キツくて、危険で、お世辞にも華やかとはいえない。そういった仕事には、どんなに社会的意義があっても、若者が定着しにくいという現状がある。
ビーキーピング、日本語で養蜂。蜂蜜や蜜蝋、花粉をとるためにミツバチを飼育する仕事も、その一つだと思っていたが…。
養蜂界に現れた新星、ミレニアルガールのヒラリー・カーネリー。その仕事には珍しい若い女子、と注目されているわけではない。彼女、まったくインスタ映えしなさそうな仕事内容、「ハチと過ごす日常」を可愛く切り取り投稿。インスタジェニックに変換するそのスキルで、若者に「なにそれ?」と言われる仕事をうまーく現代にアップデートしているのだ。
イメージ、大切です。
「Girl Next Door Honey(ガール・ネクスト・ドア・ハニー)」とは、彼女の蜂ビジネスのブランド名。アイドルユニットみたいな「ポップさ」があっていい感じ。若者への訴求力があって、なるほどこの辺りの現代感もうまい。
ビーキーパー界のホープこと、ヒラリー・カーネリー(Hilary Kearney)は「ビーキーパーをフルタイムでやっているので『毎日ハチと一緒』」。それを現代女子のセンス満載でインスタに投稿してみたところ、青空の下でハチを鼻に乗っけて戯れる姿はかわいく、宇宙服のような頭まですっぽり覆う防護服姿さえ爽やかで、フォロワーはみるみる増えた。現在フォロワー4万超えだ。
時々、キュートな愛ネコや彼氏とのオフショットを混ぜることも忘れない。これまでのビーキーパー(養蜂家)のイメージを「同世代に響きやすいスタイル」にアップデートして発信。フォロワー数を増やしながら同世代の若者たちのハチへの関心を、うまーいこと高めているのである。
ハチに興味を持ったきっかけは「彼氏が興味があるって言ってたから」
定期的に開催しているハチに関するエコツアーでは、参加者たちにこう語りかける。「私のことを、ハチオタクとかヒッピーだとか、ちょっと変わった人だと思っている人もいますよね。でも、ちょっと前までは、アートスクールに通っていたごく普通の人だったんですよ」。
ヒラリーは、ビーキーパーという仕事が、必ずしも変わり者がやっているエクストリームな仕事ではないことを強調。「近所や周りの女友達の中にビーキーパーをやっている子がいる。その子の影響で私もハチが好きになった」。そういう風にハチへの興味が連鎖していってくれたらいいな、という想いを込めてブランド名を「ガール・ネクスト・ドア・ハニー」にしたのだそう。
Girl Next Door Honey
そもそも彼女がハチに興味を持ったきっかけは何だったのだろうか。
「ある日、彼が『ビーキーピングに興味があるんだ』って言い出して。その時は私も『なにそれ? そんな仕事まだあるの?』って、冗談だと思ったの。後日、彼の誕生日プレゼントを選んでいた時に、たまたまビーキーピングの本が目に止まって『あ、そういえば興味あるっていってたな』と思いながら、その本に目を通してみたら…、私の方がハチにハマちゃって!」
知識のほとんどは「独学。本やインターネットで得た」。2012年からはじめた養蜂が「まさか、私のフルタイムワークになるとは!」と笑う。そんな親しみやすさを纏うヒラリーだが、ビーキーパーとしての仕事内容はかなり本格的。個人が自宅の庭やベランダに設置した巣箱で飼育するといった「趣味の養蜂」の範疇に止まらない活動を行なっている点にも触れておきたい。
ハチのレスキュー「お電話ください!」
自宅の軒下にハチの巣が! こんな時、人は「危ないから」という理由で、ハチを撃退しようとする。つついたり、殺虫剤スプレーをかけたり。「駆除の会社に問い合わせる人も多いですが、駆除されたハチは殺されてしまいます」。
ハチの数が減っているいま、殺さない方法を選ぶ必要があると力説(以前取材した養蜂家も、蜂が絶滅すれば人類も絶滅する、とその危険性を説いていた)。そこでヒラリーは、住宅地のハチの巣を取り除く際にハチをレスキュー、「ハチが幸せに生きられる場所」へと移住させるサービスを行なっている。移住先はというと、彼女が運営するハチのためのバックヤード。ここで、90ものコロニー(群れ)をマネージメントしているという。
ただ、依頼者の中には「なんで、そんなに高額なの?獲ったそのハチではちみつを作って利益を得るんでしょ? もう少し安くしてよ」「お金がかかるのだったら、自分で駆除する」という人もいるのだとか。
危ないことだってある。
当たり前だが、ビーキーピングには労力だけでなく、道具などの費用がかかる。「有料なのは、それらをカバーするため」だ。また、「すべてのハチが蜂蜜を作るわけではありません。では、蜂蜜を作らないハチには価値がないかと言ったらそれは間違いです。どのハチも花粉媒介をします。つまり、ハチは私たちが食べる野菜や果物の生産と密接に関わっているので、いなくなっては困る生き物です」
彼女が目指すのは、若手のビーキーパーを増やすことよりも「私たちはなぜ、ハチと共存していく必要があるのか」を一人でも多くの人に理解してもらうことだという。そのために重要なのは、その大切さを説く養蜂家が同世代の若者が親近感を持てる“等身大の存在”であることだという。普通の女の子と同じ地平に立ち、SNSを媒体として、いまっぽいビーキーパー(養蜂家)の姿を発信する効果は絶大。
「エコツアーの参加者数は年々増えていますし、今年は地元の図書館や美術館での講座も始まります」と、ビーキーパー(養蜂家)界のホープは大忙しだ。
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@girlnextdoorhoney
Interview with Hilary Kearney
All images via Girl Next Door Honey
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Text by Chiyo Yamauchi
Edit: HEAPS Magazine