年月をかけて自分の足で日本全国を周り、初めて日本地図を作った。それだけでも驚きだが、もっと仰天なのが、伊能は50歳で数学を学び、このプロジェクトを55歳からスタートしたこと。
毎日数十キロも歩き、測量し、そのデータを持ち帰り、描き起こす。その気の遠くなる作業には、妻も協力したらしい。その後、都市図や道中図、名所図、温泉図など地図の出版が盛んになり、地図は庶民階級にまで浸透した。多色刷りの技術もヨーロッパより早く発達したという。日本の出版、印刷技術の成果は、古地図から滲み出る。その先駆けに、一人のインディペンデントな作者(伊能)あり。

さて、時は2020年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。


今回紹介する一冊は、フランス語で「気ままに街を散策する人」を意味する『Flaneur(フラヌール)』。2013年にベルリンで創刊した、世界各国の都市の「道」にある歴史や、人々の生活や想いを探求する雑誌だ。毎号たった一本の道に焦点をあて、数週間現地に滞在して、地元の人の視点とともに探ってゆく。

ベルリンの「カント通り」、ローマの「コルソ・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通り」、サンパウロの「トレーゼ・デ・マイオ通り」、台北の「康定路(カンティンルー)に萬大路(ワンダールー)」。みんなが知っている有名な世界都市の道のまだ知らないことから人が行きたがらない道に秘められた事柄までを、歩いてドキュメントする。

地元情緒あふれる道、人種が交差する道、歴史的な出来事にまつわる道、観光客だらけで地元民には見向きもされない道、そして作り手の個人的な繋がりのある道——ある一本の道の、通りの裏に見つける〈世界都市の見えない歴史と今日〉を、編集長の一人、ファビアン・ソールに尋ねる。

HEAPS(以下、H):毎号、一本(時に二本)の道にのみ焦点をあてている。ストイックですね。

Fabian(以下、F):一本の道に焦点をあてて、その道の裏に隠れていることをさまざまな角度や視点で探究している。ただたんにその場所になにがあるかを紹介するのではなく、ジャーナリスティックな目線で、文芸的で芸術的なアプローチでもって誌面作りをしているよ。そのために、現地のアーティストやライター、研究者、建築家、ミュージシャンなど、いろいろな業界の人たちと一緒に作っている。

H:それにしても一本の道で約120ページほどの雑誌を作るなんて、根気強い。

F:たまに「一本の道にだけ絞るってちょっと狭すぎない?」っていわれるよ。でも、だからこそこれまで伝えられてこなかったようなその道の裏側にあるものを伝えられると思ったんだ。道を入り口に、ストリートレベルでその街のくわしいことを伝えることができる。道は、それらの話のきっかけなんだ。

H:これまで辿ってきた道の記録をみてみましょう。

■ドイツ・ベルリンの「カント通り」
ベルリンの写真家による、通りにあるバーにて過ごした一晩のフォトドキュメントや、作曲家が作曲したカント通りのサウンドトラックをデザインに落とし込んだもの、猫の目線で描いたストーリーなど。雑誌発行人の個人的な思いのつまった通りらしい。

■イタリア・ローマの「コルソ・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通り」
市街地にある観光客だらけの道で、地元民からすると“うっとおしい”道ともいわれている。「発見なんて今更ないだろうという道から、新しいものを見つけられたら」というコンセプトで、2人の写真家に使い捨てカメラでそれぞれ通りを撮ってもらった企画などを展開。

■ロシア・モスクワの「ブリヴァールノエ環状道路・クレムリン宮殿のまわり」
スケートボードを交通手段に街の風景をドキュメントしていったものや、ソ連時代のライターの思い出を綴ったストーリーなど。

■サンパウロの「トレーゼ・デ・マイオ通り」
トレーゼ・デ・マイオとは5月13日の意味で、ブラジルの奴隷解放記念日。この道に住む人の日常を捉えたドキュメントやパーソナルエッセイを集録。この奴隷解放という切り口をテーマに、カーニバルやサンバ学校のあるビキシガ地区、ブラジルの黒人文化などにも触れている。

確かに「ガイドブックとは違う」と断言していた理由がよくわかりました。

F:ガイドブックとは絶対に違うと言える。もちろん、『Flaneur』を持ってその道を歩いたりするのもいいと思う。だけど「このコーヒーショップがお薦め!」みたいな観光スポットの紹介はいっさい載っていない。ガイドブックは目に見えるものを紹介してるでしょ。でも、僕たちはその土地の目に見えないものを紹介したいなって。






H:それにしても、世界中に膨大な数の道がありますよね。一説によると、360万もの道があるそうです。どうやって毎号取り上げる道を決めているのでしょうか。

F:まず、直感的にどこの都市を取り上げるかを決める。そして都市が決まったら、現地に足を運んで、とにかく周辺を散策しまくる。モスクワ、ローマ、モントリオール号の制作時も実感したんだけど、自分の足で散策するのは本当に重要。散策にはだいたい数週間は費やすよ。

H:長いですね。

F:うん。メディア関係の人ならよくわかると思うんだけど、普通だったら散策にかける時間は1日2日が妥当。運よく自分の週末とあわせて1週間の散策時間がとれたもんならかなりラッキーな方だよね。でも僕らは約1ヶ月は現地滞在するんだ(笑)。そんなのクレイジーだって思う人もいるかもしれないけど、これこそがインディペンデント雑誌の特権だと思っている。確かに、僕たちの儲けは豊かではないけど、大手ができないような自由な制作ができる。

H:道を選ぶときのこだわりは?

F:僕たちの選ぶ道は、ちょっと変化球。ローマ号では、ローマの現地人が嫌う観光地のど真ん中にある道を選んだ。それから台北号の制作では、たくさんのきれいな道やおしゃれでかわいらしい道があったけど、あえて観光客が絶対に足を運んだことがないであろうなにもない道を選んだり。なにもないように見える道も散策したらいろんなことが見つかるんだ。





H:ちょっと気になったんですが、“道”ってひとことで言ってもいろんな距離のものがある。たとえば、ニューヨークのブロードウェイ通りだったら、約20キロとかなり長い。だいたいどれくらいの長さの道を取りあげているんでしょう。

F:2、3キロの道とかかな。でも、モスクワ号で取り上げた環状道路は大きな円の道を軸に10本くらいの道が複雑に混じっているから、きっと全部で30キロくらいはあったんじゃないかな。道を選ぶときに特に決まったルールはないんだ。その土地の性質を表している道かどうかが大事な判断基準だよ。

H:さきほど道の情報収集や撮影のたびにその土地に滞在すると話していましたが、現地に行くメンバーはどうやって決めるんですか?

F:基本的に僕とクリスティーナ(もう一人の編集長)が現地に行って3ヶ月くらい滞在する。たまに、他のメンバーが途中から来て2週間くらい参加したりもする。

H:ちなみにどんなところに泊まるんですか。ホテルとか?

F:ホテルには泊まらない。観光客のような滞在は避けて、アパートを借りたりしているよ。あとは、現地での知り合いを通して泊まる場所を紹介してもらったり。サンパウロに滞在したときは、現地のジャーナリストのアパートに泊めさせてもらった。台湾のときは、都市の中心部にあるアート村のようなコミュニティにお世話になった。彼らの宿泊施設は20世紀半ばに建築された歴史ある古い家でね。



H:実際の製作も、現地のコントリビューターに協力してもらうということでしたね。実際にどうやって彼らと知り合うのですか。

F:実は僕たち、雑誌を制作するうえで人との出会い方にすごくこだわっているんだ。自然な出会いが好ましい。たいてい、現地を散策中とかバーでたまたま出会った人と仲良くなって、一晩中おしゃべりして、彼らが「この人、おもしろいから会うといいよ」と教えてくれて、翌日には紹介してもらった人に会って、その人を通じて5人と出会って…という感じ。たくさんの地元の人と話すことでその土地のことをすごく速いスピードで知ることができる。僕たちの視点ではなく、そこに住む人の視点を尊重したい。

H:街で偶然に出会った人と共に制作する。ロマンチック。

F:その道の過去を深く探りたいときには、20年とか長いあいだそこに住んでいて、昔の様子をよく知っていそうな人に話を聞いたりする。最新号の台北では、道沿いのラーメン屋さんにいる人やその道で育った人などを誌面に含めたりもしたよ。




H:その台北号について、もう少し知りたいです。この号では、台北のなかでもとても古い歴史をもつ万華区というエリアに焦点を当てて、そこを通る道(カンティンルー、ワンダールー)を取り上げています。万華区は、日本植民地時代の建物が残っていたりと、植民地時代の名残があるといわれているところ。

F:ここは、台北の人たちはあまり行かない場所だということを知ったんだ。古い家がまばらにあるだけで大きなビジネスもない。経済的にかなり厳しく、ないがしろにされている。一方で、台北の街を支える労働者階級が多く住んでいる地区であることも知った。あと、移民の地区でもあるんだ。東南アジアなど国外だけでなく台湾南部から移住して来た人が、家賃が他の地区より比較的安いことを理由にまずはここに住む。

H:現地にいないとみえてこないものがある。

F:それに、ここには台北で最も大きな市場があってね。街の人の胃袋に入る野菜やフルーツ、魚のほとんどがそこの市場からやってきているんだ。台北はとても豊かな都市で先進的でもある。だからこそ、労働者階級の歴史にスポットライトをあてたいと思うんだ。



H:移民が多い多民族都市・モントリオールの号は、「アイデンティティの衝突」がテーマでした。誌面には、アーティストたちが思い思いに撮ったベルナール通りの写真や、ライターが過ごしたある晩のベルナール通りで耳にした会話、アイデンティティの片鱗についてのライターのエッセイなどがあります。

F:モントリオールは、異なるマイノリティたちが共に生きる街として探求できる街。自分のアイデンティティに妥協することなく他者と生きることができる街だと思う。

H:小さな道の裏にある、見えない歴史と人の生活、想い。制作を通していろんな道を歩いてきたと思いますが、編集部にとって“ときめく道”ってどんな道でしょうか。

F:歩いたときに「なんだこの道は? この道ではなにが起こっているんだ!?」って思うような道。「うわぁ、美しい道だなぁ。また行きたい」じゃなくて、「また行ってみちゃう…?」って感じ(笑)。居心地が悪ければ、自然と注意深くなるし、好奇心を抱くし、その道について学んだり、その道に耳を傾けたりすることができるよね。

Interview with Fabian Saul of Flaneur Magazine

All images via Flaneur Magazine
Text by HEAPS and Ayano Mori
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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