黒人兄ちゃんとユダヤ教リーダーも。近所の揉めごと見事解決、バラバラのコミュニティを繋げた「200枚の肖像画」とは?

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人種・歳・性別・社会的地位・宗教もバラバラな人々が暮らすエリアがある。さて、その文字通りの「多文化・多民族コミュニティ」、いったいどんな暮らしになるだろうか。

すべてがバラバラゆえ、抱えてきた問題は「住人たちの交流不足・心の繋がり不足」。
それを解決したのは、一人のアーティスト。200枚の肖像画で、だ。一体、どうやって?

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Photo via Rusty Zimmerman

「挨拶しないコミュニティを変えたい」

 その多民族コミュニティがあるのは、ブルックリン・クラウンハイツ(Crown Heights)地区。ニューヨークらしい文化色豊かなモザイク地区だ。

 住民たちが交流しないのを目にし、「これじゃ多様性あるコミュニティの意味がないじゃないか」と、住民の一人が、住民200人の肖像画を描くプロジェクト「Free Portrait Project: Crown Heights(フリー・ポートレート・プロジェクト:クラウンハイツ)」をはじめることにした。
 絵筆をとったのは同地在住のRusty Zimmerman(ラスティ・ジマーマン)、制作期間およそ1年かけてプロジェクトを完遂した画家だ。

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「ユダヤ系やカリビアン系、若いヒップスターたちは近所ですれ違っても、挨拶すら交わさないんだ」
 黒いスーツに身を包んだ正統派ユダヤ教徒に、ビビッドな服のカリビアン系移民、最近引っ越してきたお洒落な白人ヒップスターたちが混在するクラウンハイツは、いま劇的な過渡期を迎えている。ジェントリフィケーション(※)の影響で、地元ビジネスや住人の層が変わってきているのだ。
 安いチャイニーズデリはヒップなレストランへと姿を変え、家賃は年々高くなるばかり。多民族コミュニティなのに、ユダヤ教徒、インド系住民、黒人、白人たちは街角で言葉すら交わさない。

※本来有色人種や移民たちが住んでいた土地の再開発が進み白人富裕層が流入した結果、家賃高騰や地域の高級化が進むこと。

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「マルチカルチャーなコミュニティ。ジェントリフィケーションの煽りを受け変わりつつあるコミュニティ。クラウンハイツというエリアのいまをドキュメントし、住民たちにもコミュニティの一員であることに誇りを持って欲しかったんだ」

 地域の集まりやシニアセンター、地元リーダーのもとに足を運びプロジェクトを紹介、募集をかけた結果、200以上を超える応募が来た。もちろん、人種や性別が偏らないように厳選したそうだ。
 クラウドファンディングや住民たちからの寄付でプロジェクト資金を集めることに成功、昨年6月に第1枚目の肖像画に筆を入れた。

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4時間半の制作現場、ドキュメントされた住民の声

 ラスティがドキュメントしたのは200枚のポートレートだけではない。絵の制作中、参加者と交わした4時間半にわたる会話の録音テープだ。
「このエリアのみんなだけにしか語れないライフストーリーがある。一人一人の貴重な話を覚えておきたかった」

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 ビールやワイン、軽食を持ち込んで、イーゼルを挟んで彼と向き合う4時間半。

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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman

「お願いしたのは『前日はいい睡眠を取ってきてください』ってことだけ。あとは好きな服装で好きな飲み物を持ってきてとね」と。ラスティは当時を振り返る。

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 一人ひとりの名前とストーリーを覚えている。9日前に生まれたばかりの赤ん坊、人種差別時代を生き抜いてきた94歳の黒人おじいさん。ドラッグ中毒からやっと抜け出しシェルター暮らしをする黒人中年男性。映画監督の白人女性。コーシャー(ユダヤ教の食事規定)用のピクルスを売るユダヤ教のラビ(聖職者)、フィリピン系のギタリスト青年、銃規制と暴力撲滅につとめる活動家の黒人男性。9歳のときに列車に揺られ単身ニューヨークへやって来た83歳のおばあさん。6歳のおしゃべり好きな少年。


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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman

 参加者の口から飛び出したのは、地元民しかわからない「本音」だった。家賃高騰への不満やなくならない銃犯罪、通りに散乱したごみなどコミュニティ問題などが、とめどなく溢れ出た。

 制作の終盤には、毎回こう投げかけた。「コミュニティに一言どうぞ」。
 そうすると、「通りにみんなの挨拶があふれるコミュニティにしたいよね」「人種関係なく協力しあってコミュニティを作り上げていきたい」などの意見が聞こえてきた。

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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman

「こう言ったヒップスターもいたよ。『外見でぼくのことを判断しないで。通りで困ったお年寄りがいたらもちろん助けるし。タトゥーしているヒップスターだからって(常識ない若者だと)誤解してほしくないな』。正統派ユダヤ教の若い女性は、『ウィッグして(※)ベビーカーひいているとみんな勝手に(保守的なユダヤ女性という)ステレオタイプを持つでしょう。でもね、ヘッドホンで聴いているのは実は、ラップなんだから』」

※正統派ユダヤ教徒の女性には結婚後髪を剃る慣習がある

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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman

黒人兄ちゃんとユダヤ教リーダーが仲良しに。
「ラビ(聖職者)とハイになったんだぜ(笑)」

 「肖像画でコミュニティを1つにする」。それをが実現されたのは、肖像画を描き終わった後だった。
 たとえば、ごみ問題について不満をもらした正統派ユダヤ教徒の男性と年配のカリビアン女性を引き合わせる。そうすると、彼らは一緒に街を歩いてごみ拾いをしながらお互いの人生について語り合った。

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Photo via Rusty Zimmerman

 制作期間中に、15回にわたって展覧会を開催。場所はアイスクリームショップや若者が多く集まるアートギャラリー、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)、ヨガスタジオ。性別も趣味も人種も違う地元民が集まるところをあえて選んだ。
 地元でお馴染みのバルーンアーティストのおじいさんがやって来ては子どもたちに風船を作ってあげたり地元ミュージシャンがライブをしたりと、展覧会という名の“地域コミュニティ交流会”が出来上がったのだ。

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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman

「するとね、こんなことが起きる。『いままで一度も言葉を交わしたことなかったお隣のラビ(聖職者)と初めて話したよ。誕生日パーティーに招待されちゃった』とか、若いユダヤ教徒たちが集まるシナゴーグでは黒人の兄ちゃんが嬉しそうにこう教えてくれたんだ、『ラビとコミュニティについて話し合った。マリファナふかしながらね。ラビとハイになったんだ(笑)』ってね」

 今年10月に開催されたブルックリン・チルドレン・ミュージアムでの展覧会。壁にはずらっと描き終わった200枚の肖像画が掲げられた。

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Photo via Rusty Zimmerman
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Photo via Rusty Zimmerman
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HEAPSでも以前インタビューした、ブルックリン在住アーティストMike Perry(マイク・ペリー)の肖像画も
Photo via Rusty Zimmerman

 ラスティはポートレート作品を「みんなのタイムカプセル」とたとえる。変遷するクラウンハイツでは、5年、10年先にはいまのような種々雑多な人々がいなくなってしまうかもしれない。だからこそこの200枚は、どんな人生を渡り歩きどれだけ長くその土地に住んでいようと、いまこの瞬間そのコミュニティを作っているのは一人ひとりの住人に他ならないということを、語っているようだ。

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Rusty Zimmerman

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Interview Photos & Text by Risa Akita

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