「“ラッパーはギャング”への逆転」が告げる。人種差別と法の不平等を超えていく〈ビリオンダラー弁護士の熱誠〉

インスタでは、ラッパーからのラブコール。ヒップホップのライブでは、首からさげるVIPパス。シャレたスーツとサングラスの男、ラッパーの救世主「弁護士」だ。
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「若いアフリカ系アメリカ人のラッパーは、いまも変わらず不当に警察の標的にされている」

グッチ・メイン、ワカ・フロッカ・フレイム、ミーゴスのオフセット。大物ラッパーの数々を顧客にもつある刑事弁護士は、〈ラッパー〉と〈有色人種〉の前に立ちはだかる“法の不平等”に亀裂を入れる。

お縄になったラッパーの救世主、ビリオンダラー弁護士

 過去40年で500パーセント増加したものがある。それは、米国における受刑者の数だ。500パーセントという数にも驚きだが、それ以上に問題視されているのは背後にある〈人種差別〉。黒人は白人よりも5.9倍、投獄される確率が高い。ヒスパニック系も白人の3.1倍だ

 有色人種の大量投獄は、近年の米国が抱える大きな社会問題。人種差別と大量投獄の関係性に迫ったドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条』がネットフリックスで配信されて話題になった。

 その長きにわたる社会背景を引きずりながら、有色人種が多くを占める現在のヒップホップ業界でも不平等が叫ばれている。たとえばラッパーのジェイ・Z。実際の罪の重さ以上の刑を受けたラッパーのミーク・ミルを例に、「刑事司法制度が黒人にとっていかに不公平であるか」を訴えた記事をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したことも。「黒人で成功している若者=ギャングメンバー」「黒人ラッパー=犯罪の匂い」のステレオタイプが、根強くはびこっているようだ。

 人種がからんだ大量投獄という大きすぎる問題に、法の正義を盾に立ち向かうのが、ドリュー・フィンドリング(59)。“ヒップホップのハリウッド”と呼ばれる米南部アトランタを拠点に活動する弁護士だ。出張でニューヨーク滞在中だった彼に取材をとりつけ、カフェで落ちあう。


ドリュー・フィンドリング弁護士。

「そこからだね、僕の名前がストリートで有名になったのは」。アトランタの麻薬密売組織がらみの案件だった。そもそも不利な状況下にてドリュー・フィンドリングは、組織のボスの冤罪を証明し、見事無罪に導いた。20年ほど前のこと。このボスがヒップホップシーンとも繋がりがあったために、ドリューの名前はその界隈で一気に拡散された。

 以来、「西海岸から東海岸、カナダ国境からメキシコ国境まで、トラブルに巻き込まれたラッパーたちから、24時間ひっきりなしに電話がかかってくるよ」。これまで担当した顧客には、グッチ・メイン、ワカ・フロッカ・フレイム、ミーゴスのオフセットなど、セレブリティラッパーたちが名を連ねる。ちなみに新世代ラッパーのリル・ベイビーやルド・フォーは、顧客リストに入るため順番待ちしているという。

 機械音痴な父ドリューに代わり、娘が管理するインスタグラムには、約13万人のフォロワーがいる。毎度お決まりのハッシュタグは、「#BillionDollarLawyer(ビリオンダラー弁護士)」。顧客の一人でラッパーのヤング・ドルフが命名してくれたらしい。

「『有名ラッパーやレコード会社に送ってくれ』と、僕のDMには毎日ウン百件のビートがミュージシャン志望の人たちから送られてくる。ラップなんて聴いたこともなかった“弁護士”のもとにね」。好きな音楽は「70年代ポップス」という音楽趣味は古風な弁護士、コーヒーをすすりながら目尻を下げる。


ビートだけでウン百、もちろんそれ以外の問い合わせも殺到する。「いつもはメディアからの問い合わせは、一切見ないんだけどね」とのことだった。
こうしてコーヒーを一緒に飲むことができてよかった。

「裁判はライブじゃない。法廷では宝石ジャラジャラNG、と言いきかせている」

 法の道を突きすすむこと30年以上のベテラン。軽犯罪から数百万ドルの連邦がらみの事件にいたるまで、幅広い案件を扱ってきたドリュー。その勝訴率の高さから、“法廷の殺し屋”の異名をとる。ラッパーを顧客にもつ以前からセレブリティからの信頼は厚く、90年代を代表するR&Bディーヴァのフェイス・エヴァンス、元NBAバスケ選手のデニス・ロッドマン、俳優マイク・エップスも担当。それでも「セレブリティは、全体の顧客のうち、5パーセント。残りの95パーセントは一般人だよ」

 ラッパー顧客第1号は、グッチ・メインだった。銃の不法所持で服役中だった彼の、4ヶ月の早期釈放に成功。セレブリティ顧客を弁護してきたドリューだが、ラッパーはまた特殊な業界人だ。弁護士の最初の任務である「法律相談」から「相手との交渉」「裁判」まで、顧客がラッパーだから、難しいことはあったのか? 「いや。ラッパーだから、という偏見はなかったし、これまでの顧客と勝手が違うと感じることもなかったよ。グッチ・メインにいたっては、十数時間スタジオにこもってレコーディングするくらいの努力家。読書好きの賢い男さ」


@drewfindling

 といっても、ラッパー、世間からはやはり“アウトロー”として色眼鏡で見られてしまうことが多い。法廷で不利な状況を招かぬよう、ドリューが彼らに必ず言いきかせることがある。

 其の一「罪を犯していなかったとしても、状況を理解すること」。法廷への敬意と事態の深刻さを認識してもらうことが重要なのだという。其の二「身だしなみはきちんとする。言動をつつしむこと」。当たり前だが、金ぴかブリンブリンのゴールドチェーンも、ゴツく煌めく指輪も、口内で悪そうにギラつくグリルズも法廷ではご法度。「裁判はライブじゃないからね。宝石をジャラジャラつけるのは、理想的ではない」。

「ラッパーのオフセットの一件で、司法制度の人種差別に立ち向かうことを決めた」

「高級車に乗って派手な宝石を身につけた若い黒人は、国中どこでも警察に止められる。そして30以上の質問攻めをされたあと、犯罪者に仕たてあげられてしまうんだ」。そうドリューが嘆く裏にあるのが「自分の弁護士人生のなかでも、司法制度の人種差別に立ち向かうキッカケになった」という、ラッパー、オフセットの一件だ。

 2年前、オフセットが乗っていたポルシェが、“不正な車線変更をした”として停車を命じられた。車内からは3丁の銃と1オンス(28グラム)以下の大麻が見つかり、逮捕。だが、ドリューは「オフセットは交通違反をしていなかった」と言い張る。つまり、「運転席に若い黒人=犯罪」という偏見が先行して逮捕だったと。「警察は高級車を乗りまわす若い有色人種を見ると、必ずといっていいほど、ギャングメンバーかドラッッグディーラーだと疑ってかかる」。これは米国のいたるところで、ラッパーに限らず若い有色人種の誰にでも日常的に起きているという。また、白人より高い投獄率にくわえ、有色人種は、白人同様の罪状にもかかわらず、白人に比べて長い刑期を課されることも指摘した。ある調査によると、黒人男性は同罪の白人男性よりも19.1パーセント長い刑期を宣告されている(2012〜16年)。

 ドリュー同様、これまでにも、人種差別と大量投獄を問題視しメディアを通し声を上げる弁護士や、講演会や社会的支援を行う団体や協会はあった。「(人種差別と大量投獄を取りまく)状況がよくなったとは思わない。けれど、司法制度のなかにも人種差別があるという事実を知る人は増えている」。ドリューは、多忙をきわめるなかでも変わらず、全国で法の不平等を訴える講演活動をおこなったり、インスタグラムにて講演内容や様子を共有したり。さらには、弁護士費用を払えない有色人種のため、代償なしでの貢献活動も続けている。

「ラッパー案件を通して、社会問題へのみんなの意識を高めることができる」

 取材中のテーブルに置かれたドリューのスマホ。ちらっと見えたが、待ち受け画面は家族写真だ(取材にも娘さんを連れてきた。家族想い)。このスマホ、意外なことに、プライベート用と仕事用を兼ねている。「スマホは1台もち。妻に仕事用の2台めをもちたいと言ったら、一緒にいた息子に『スマホ2台もちするのは、愛人がいる男だけ』と冗談を飛ばされて、妻も爆笑。そんなこんなで、2台めを持てないんだ」と、奥さまには頭があがらないご様子。

 ドリューは顧客ラッパーを、芸名でなく本名で呼ぶ。用がなくとも連絡を取り合い、たわいもない会話をする。それは決してライブに顔パスで入りたいわけでも、業界で幅を利かせたいわけでもない。弁護士でありながら、若くして成功したラッパーたちのメンターでもあり、父親のような存在でいたいから。このスタンスこそが、他に多くのエンタメ弁護士がいるなかでも、ドリューがラッパーから圧倒的な支持を得ている理由だ。見返りを求めず、若い有色人種ラッパーに向けられる色眼鏡を外し、彼らの若さゆえの無謀さに親身に寄りそう。「努力家であるラッパーたちの苦労を知っているからこそ、SNSで彼らの活躍を知ったり、街で彼らの広告を見ると興奮するんだよ」

 ドリューが刑期を短くしたグッチ・メインは、服役後にアルバムをリリースし、見事、全米アルバムチャートで2位、R&B/ラップ・アルバム・チャートでは1位を獲得。キャリア復活とベストセラーに繋がった。一大カルチャーであり巨大ビジネスでもあるヒップホップに、法を通して貢献していることをどう思っているのだろう? 「なんとも思ってないさ。僕は自分の仕事をこなしているだけであって。でも、ラッパーたちを助けることで、若者からの注目を集めることができるのはいいことだね。メディアやSNSで情報が拡散し、刑事司法制度における人種差別という問題への、みんなの意識を高めることができるから」

Interview with Drew Findling






取材に同行してきた、“専属SNS担当”娘のマディー。「クールなパパを誇りに思う」。

Photos by Kohei Kawashima
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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