最近は、おしゃれなカフェや本屋にもよく置いてあることから、まばゆいキラキラさえ感じる「ZINE(ジン)」。だが、その歴史をたどると草の根の“ど根性出版物”だということがわかる。特に1990年代に米国でおこったフェミニズムムーブメントの“武器”になったことは有名で、ガールズパンクバンドらがジンを自作し、ファンも制作に巻き込む“参加型メディア”として自分たちの声や存在を発信していった。ガール×ZINEについてもっと知りたい人は、『ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』*という一冊をおすすめする。
*米フェミニスト活動家アリスン・ピープマイヤー著(野中モモ訳、2011年)。
2018年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。どころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。
今回紹介するのは、世界中のグッドなストーリーだけを詰め込んだマガジン、その名も『For(フォー)』。エシカル、ソーシャルグッドが飛び交う昨今に登場した、グッドだけで一冊つくった紙雑誌が、新たな目線で見つめるグッドとは?
世の中が大きくソーシャルグッド*に舵を切り、いまや毎日なにかしら“グッド”を耳にする。エシカル、サステナブルに並んで、何かにつけて登場する「ソーシャルグッド」。社会に対していい影響を与える活動や製品を指す言葉だが、ウェブマガジンにも「ソーシャルグッド」「グッド〇〇」のカテゴリー。マーケティングに利用されるグッドもあるし、SNSには個人発信のグッドなポストだって多い。
*社会に対していい影響を与える活動や製品を指す言葉。
芯の通ったグッドから流行に乗ったとりあえずグッドまで、“さまざまなグッド”が氾濫する世の中で、世界中のグッドなストーリーを詰め込んだ1冊、『For』は創刊。名前の由来は、ベトナムの定番麺料理でもなく、まさかレイザーラモンの雄叫び(なつかしい…)でもなく「『〜のため』を意味する“For”から命名しました」。
〈誰かのために世界をよくしようとする人たちの、国をまたぐ物語〉をコンセプトに、毎号異なるテーマに沿ってグッドな人たちを紹介する。ニュースメディアにもソーシャルメディアにグッドの洪水のなかで、なぜよく語られるテーマに焦点をあて改めて1つの雑誌で発信しはじめたのか? 彼らのグッドの定義って?“埋もれないグッド”を伝える『For』の制作現場に潜入してきた。
HEAPS(以下、H):クリエイティブディレクターのパトリックさん、金曜の朝っぱらからお邪魔します。あれ、編集長のキャサリンさんがいない。
パトリック(以下、P): いまね、犬の散歩に出ちゃった。もうすぐ帰ってくるよ。
H:犬、いるんですね。犬、好きです。
キャサリン(以下、K): (帰社)お待たせ。ちょうど犬を自宅に連れて帰ったとこなの。
H:犬、会いたかったです…。では、早速ですが。『For』の母体は「ウルトラヴァーゴ」というデザイン事務所。パトリックさんが創設したそうですが、どんな会社か少し教えてください。
P: ウルトラヴァーゴは、国際連合やNPO法人、国際的な非営利団体(パーキンソン病完治基金、ナイト財団など)をクライアントに、パンフレットの制作やキャンペーンのブランディングなんかを手がけている。見ての通り、クライアントのどれもが“誰かのために世界を良くする組織”だね。
H:ほうほう。そして、その事務所の最新プロジェクトが今回取り上げたい『For』。
P:そう。2003年に事務所を設立して以来、クライアント案件として雑誌のデザインを担当したことはあったけど、自分たちのプロジェクトとしてイチから制作したのはこれがはじめてなんだ。僕とキャサリン、そしてデザイナーのルイサに、コピーライティングからデザイン、SNSまで担当してくれてるマリナの4人で運営しているよ。
K:ルイサはコロンビア出身。いまは旅行中で不在なんだけど、『For』の創刊号で取り上げた人々との橋渡し役も務めてくれて。
コピーライティング、デザイン、SNS担当のマリナ。
H:ちなみに気づいたんですが、お二人とも苗字が一緒ですね。
K:えぇ、夫婦なの(照)。
H:さて、そんなお二人は今年6月に創刊号を発売。1冊まるごとグッドな人々を取り上げているユニークなマガジンです。ソーシャルグッドといえばの『グッドマガジン』はいち早かったですが、“グッド”というカテゴリーがあるウェブマガジンなど、近年“グッド”を主題にした媒体が一気に増えたような気がします。そんななか、なぜいま“ソーシャルグッド”がテーマのマガジンをはじめたのでしょう。しかも紙媒体で。
K:ふむ。確かにグッドなストーリーはいまどきオンラインで見つけるのは簡単だし、私もそういうストーリーは大好きだからいつも読んでる。ソーシャルグッドのトレンドも良いことだと思ってるしね。けど、いろいろなソーシャルグッドがありすぎて、少し圧倒されちゃうのも確か。今日読んだ話に感動した…行動に移さなきゃ、で次の日は違う話に影響されたから別のことを実践してみなきゃ、とか。
P:僕たちが伝えるストーリーは速報じゃない。オンラインジャーナリズムは“賞味期限”がはやいから、すぐ古くなってしまうストーリーも多い。でも『For』みたく一冊の本にすることで、座って手にとってじっくり読み込んでもらおうという意図かな。
『For』のメインはパーソナルストーリー。たとえば『インタビューマガジン』もパーソナルストーリーを掲載しているけど、焦点はクリエイティブ系の有名人だし、『グッドマガジン』はカルチャー/デザイン/ライフスタイル/地球環境/コミュニティなどなど…ってストーリーの幅が広いじゃない? 『For』は、パーソナルストーリーだけを、それも誰かのためにグッドなことをしている人だけのものを集めているんだ。
H:毎分毎秒グッドなニュースが流れてくるオンラインから少し離れてスローダウンしようと。
K:こんな時代にこそフォーみたいなマガジンが必要、もっと読みたい、次号が待ちきれないって声もよく聞くの。
H:待ちきれない一冊を、腰を据えて読む。流動的なグッドを日々取り入れるのとはまた違いますね。さて、創刊号のテーマは「高齢化と成熟」です。
P:高齢化は避けられない大きな社会問題。でも実際は「まだ先のことだから」と、みんな若いうちには深く考えないトピックだと思う。高齢になってはじめて考えるよね。それを、自然と意識してもらいたくって。
K:他にも目を向けるべき重要な社会問題はたくさんあるなかで、高齢化問題は、誰もが目の当たりにするのに話題に上がることは少ないからね。
H:高齢化をテーマに、10のパーソナルストーリーが掲載されています。そして、取材撮影は13ヶ国で行なっています。
創刊号では、
・高齢者が住みやすい建物を設計する建築家マティアス・ホルウィッチとのインタビュー
・ジミー・カーター米元大統領が長年の友人と対談。テーマは『自らの健康と人道支援』
・老人たちが若者に昔の遊びを教えることで繋がりを生む、タイの「プレイ・ミュージアム」
・カンボジア大虐殺(2002)の生存者で活動家として平和を訴えるデリス・パラシオ
・エイジフリーなデザインを生み出すファッションデザイナーのファニー・カースト
一つのテーマに対して企画が充実していますね、国も役職も違う人々をフィーチャーしながら。彼らのことはどうやって知ったんですか。
K:すでに知っていた人たちもいたし、コントリビューターが提案してくれたこともあった。でも、なんせまだ創刊したばかり、私たちも手探り状態だったよ。
H:コントリビューターが世界各地に?
P:うん、コントリビューターとして執筆してくれたコロンビアのジャーナリストやタイの作家などは、すでにあった横の繋がりで見つけたんだ。いま制作中の第2号でもコントリビューターを募集していて、すでに何件か応募が来ているよ。
H:(マガジンをペラペラめくる)あ、日本語がある! …日本やフィリピンなどで高齢者が経験や知恵を活かせる交流の場をつくる「Ibasho」の創設者、清田英巳(えみ)氏をフィーチャーしているんですね。オリジナルの言語でも綴られているのはすばらしい。
K:そうすれば、現地の人たちがもっと深く理解できるでしょ。正直、すべての記事をいくつかの言語に訳したいところだけど、決まった予算があるからまだ難しいんだ(笑)。
H:これからに期待してます! 制作において、他のグッドなマガジンを参考にしたりしますか?
K:他の雑誌はあまり気にしていないかな。
P:ソーシャルグッドに関する出版物って確かに増えてはいるけど、たくさん存在するという状態とは程遠いんだ。ファッション・ライフスタイルマガジンほどの飽和状態ではないよね(笑)。
表紙には「元大統領ではなく、一般市民」
H:『For』の主軸にある“グッド”ですが、グッドって人によって解釈が異なるすごく流動的な概念だと思うんです。『For』の“グッド”ってなんでしょう。
P:キャサリン、どうぞ。
K:さては説明したくないから私にふった?
P:バレた? だって難しい質問なんだもん(笑)。
H:(笑)。では、世の中にあふれるいろいろなグッドのなかで、『For』の誌面に並ぶグッドとはなんでしょう。
P:うーん、やっぱり『For』が焦点を当てているのは、あくまでも“個人”ということかな。たとえば慈善活動している人でも、取り上げるのは大きな組織や企業ではなく、個人で炊き出しをしている人とか。
K:そう。だから、今回の表紙は一般市民。誌面には著名人のジミー・カーターだっているんだから、もちろん彼を表紙にすることもできたはず。けど表紙を飾ったのは、ウンバンダ*のスピリチュアルリーダー、マエ・ネガ。スピリチュアルの力とスープでブラジルのコミュニティを支援しているの。
*奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人たちが持ち込んだ宗教と、ブラジルの原住民(インディオ)の思想、心霊主義などを反映した宗教だといわれている。
H:葉巻ふかしてますね。
P:そう。葉巻を堂々と吸っている写真を表紙にするマガジンって、なかなかないよね(笑)。
H:てっきり表紙用に仕込んだ撮影かと思ったのですが、まさか一般市民。
P:撮影時、僕らは現地にはいなかったんだけど、写真家もまさかこれが表紙になるとは思わずに撮ってたんじゃない? もちろん彼女本人も。仕上がったこの写真を10回くらい見直して、強い意思が汲み取れるこの目に惚れて表紙にしたんだ。
H:写真、どれもすごくいいです。ソーシャルグッドな写真ってちょっと言い方わるいですが、わざとらしい感じのものもあったりします。『For』の写真はそれがないですね。『For』にとってのグッドな写真って?
P:はは、ありがとう。一番重視していたのは、自然体を伝えること。いかに被写体の素を自然に引き出せているか、いかに写真から被写体のパーソナリティが伝わってくるかが大切で、そんな写真を撮ってくださいとフォトグラファーには指示した。被写体はなにをしている人なのか、どんなストーリーが背後にあるのか—写真を見た人に「この人のことをもっと知りたい」と思わせることができたら最高だね。
H:次号は来年春に発刊予定。テーマは「Belonging(属する)」。もしすでにストーリーアイデアがあったら、ちょこっと聞いてみたかったり。
P:“belonging”って、つまり僕たちにとっては“コミュニティビルド”のことなんだよね。トピックとしては、住み方によってどうアイデンティティが形成されるのか、とか、難民やコミュニティオーガナイザー、宗教について、とかを考案中なんだ。
H:出版からまだ3ヶ月しか経っていないのに、コンセプトや路線も明確です。今後、マガジンの“アイデンティティ”といいますか、世界観をどうつくっていきたいですか?
P:いい質問だね。もっとヴィジュアルのトーン(世界観)を見つけて磨いていきたいかな。フォトグラファーたちの個性を引き出しつつ、『For』が求める世界観も満たせるようにしたい。『For』を作り上げる各々のフォトグラファーやライター、コントリビューターたちとの間で一番バランスのいい、〈For tone(『For』の世界観)〉を確立していきたいね。
Interview with Katherine Durgin-Bruce and Patrick Durgin-Bruce, For Magazine
Magazine Images via For Magazine
Interview Photos by Kohei Kawashima
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine