“無名の海外作家”の展示を成功させる「元・国際弁護士のアート・ギャラリー」が持つ術

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ギャラリストが自らの名をそのままギャラリーの名にかぶせるというのは「ここは私の感性と審美眼を通してアートを発信するギャラリーです」という一つのサインだ。
ニューヨークのローワー・イーストサイドにある「カティンカ・タバカル・ギャラリー」もその一つ。無名作家による「初の個展」を多く手がけ、メディアへ露出させ認知度をあげるその手腕に定評がある。いわばやり手のギャラリストだ。しかし、その手腕のさらに奥にあったのは「アーティストのために、リスクを負っても信じたものを展示する」、ギャラリストの真髄だった。

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カティンカ・タバカル(Catinca Tabacaru)

「リスクの高いアーティスト」の展示ばかり行うギャラリー

 大小無数のギャラリーがひしめくマンハッタンのローワー・イーストサイド(以下、LES)。同じマンハッタン内のアート地区、チェルシーやミートパッキングに比べると、一般的に、LESは実験的で個性的なギャラリーが多いと言われいる。「Catinca Tabacaru Gallery(カティンカ・タバカル・ギャラリー)」はその中にある。

 ギャラリーをオープンしたのは2014年。3年に満たずと歴史は短いものの、すでに名は知られつつある。というのもこのギャラリー、それまで無名だった海外の契約作家たちを短期間のうちにメディアへ露出させ、認知度をあげるその手腕が国内外のアートシーンで既に高く評価されているからだ。

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 カティンカは、若手作家たちの「米国で初の個展」を手がけることが多い。実際に「海外若手アーティストの作品を展示するギャラリー」として定評はある。だが、海外作家の作品の展示というのは、国内のアーティストの展示よりもリスクが高い。合法滞在なのか? 商売していいのか?というそもそもの問題がついてくるのだ。

 そこにおいて、彼女はアーティストを法的に守る術、つまりアーティストのビザから作品の著作権まで、幅広い条約や規約の扱い方を知っている。たとえば身近な話だと、SNSへの投稿。ギャラリーで展示する作家が、市民権もアーティストビザも保持していない場合は、本人及び、第三者のSNSへの投稿に細心の注意を払う。作家本人がニューヨークに「住んで」「アートを売っている」と読み取れる可能性のある投稿は、そのニュアンスを削除するよう投稿者に申入れているという。

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「こんなこと、トラブルにならないかもしれない。けれど、ささくれ立ったこのご時世、何が起こるかわからない。もしも、トラブルになった場合、そのアーティストはのち5、6年間はアメリカに入国できなくなることもある。アーティストの未来を考えたら、トラブルになるかもしれない可能性が少しでもある限り、そのリスクは回避できる時にしておくに越したことはない、と私は思う」。その手腕の礎はどこにあるのだろう。彼女の経歴を聞けば、意外だが腑に落ちる答えが帰ってきた。「元々は国際弁護士でした」

年収1,000万円以上の元国際弁護士、無休インターンへ

 彼女、元々は国際弁護士だった。アート業界へ転身を考えるようになったのは、ルワンダ国際戦犯法廷で、国際人道法に携わった経験が大きい、と話す。「2006年頃だったかしら。人間の尊厳を保護する仕事がしたくて、自ら希望して手に入れたボジションだった。けれど…、あの決断は、ミステイク。1年で帰国を決めた」。目にした惨状についてはあまり多くを語らない。殺人、レイプ…、目を背けたくなる出来事が連日のように起こった。法で救われる誰かがいる一方で、一生救われない誰かがいる。「自分が進みたいのはこの道じゃない。そう気づいたの」と振り返る。

「この道じゃないなら、進むべきは…」。法律を学ぶかたわら、学生時代からずっと興味があり美術史の単位も取得していた彼女、すでに答えは自分の中にあった。「法律ではなく、アート」を通して世界と関わりたい、と。

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 そしてギャラリー巡りの最中、彼女は自分の進むべき方向を見据えるきっかけに出会う。「とても気に入った展示があったので、ギャラリストとその作家のこと、過去や次の展示のことなどを話していたんです。そして、ふとこう思ったの。『法律に関することなら、私、このギャラリーのお役に立てるんじゃない?』って」。
 
 20代半ばで国際弁護士として活躍していた彼女は、いうまでもなく世間一般から見ればエリートだ。年収1,000万円以上、その彼女が「ギャラリーで無給インターンシップ」を選んだ。「両親や祖父母は、『壁に絵を掛ける』、それがロースクールまで出たあなたがやりたい仕事なの?って。いい顔はしなかったわね」

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現代アートシーンに風穴を

 作家とギャラリーは一蓮托生の関係。とはいえ、作家の未来のために、そこまでリスクに立ち向かってくれるギャラリストがほかにいるだろうか。

 多くの作家はギャラリーで個展の機会を設け、作品を発表し、それを売って生計を立てている。と同時に、ギャラリー側も作品の売り上げから人件費、スペースの賃貸料、広告費などを捻出する。つまり作品の売り上げは双方にとって重要だ。それ故、ギャラリストは「その作品が売れるかどうか」を慎重に判断してから作家と契約を結ぶ
 にも関わらず、彼女は、あえてリスクの高い方、つまり、若手で、無名で、国外の作家を選ぶ
「確実に売れそうな作品を、有名ギャラリーが確実に売る、そういう保守的な出来レースにはうんざりだ」「新興のギャラリーと作家が一体になって、凝り固まったアートシーンに風穴を開けことはできないのか」などと叫ばれて久しいと聞くアート業界で、カティンカは「そこに挑戦したい」と話す。

 新興のギャラリーはまだ発掘されてない才能を見つけ出して、その作家に“投資”する。が、作家は売れたらもっと名のあるギャラリーに移籍するケースが少なくない。無論、移籍の理由はさまざまだが…。
「私は作家から必要とされる存在でいたい。けれど、お互い利用しあうだけというのは嫌。目指すのは、作家と信頼をベースにしたチームワークを築くこと。それが、アートシーンに新風を吹き込む一番の方法だと思うから」

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「私は自分の目と直感を信じているの」。カティンカは右手の人差し指で自分の頭をコツコツ叩き「ここじゃなくて…」。「ここが動くかどうか」と胸を指す。
 彼女の感性に引っかかる作品と作家。アートシーンのダイアログにハマらない作品でも、たとえ米国へ来れるかどうかが、あやふやな海外の作家でも、彼女は自分の目と直感を信じて展示する。

「ロースクールで学んだ知識も弁護士時代に培った経験もすべて役立っている」という。観る人にどう伝えるか、ディーラーにどう価値を感じさせ、納得させるか。状況に応じて、出せる切り札の多さも彼女の強みだ。 

 現代アート市場の荒波にもまれながらも、海のものとも山のものともわからない作品をいかに高く評価させていくのか。結局のところその決め手は、自身の作品を見抜く目と、見抜いた作品と作家に対する愛情に他ならいことを、彼女は強く実感しているのだろう。

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Interview with Catina Tabacaru

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Photos by Shino Yanagawa
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine: HEAPS Magazine

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