「転職」はもう当たり前の選択肢にはなるが、それだってやっぱり一世ー代(イチとは言い切れない)の決心の瞬間ではある。特に、果敢にも職種をガラリと変えるならば——。以前取り上げた、弁護士からレゴ認定プロビルダーになったネイサンに、極悪マフィアから足を洗い動物レスキューに勤しむジェームス。また見つけてしまいましたよ、彼らに匹敵するほどの、大胆な転身を図った男を。
ダン・スナイダー(34)。現在ファッションデザイナー。16ヶ国90店舗にてブランドを展開。そして前職。元FBI捜査官。ブランドの立ち上げ資金は「スパイエージェンシーで働いていたときに貯めたんだ」という。
「業界知識はゼロだった」。元FBI捜査官がつくるファッションブランド
「ファッションといえば」の名門校、ニューヨーク州立ファッション工科大学(通称「FIT」)。同校にて、お気に入りの服を着てファッションを学び、華やかなファッション業界を夢見るデザイナーの卵がいる一方。ダンは、別に着たくもないお洒落とは程遠いスーツを羽織り、役人や政府関係者が集まるワシントンD.C.でFBI捜査官として勤務に従事していた。
それから5年あまりが過ぎ。味気ないスーツ姿だったダンは、いまではマンハッタンにあるスタジオで自身のブランドの服を着る。数年のうちに消えてしまう若手ブランドが無数の厳しいニューヨークのファッション業界で、ダンの上質カジュアルなニュー・アメリカン・スポーツウェア「Corridor(コリドー)」は、じわりと存在感を高めている。いまでは2つの実店舗を構え、16ヶ国90店鋪で取り扱われるまでに。注目の成長株なのだ(日本でも販売されている)。
「ファッション業界知識? ゼロだったね。お金もなかったし」とあっけらかんと当時を笑い飛ばすも、大きく人生の舵を切ったダン。週末前で忙しいであろう金曜の午前、チャイナタウンの雑居ビルに構える隠れスタジオ(お世辞にも豪華とはいえない)にお邪魔させてもらった。
右の扉が入り口。ここから階段でのぼると、スタジオに行き着く。
HEAPS(以下、H):わぉ。外観からここがスタジオだとは想像できませんでした。なんだか、秘密結社のアジトみたい。
Dan(以下、D): いいでしょ、チャイナタウン。最近ご近所さんにも顔を覚えてもらって、会ったらワッツアップしちゃう。
H:ご近所さんもすっかりマイメンなんですね。しかし、彼らも知らないダンさんの素性…それは、元FBI捜査官。
D:そう、契約社員だったけどね。約4年間、FBIのビジネスアナリストとして勤務していたんだ。
H:当時は、野暮ったいスーツでお勤めだったそうで。やはりFBIや政府機関のお役人ファッションに飽き飽きしていたとか?
D:まあニューヨークだとウォール街とかお堅い職種が集まる地区でも、周囲によく見られたいという美意識をもってスーツを着こなすでしょう? でもワシントンではただ「着なきゃいけない」からと、みんなスーツに“着られている”感じはあったかな。自分も含めてね。当時ファッションには、まったくといっていいほど興味がなかった。ウケるよね。
H:本当に?実は、おしゃれなスーツに憧れてたとかもなく?
D:うん、本当に。でも、服ができるプロセスには興味があったんだ。もともと裁縫が得意でさ、自分でも洋服をつくれるんじゃないかと思って、FBIにまだ勤めていたころにミシンを購入した。夜間、服の仕立て教室に通いはじめたんだ。
H:FBIフルタイム勤務後、夜間学校に通う。多忙なライフスタイル。
D: はは、そりゃあ忙しかったさ。でも、好きなことのためなら時間をつくれるでしょう? 週に1、1回、仕事が終わった夜の9時くらいからクラスを受講してた。当時はただの趣味だったし、まさかブランドを立ち上げるなんて夢にも思っていなかった。将来はCIA(米国中央情報局、スパイ活動もおこなう組織)になるつもりだったし。
H:CIAへの道を蹴ってファッションデザイナーに? 一体なぜでしょう?
D:FBIを辞めた後、CIAになるため大学院に進学したんだ。その在学中に、学費や家賃の足しに友だちに服をつくって売っていたんだ。そしたら案外、好評でさ。「こっち(ファッション)を本職にしたら?」なんていわれて、じゃあ「やるか」って。そのままファッションデザイナーになっちゃった。
後悔? まったくないけど、家族は激怒してたよ(笑)。「そんなのスマートな決断じゃない」って。そりゃあそうだよね、知識も経験も資金も一切なかったんだから。
H:その資金ですが、ス、スパイエージェンシーで貯めたと聞きましたが…。
D:そうなんだよ。ブランドを立ち上げると決意したものの、大学院卒業後も相変わらずお金に余裕がなかった。だから、日中はフルタイムでスパイエージェンシーで働いて、夜にブランドに専念するっていう生活を2年続けたんだ。当時、19時間も働いてたよ。
H:正真正銘のワーカホリック! ちなみにスパイの仕事内容とは…。
D:それは言えない。
H:ですよね(笑)。その“スパイ資金”で2013年に自身のブランド「コリドー」を設立しました。ファッション業界のコネも功績もゼロの状態からどうやってファッションデザイナーになったか、教えてくれますか。
D:大学院卒業までの2年間、NYPD(ニューヨーク市警察)でインターンをしてたんだ。日々のインターン後はその足でガーメントディストリクト* に向かい、工場のドアをノック。直接交渉してサンプルをつくらせてもらって。
*ニューヨークのアパレル産業地帯。ファッション関係の卸売り問屋や工場が軒を連ねる。
H:NYPDにもインターンがあるんですね。それにしても、振れ幅のすごい生活…!
D:でね、サンプルを持ってトレードショーへいく。ありがたいことに、翌年のトレードショーでは自分のブースをゲットした。いくつかのアパレル企業の目に留まり、そのままショールームに置いてもらえることになったんだ。他には、リュックサックにサンプルを詰め込んで店に直撃訪問して売りこんだり。その年だけで13の店舗に置いてもらえるというね。チームは7人と小規模だけど、投資なしでここまで成長できた。ぼくって昔から、周囲も認めるラッキーボーイなんだ。
H:いやいやその幸運、努力の上に降ってきていますよ。ラッキーボーイにも、そりゃ苦労話の一つや二つもあるでしょう。
D:いまは商品の倉庫があるんだけど、設立当初は、6階建て・エレベーターなしの自宅アパートを倉庫としても使っていた。だから、届く在庫はすべて6階を上り下りして運ばなければならなかったよ。苦労話、他にはそうだねえ…。キャッシュフローが一番の問題だったかな。クレジットカードはどれも利用限度額マックスで、とにかくお金がなかったり。まあどれも、いまとなっては“ビューティフル・ストラグル(美しい苦悩)”さ。
H:名言いただきました。コリドーの服って、刺繍が施されていたり、生地の質にもこだわったり、デザインが美しいですよね。デザインプロセスを教えてほしいです。
D:ぼくの場合はテキスタイル(布地)に重点をおく。一着に対して30、40種類の布地を手に取るかな。たとえばこのシャツはヴィンテージのキューバンスタイルシャツが元だった。レディースの服に多いテンセル素材を使い、長すぎる袖や肩を短くしてモダンに仕上げた。その後も細かい修正を加えやっと完成させる。どう? 素敵でしょ?
元になったキューバンスタイルシャツ。
デザイン修正した後のダンのシャツ。
H:緻密なデザインが生んだカジュアルさ。デザインをしていて、たのしいことは?
D:デザインの過程は小さな決断の積み重ね。正直いって気が遠くなるし精神的にもかなり疲れる。でも完成品を手にした瞬間って何にもかえられないでしょう。ただ友だちのために服をつくっていた学生時代と、プロのファッションデザイナーとして働くいまはやはり違う。かかるコストを常に念頭において、経済的に考えなければならない。だから学生時代のように好きなものを好きなだけ、というわけにはいかないね。
H:ファッションデザイナーの1日を教えてください。
D:シーズンによっていろいろだけど、いまは一日中デザインに集中している。FBI時代より確実に働いてるよ(笑)。
H:ぶっちゃけ、FBI時代といま、どっちが稼げてますか?
D:大胆なこと聞くね(笑)。設立から5年経つけど、まだFBI時代よりは稼げていないのが現状だね。
H:ファッション業界初心者だったからこその利点って、ありました?
D:最大の利点は、何も知らなかったこと。こんなに大変だって知ってたら、そもそもこの業界に足を踏み入れてなかったから(笑)。
H:(笑)。元FBI捜査官という前職での経験は、自分のブランド展開になにか役立っている?
D:そうだね、FBI時代のビジネススキルが役に立っているよ。どうチームを動かすか、キャッシュフローはどうするか、どう仕事をオーガナイズするか、どう判断を下すか。FBIの仕事を通して、感情をコントロールすることが大事だってことも学んだ。感情的になままアクションを起こすと、失敗してしまうから。
服の生産作業をインドに移した。「最近のファッション市場は変わってきていて、生産地よりもデザインに注目する傾向がある。
だから生産地よりデザインに重きをおいたんだ」
H:FBIとファッションデザイナーって真逆の仕事だけれども、共通点もあるんですね。
D:プロジェクトの管理・執行では同じような部分もある。細々した小さなタスクを一つひとつ上手に組み合わせる必要があるんだ。たとえば、いまの仕事だと世界各地から別々の日に届くボタンや糸を、ペルーやポルトガルといった別々の工場の納期に間に合うように配送しなきゃならない。それからカタログをつくるとなったら、モデルやフォトグラファー、メイクアップアーティストのブッキングもしなきゃね。
H:ダンにとって、ファッションデザイナーは理想の仕事といえますか。
D:うん、ぼくの好きなことをつめこんだベストジョブだね。気持ちをフレッシュにしてくれる美しい服をつくるのがぼくの仕事。FBI時代に戻れといわれたら戻れるし、もしCIAの道を進んでいたら、いまごろどんな人生を送っているのだろうと思うこともある。けど、これが正しい決断だと確信してる。
H:ファッション業界で働くには、ファッション専門学校で服飾の技術を身につけキャリアを積むのが一般的ですよね。学校を卒業したデザイナーではなく、ダンだからこそつくれるデザインってなんだと思います?
D:…ファッション界をリードする有名デザイナーのうち、どれだけの人がファッション専門学校で服飾を学んだと思う?
H:むむ、確かに。ラルフ・ローレンはビジネス大学中退後に陸軍に入隊、ファッションは学んでいなかったし、ミウッチャ・プラダは元パントマイムパフォーマーで、これまた専門的な勉強はしていなかった。
D:そう、ファッション専門学校を卒業していなくたって、別の畑からやってきて成功しているデザイナーはたくさんいる。ぼくが思うにファッションデザイナーに必要なのは、センスの良さと大衆がほしいものを理解することだと思うんだ。大学では技術的なことを学べるけど、こればっかりは自分のセンスなんだ。
Interview with Dan Snyder
Photos taken by Sanae Ohno, Retouched by Smash the Newton
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine