アテネにまた違う夏がくる。「経済危機の数年、荒廃の状態からやってきた。いつだって僕らの準備はできている」|CORONA-XVoices

コロナウイルスの感染拡大の状況下で、さまざま場所、一人ひとりのリアルな日々を記録していきます。
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2020年早春から、世界の社会、経済、文化、そして一人ひとりの日常生活や行動を一変する出来事が起こっている。現在160ヶ国以上に蔓延する、新型コロナウイルスの世界的大流行だ。いまも刻々と、今日そのものを、そしてこれからの日々を揺るがしている。先の見えない不安や混乱、コロナに関連するさまざまな数字、そして悲しい出来事。耳にし、目にするニュースに敏感になる毎日。

この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。

今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。

「待てど暮らせど、自分たちの暮らす都市の状況は一向によくならない。時間が経つにつれてそう気づいた人々が、待つことをやめて動きはじめたんだ」。まるでリアルタイムか、あるいは近い未来のことを話していたとしても不自然はないが、これは一昨年にギリシャのアテネに住む建築家ザコス・ヴァーフィスを取材した際の言葉だ。

2008年、ギリシャは首の皮一枚で財政破綻を免れたものの、続く苦しい経済危機で景気は落ち込み治安も悪化。空き家と犯罪が増えて荒廃していったのが、同国の歴史都市アテネだ。しかし、その荒廃都市では「DIYの都市復興」が少しずつ進んでいると聞いて、そこでもっとも活動的な一人、建築家・ザコス・ヴァーフィス(Zachos Varfis)を取材した。まずは集まれる場所と新しいシーンを作ろうと、19世紀から残る中庭を改築し、スケートボードのボウル兼カフェの溜まり場「LATRAAC(ラトラック)」をDIYスポットとしてつくっていた。


DIYで建てたLATRAAC。

メモ:アテネはDIYパラダイス?「ベルリンみたいにはいかないと思う」

2015年には、ギリシャの25歳以下の失業率は約50パーセントにまで落ち込んだ。若者の半数が失業状態だ(18年時点で失業率は19.5パーセントに)。街の復活はまだまだ遠い。
その中で、「アテネにはつねに活気のあるストリートライフがある。バーのビールが高いなら、売店で買って外で飲めばいい。そこでもシーンが生まれるから」との気概で少しずつ進んできたのがアテネのDIY。空き家が増えて地価が値崩れし、家賃が安いことで海外からの移住組も増えている。
安い家賃の“物件天国”でアーティストを引き寄せ、クリエイティブシーンを育てたかつてのベルリンを投影し「アテネはネクスト・ベルリン」と呼ばれることもしばしば。しかし、「それは違う」と言っていた。
「ベルリン(のクリエイティブシーン)が栄えた理由には、ドイツの経済と繋がっていたことがあると思う」。ベルリンでは行政とカルチャーシーンの結びつきが強く、支援関係がきちんと築かれている。しかし、「アテネにはクリエイティブシーンにつぎ込む資本金がない。だから、アテネのDIYには携わる個々にリスクがついてくるものだ」。
そして、そのリスクも利点に考える。「少しの予算だけで都市部に大きいスケートランプを作るなんて、アメリカやヨーロッパの都市じゃできなかったかもね。許可の問題もあるし。自分たちの居場所がないなら、自分たちで作るしかないだろう?」

記事:「待つことをやめた」アテネ市民の〈DIYパラダイス〉。経済危機から8年、歴史都市が模索するDIY復興シーン

ザコスとは、2020年初夏に向けて日本でのイベントやプロジェクトの計画を話していたため、連絡を取り合っていた最中だった(二月半ばに延期を決めた)。その先のメールでは「外出の際は、決められたフォームに外出理由の記入を要請されている」と言っていたが。アテネの若者たちの溜まり場、LATRAAC(ラトラック)はいまどうなっているんだろう。そしてアテネは、経済危機を経験し、過去十年以上を奮闘してきた都市。この困難な時期をザコスはどう見つめ、どのように未来を考えているんだろう。さらに何度かのメールを重ねた。



LATRAAC。コロナ感染拡大でクローズする前の様子。

※※※

HEAPS(以下、H):こんにちは。ギリシャは感染者数が少ない時点でも思い切った政策を取り、自宅待機となりましたね。

Zachos(以下、Z):政府から僕ら生活者の携帯電話に一斉に通達が来て、ロックダウンがはじまったんだ。通達は警告用のサイレン付きだったから、「非常事態」ということをみんなが察知した。と同時に、自分の携帯電話の設定を政府が巡回できるという事実を実感して、ちょっとゾッとしたりもしたよ。

H:前のメールで、外出には外出理由を明記したフォームを提出しなくてはならない、といっていたけれど、いま(取材時4/29時点)外出はどのようにしている?

Z:外出を許されている項目が1〜6まであり、それに該当する外出であれば実施してOK。たとえば、2は買い物、6はエクササイズといった具合。数日後には、“Going for 6(6をしに行く)”がSNSワードになっていましたね。

H:アテネの様子は?

ゴーストタウンです。人々がなぜこうも慎重に行動しているかというと、ギリシャの人々が政府をあまり信用していないからだと僕は思います。この状況がさらに悪くなるとして、政府がうまく事態をハンドルできるとは思えない。皮肉にもそういった政府への信頼の信頼の欠如が、うまく機能しているというか。彼らのいうことを鵜呑みにしないほうがいい、というのを肌で感じていたんだろうと思います。
人口が密集している都市には(政府から)強制と抑制が敷かれているわけだけれど、基本的には人々の自主性が働いて(ロックダウンが)成り立っているわけなので、非民主的だとは感じません。これは今後の人々の行動に、大きな変化をもたらしていくと思いますよ。

H:苦しい経済状況の中で、自分たちでどうにかしなくてはならなかった日々がありますからね。経済危機の中でなんとか生活してきた、それこそDIYで自分たちで活気づけてきた過去数年間の経験は、今回のパンデミックの危機の備えとしても働きそうですか?

Z:アテネは、確かに少しタフかもしれない。経済悪化で社会状況が苦しい中での団結、着丈さは備わっていると言えると思う。それはやっぱり、この10年以上体験してきた経済危機の経験があるから。だけれども、このパンデミックの影響は前例がないからこそ、予想不可能な部分が残っていく。かつてない社会現象が起こるのではないか、と思います。元来僕は皮肉屋で厭世的なところがありますが、人々の顔を見ているとこの先をそんなに悲観しなくても大丈夫、とも思っています。

H:ザコスはどんな毎日を過ごしているだろう。

Z:僕はもともとフリーランスの建築家としてプロジェクトベースに仕事をしていて、自宅にこもった作業も多かった。だからそこまで大きな変化があったわけじゃないんだ。自宅に働ける環境があったことを幸運だと思ったよ。予定していた仕事がなくなったから、僕の“1930年代もの”のアパートメントを数週間かけて修築したりして…。あとは、チーズケーキを焼けるようになったよ。

H:チーズケーキいいですねえ。あんまりストレスもなく過ごせているのかな。 

Z:週に何度かランニングに行って、体を動かして、メンタルも含めてメンテナンスしているよ。集中して走ると、エンドルフィン(脳内ホルモン)が出るでしょ。あれってメンタルいすごくいいんだね。一ついうと、モチベーションを保つのに何か区切りのある作業が必要だと思い至った。それまで、何時間も何時間もソーシャルメディアでニュースをひたすら漁って読んで…。「いつまでに何をやる」みたいなものを欲して、中断していたLATRAACの修築に着手したんだ。

H:LATRAAC、どうしているか聞こうと思っていました。いまはもちろんクローズですよね?

Z:冬に入ってからスケートボウルのランプをメンテナンスするために閉めていたんだ。メンテナンスを終えて4月にはオープンする予定だったんだけど、延期しなくちゃならなくなったよ。春が来て、屋外での建築作業にはパーフェクトな時期。いったいいつになったらまた再開できるのか、などという長期的な見通しは考えずに、いまはただ集中して黙々と作業している。これでモチベーションを保ったままでいられるんだ。

H:修築以外で、LATRAACに行くこともある?

Z:ガーデニングに行きます。春は特に、小まめな手入れが必要だからね。



修築中のスケートボウル、手入れ中の併設カフェ。

H:LATRAACにきていたみんなはどうしているんだろう。

Z:インスタグラムを見る限りだけど、スケーターたちは、普段なら混みすぎていて滑れないスポットに挑戦する機会として活動しているみたいだよ。もしかすると責任のない行動に見えるかもしれないけれど、一応、先に説明した外出項目の“ナンバー6”、体を動かすアクティビティにおそらく該当するんじゃないかな。

H:そういえば、LATRAACのスケートボウル型の灰皿を作っていたよね?

Z:イエス!ギリシャのデザイナーとコラボレートして灰皿を作ったんだよ。LATRAACのスケートボウル型、名付けて「Smoke.A.Bowl(スモーク・ア・ボウル)」。陶芸家も、地元の人に協力してもらったんだよ。火山ぽい感じが、お気に入り。いま最初の100個を売り出し中。



実際のLATRAACを、小さなサイズへ。デジタルジオメトリを使って製作した。

H:いま、パンデミックによって経済状況が悪化し、今後の経済の見通しが苦しい都市や国が出てきました。経済危機の中で長年やってきたアテネが示せるものとして、何かありますか?

Z:アテネが教えられること、か。何があるのなあ。困難を乗り越えられるものにするのは、友人と家族、この2つの存在があるからです。アテネはいま、この2つにもっとも価値を置いている。

H:だからこそ、友人や家族、さまざまな人が集まることのできたLATRAACは大切な存在。LATRAAC、早く再開できるといいです。

Z:LATRAACはいま、苦しい時期です。でも、だからこそ自分たち一人ひとりが、コミュニティの一部であるということを、みんなが痛感している時期だとも思います。一日でも早く、友人たちに会いたい。
併設カフェを含めてLATAACが開けるようになるになったら、ソーシャルディスタンスを加味した条件も出るでしょう。そうなれば、それら状況に対して安全性を保ちながら、いくらでもクリエイティブに対応していく心持ちです。
アテネにとっても、また一つ険しい夏になるかもしれない。だけど、LATRAACは今日まで、荒廃の状態からまた一つずつ、中から刷新していこうと力を注いできた。だから、いつだって僕らの準備はできています。

ザコス・ヴァーフィス/Zachos Varfis

ギリシャ・アテネを拠点にする建築家。2017年にアテネにオープンしたスケートボードボウル兼カフェ「LATRAAC(ラトラック)」の共同創立者/クリエイティブディレクター。DJイベントやパフォーマンスを開催し、アテネのDIYシーンの若者たちの溜まり場にさせた。また建築家としては、伝統的なクラフト技術とデジタルファブリケーションを駆使したデザインが特徴。自身のプロジェクトでは、使用されなくなったビルやスペースなどの空間を再利用する取り組みもおこなう。2020年に、HEAPSの新しい活動「DON’T BLINK!(ドント・ブリンク!)」で来日しイベントをおこなう予定であったが、コロナウイルス感染拡大を受け、延期。来年には実現できるよう、継続して会話をしている。

Zachos @zachos_varfis
LATRAAC @Latraac_skate_cafe

All images via Zachos Varfis
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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