洗練とはほど遠いけれど、人情あふれる
下町風情のエリアを守るのは、近所総出の破壊行為?「ゲリラ・ギャラリー」
「ゲリラ・ギャラリー」。“ゲリラ”の文字通りに「誰もが勝手に」ペイントし、作品を飾り、さらにその上から落書きをしていい壁がある。その“ギャラリー”が存在するのは、いまでも少々危険な匂い漂うエリア、スパニッシュ・ハーレム。ああ、また自己主張だけヴァンダリズム(町、景観の破壊行為)かといわれればそうなのだが、そこは近所の人々が親しみを込めて集まってくる場所でもある。
「ん?」からはじまるご近所づきあい
常にどこからともなく陽気な音楽が流れ、左を見ても右を見ても、はたまた後ろを見てもソウルフードを売るおばちゃんがいるから、ストリートはいつも地元の人々で溢れているという下町風情。いろんな食げ物の匂いと熟れすぎたフルーツのような甘い腐敗臭が漂うエリア、スパニッシュ・ハーレムだ。
「何年間もずっと放置されていた、続きの汚い壁があって。綺麗な壁にしようと市に何度も申請をして、1年待ったけれど何の返事もなし。それで、『じゃあ、やっちゃおうよ』って」
今年の4月に、このエリアにゲリラ・ギャラリーをプロジェクトとして開始したアーティストグループ「Harlem Art Collective(以下、HART)」のメンバーの一人、Kristy McCarthy(クリスティ・マッカーシー)がそのいきさつを話してくれた。
「このゲリラ・ギャラリーには誰でも作品を飾っていいし、ペイントしていい。アート作品なら誰のものでも歓迎」だという。初のゲリラ・ギャラリーを行った今年の4月、壁を青く塗っておくと、隣のデリの主人が自分の作品を飾りにやってきたり、その翌日には学生がペイントをしたりと近所の人の作品で壁はうまった。中には、「行方不明 の子どもたちの顔写真」を貼るものもいたという。本当に何でもありだった。
取材がちょうど壁の塗り替えのタイミングだったのだが、実際に、クリスティや他のHARTのメンバーがペイントや作品を飾っていると、通りかかる近所の人々や他のエリアからのアーティストが「ん? 何やってるの?」と足をとめ、ゲリラに参加していく。
「今回の壁は、通りかかった子どもでもチョークで簡単に落書きできるように、チャコールを塗ってあるの」という彼らの目論見通り、壁はすぐに近所の人々の手でうめ尽くされた。足を止めてアートを見て、そのまま井戸端会議をはじめる人も多くいた。
ここを通ればご近所の輪が広がるの、とクリスティたちは嬉しそうにいう。
破壊行為がとどめる、カルチャーの死
ジェントリフィケーションの波が、このスパニッシュ・ハーレムにも容赦なく寄せている。ジェントリフィケーションとは、比較的貧困層が暮らすエリアに裕福な階級の人々が移り住むこと。これによって家賃は高騰、小さなビジネスは潰れ、それまでそこに暮らしていた人々がそのエリアを出ざるをえなくなる。それによって、その地域のカルチャーは失われていくことが多い。エリアが変わっていく現象のことだ。
「ジェントリフィケーションを地元のために利用する道を見つけるのは正直難しい。実際に、あちこちで家賃が高騰しているため、出て行っている人を何人も見てきたわ」とクリスティは話す。
「でも、道を見つけようとしないとね。ジェントリフィケーションでエリアのイメージが変わって観光客もこの数年とても増えている。そこで、私たちHARTは家を借りてAirbnb(空き部屋を宿泊施設とし て貸し出す)をはじめたの。それで得た資金をこのゲリラ・ギャラリーのペイント材や道具などに使っている。だから、ここに来た人は道具がなくても参加できる、というわけなの」と続けた。ふた月に一度は、近所の人々と壁を塗り替え続ける予定だ。
そのエリアに長く暮らしていた人々が集まり、街に何らかの手を施すことで、自分や家族がそこに根ざしていることを再認識する。自分たちで何かをすることを知れば、次もまた力を合わせてきっと何かができる。
カラフルでごちゃごちゃな、スパニッシュ・ハーレムを表したようなこの壁に集まる地元の人々がいる限り、ここのカルチャーはそう簡単にはくたばらない。
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Issue 30『都市を変えるのは、ゲリラだ』より
Photographer: Kohei Kawashima
Writer: Sako Hirano
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