「私の感情」を可視化するエモーショナルな服。言葉にしないでストレス、不安、緊張を伝える、纏うコミュニケーションの先端

スタートアップの活動や新しいプロジェクトから読みとく、バラエティにとんだいま。HEAPSの(だいたい)週1レポート
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新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。

「わたしはこんな人間です」を言葉にせずともなんとなく伝えてしまう。服は口ほどに、いや口よりも物をいうようになった。それは、過去の記事、たとえば「わかる人にはわかる」高度なジョークやあるあるを載せたローカルスラングTシャツ屋を取材した記事や、近年増加する思想をもったブランドについて取りあげるときになにかと言及してきたことだ。

着る人のアイデンティティ、好み、気分を、服はながらく表現してきた。そしていま「感情」を伝える服が登場しているという。私こんな人間です、ではなく、「私いま、こんな状態です」を言葉にせず、伝える服。

“感情”を着て、相手に伝える?

 服が「その人が何者か」を伝える役割を担うのはいまにはじまったことではない。近代化以前の世界では、地域ごとや身分ごとに独自の素材やパターンの服を着るなど、その人が物理的にも社会的にもどこから来た人なのかを識別させた。それらがほとんど自動的に決まる記号的な情報なのに対して、近年は「自分のアイデンティティ」として、内面の伝えたいことを表現するツールとして強固になっている。ああ、この人は有名ブランドよりも友人がつくった服を好んで着る人なんだな、こういうジョークを理解する人なんだな…など、表現するものは明確であったり曖昧であったり、解釈にも幅があり、流動的で複雑だ。

 今回紹介する「Emotional Clothing(エモーショナル・クロージング、直訳すれば“感情的な服”)」は、テクノロジーを用いて「内面をもっと直感的に表現する服」の新たな例。着れば、自分の精神状態を言葉を介さず伝えることができるという。自分の感情を、対峙する相手、または不特定多数にむけて可視化する。

 Emotinal Clothingは、人間と衣服の相互作用を専門とするデザイナーであり研究者でもあるポーランド人のIGA WĘGLIŃSKA(イガ・ヴォグリンスカ)が制作した。観測可能な人間の感情の揺れ——体温、心拍数など——をセンサーが読み取り、それを信号に変換してLEDライトで視覚的な変化が起こるように設計されている。

 さて、一体どのようにして服が感情を伝えるのか。まず第一に、伝えられる感情とは、ストレスや不安といった、いわゆる負の感情のようだ。ストレスや不安を感じるとトップスに付けられたライトが点滅したり、ライトの色が変わる仕組みになっている。つまり、言葉では伝えづらい負の状態を可視化するといえる。自分では認識しづらい状態を自己認識することで、気持ちを落ち着かせるなどのセルフウェルビーイングにも繋がるとデザイナーは述べている。




現段階で、一般販売はしていない。

 細身のすっきりとしたシルエットのトップスにはライトが内蔵されており、指に装着したセンサーから得た情報をもとに、心拍数に合わせて点滅するようになっている。また、体温や心拍数に反応して、色が、黒から半透明、または半透明から黒に変化してゆく(心理的ストレスがかかると自律神経系に影響が及び、体温、心拍数、血圧を上昇させることが研究で明らかになっている)。つまり、トップスの色の変化から、着衣者のストレスレベルを目視できるということ。

 また丸みのあるデザインが特徴的なデザインのトップスでは、センサーが着衣者の汗の量の変化を感知。胸に付いたライトがピンク色から青色に変化した場合、それはストレスレベルが高くなっていることを示している。ここには、うそ発見器にも応用される、強い感覚刺激や情緒的な反応によって皮膚に生じる電気活動の変化(ガルバニック皮膚反応)を利用。手や足の末梢の発汗を測定して、緊張、ストレス、不安などの心理的な動揺を確認し、それらをライトで可視化した。

感情を隠さないで、見せるとき

 これまでにも、同じような仕組みで視覚的な変化が起きる服は開発されてきた。たとえば、周囲の視線によって変化が起こるドレス「(No)where (Now)here」や、着衣者の表情の変化によって変化が起こるドレス「Can’t and Won’t」。これらは、周囲の視線という外部情報、また表情の変化という身体的かつ表出的な情報のもとに変化したものだが、今回のEmotional Clothingは、体温、心拍数、GSRといった身体の内部情報をもとに、表出させない、あるいは表出させるのをとまどう(我慢してしまう、など)ものを表現し、変化する点で一線を画した新しい例だ。

 自分の趣味や好み、大切にしているものをわかってもらえるとうれしい。ニッチなものであれば尚更で、わざわざ「(バンドでもブランドでも)ファンです」といってしまえば野暮なことをさりげなく伝える。そんなふうに「言葉にせずとも伝わる喜び」を媒介してきた服が、ネガティブなこと、つまり「言いにくいこと」「言葉にしにくいこと」「言えたらいいのに」を、代弁するコミュニケーションの可能性を秘めている。
 さらに研究が進んで、さまざまな感情を表現できる服がいずれ一般的に普及した(そう遠くないかもしれない?)未来を考えてみる。便利かどうかはさておき、まず第一に、感情の持ち主以外が、勝手にその人の感情を推し量り、たとえば「(辛そうには)見えない」という、勝手な判断や押しつけを許さなくなる。情報と言葉巧みな建前をいくらでも練り上げることを学んだあとで、それらをいったんぺろりとシンプルにしてウソのない感情を見せあうとき、私たちはどんなコミュニケーションが必要になるのだろうか。

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All Photos by Mila Łapko, via Media Kit
Text by Shunya Kanda & HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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