騙し絵?“唯一無二の大胆な写真構図”を破壊の街で切りとる。日常から生まれる不思議な写真たち
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これは、騙し絵か? いや、カンディンスキーの絵か。ル・コルビュジエの建築にも見える。

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正解は、すべて現実の写真。鑑賞する者の目を“楽しく騙す”フォトグラファーと彼の作品を紹介しよう。

週末写真家、“破壊の街”で大胆な一枚

 その美しい街並みから「中東のスイス」と呼ばれるレバノンの首都・ベイルートに、街の建築物を「いままでに見たことのないような構図で」撮る写真家がいる。セルジュ・ナジャー(Serge Najjar)。平日は本職の弁護士業を、土日は朝5時に起きてカメラ片手に街の建物を撮る、“週末”写真家だ。

 まずは彼のユニークな一枚の所以である建築物だが、すべてベイルートの街に実在するもの。
「ベイルートには、ル・コルビュジエ(仏近代建築の父)にインスパイアされたモダニズム建築が多くあるんです。“内戦前”に建てられたものですが」。彼の写真の絶対要素である建物についてもう少し話すと、ベイルートの建築には二種類ある。内戦の前と後のものだ。

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 レバノンは古くからキリスト教徒とイスラム教徒などが共存する“モザイク国家”で、その昔フランスの統治下にもあった。そのため、この街の建築物はヨーロッパのテイスト、特に「モダニズム建築(※)」の影響を受けている。

(※)20世紀初頭、伝統的だったゴシックやバロック建築を無視し、石や木、レンガでなく鉄やガラス、コンクリートなどのマテリアルで建てられた建築様式。無機質だがシンプル、合理的なのが特徴。ドイツでは芸術学校バウハウスが、フランスではル・コルビュジエがモダニズム建築の旗手となった。

 しかしながら、そのモダニズム建築の多くは1975年から90年まで続いたレバノン内戦により破壊され、朽ち果てた。戦後から20年経つ現在、復興が進み、街のどこかからか必ず工事の音が聞こえるほど建設ラッシュのレバノン。戦前のようなモダン建築の雰囲気はもはやないと話す。

 セルジュが撮るのは、戦前、戦中、あるいは戦後に建てられたアパートメントにオフィス、映画館、店などのありふれたビルディング。つまりはどちらも。両建物がどう違うのかは、以下で見比べて欲しい。一枚目が戦前、二枚目が戦後だ。

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なぜそこに「人」がいる?

 彼の写真を眺めていると、どの一枚にも紛れこむ「何か」に目が釘づけになる。人間(これも本物)だ。コンクリートの無機質な建物と対比するかのように、人間という“有機な”存在がひょっこりと在る。「人間を含めることで、“時”の要素を加えることができます。建物に人間性をもたせるといいますか」。

 土曜と日曜の午前中に、車で撮影スポットを探す。“直感で”構図を見つけたら、とにかくひたすら待つ。人が偶然フレームの中に入りこんだり、予期せぬことが起きるのをじっと待つのだという。「行き当たりばったりの撮影ですから、いい写真が撮れず手ぶらで帰ってくるんじゃないかと毎回不安です。でも、いつも不思議と何かしらいいものが撮れるのです」

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 たとえばこの一枚。200メートル先に歩いている少年を見つけた。何も起きないな、とカメラを下げた瞬間、少年は飛んだ。素早くカメラを上げ「狩人が獲物を仕留めるように」瞬発で捉えたのだという。

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「ベイルートの街は刻々と変わっています。2、3ヶ月前にあった建物はもう取り壊されているかもしれない。いつでも撮れるものではないし、いつでもその場でカメラを構えていられるわけではないから」アンリ・カルティエ=ブレッソンの「決定的瞬間」のように空間と時を捉えたい、と語る。

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セルジュの写真はどこか絵画的だ。「建物の表面や建築を見上げることは、キャンバスに向き合うことと似ています」

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明るい自然光が注ぐ昼に撮影。物体を立体的に見せる影を残して。「夕暮れどきの薄日やぼんやりとした霞みは要らない。ロマンチックな建築写真には興味ないのです」

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三角や丸、四角など建築のディテールを際立たせたいときは、モノクロにしてコンクリートに影を落とす。

混乱の街に唯一あった秩序

「私の街の綺麗なモノを見せたいのなら、自然豊かな山や海を撮ればいい。コンクリートよりも断然に美しい。でも私は、人々が一瞥もしないモノを撮る。人の興味なんて到底惹くことができない“common(平凡)”に美しさを見つけたいから。私は、変哲のないコンクリート、幾何学模様が好きです」。美しいものを美しく写すことならスマホがあれば誰にも簡単だ。写真家の醍醐味は見落とされる、あるいは埋もれた美の発見と、それを人の目を引く美しさに映すこと。

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 彼は作品に、“ベイルートらしさ”や内戦の爪痕をあえて残すようなことはしない。政治的や社会的なメッセージはなく、建築物の色や形、フォルムなどのディテールに隠れた視覚美を淡々と表現する。場所がベイルート、というだけだ。
 しかし、この言葉は、喉の奥につかえた魚の小骨のように頭の中に残った。「幾何学模様が好きな理由ですか。レバノンは複雑な歴史や内戦など常に何かが変動するカオティックな国です。こういう地に住んでいると、日常の中に何か規律や決まりごとがあってほしい、そう無意識に感じているのだと思います。線や色、形が規則的に並ぶ幾何学模様は、一種の“秩序”のようなものですから

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 凡庸(ぼんよう)なものに美を見出したいというフォトグラファーの視点と、レバノンという変動の街に生きる一人の市民の無意識な視点が相まって生まれるセルジュの写真は、インスタグラムの正方形のフレームで、確かに躍動して見える。

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Serge Najjar
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All images via Serge Najjar
Text by Risa Akita
Edit: HEAPS Magazine

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