この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。
今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。
Baesian(ベエジアン)、最高のアジア人。そんなふうに自分たちを呼び合い、アジア系アメリカンの自分たちにしかできない制作をしているのがインディペンデント雑誌『Banana(バナナ)』だ。
米国では、外見はアジア系(黄)なのに中身(考え方・生活習慣)は白人文化(白)に染まっている〈アジア系アメリカ人〉のことをいう。その「バナナ」を冗談交じりに、また「誰もがアジアのカルチャーについて知ろうと思えるように。身近なフルーツであるバナナのような気軽さで」という思いから命名。
「ALL THINGS AZN(エイジアンのすべて)」をキャッチフレーズに2014年の創刊から誌面づくりを続けている。「ホットポット(お鍋)を中国・日本・タイの文化から研究する」「ニューヨーク・チャイナタウンの次世代を担う6人」「中国の驚異的ヒップホップシーン」など、毎号アジアンカルチャーに関することならなんでもあり。創設者で共同編集長、生粋の“バナナ”でもある台湾系アメリカ人のキャスリーン・ツォ(30)と中国系アメリカ人ヴィッキー・ホー(31)に取材をしたのは2年前の夏のこと。
世界最悪の感染爆発が起きたニューヨークを拠点とするバナナチームは、この状況下でどうしているんだろう。彼女たちの根城のある、普段なら活気溢れるチャイナタウンの様子はどうなんだろう。悲しいが、アジア人への差別もあちこちで聞く。最近盛りあがってきたアジア系アメリカ人のクリエイティブ界隈への被害は大丈夫なんだろうか。自主隔離中の彼女らにアレコレ聞いてみた。
HEAPS(以下、H):2人ともお久しぶりです。二人はニューヨークのチャイナタウンに自宅兼オフィスがありますが、いまどんな状況ですか。
K:いつもなら多くの人がたむろする活気溢れるチャイナタウンだけど、いまは驚くほど閑散としている。
H:あの一年中賑にぎやかなチャイナタウンが…想像できない。
K:人がいるとすれば、スーパーマーケットで社会的距離を保つための行列だけ。感染拡大当時は買い占めが目立っていたけど、最近ではそれもなくなって、みんな必要なものだけを購入するようになってきた。私はできる限り米国疾病予防管理センターが推奨する「感染防止ガイドライン」に従って、食料品の買い出しや散歩にのみ外出するようにしている。
H:二人の生活はどう変わりましたか? どんな毎日を過ごしているんだろう。
K:平日は自炊が増えたかな。最近では母のレシピ(台湾料理)を試してみたり。週末はアジア人の友人が経営するビジネスを支援するため、レストランでテイクアウトするようにしてる。ブルックリンにあるベトナム料理屋「Di An Di」や台湾料理屋「Win Son」、チャイナタウンにある広東料理屋「Nom Wah Nolita」とかね。あと必要以上にテレビを観てるし、ヨガもしてる。友人に会えないのが一番辛い。
V:急に在宅勤務になったもんだから、私生活と仕事のバランスを取るのが難しいんだよね。自炊は、私も圧倒的に増えた。フードスタイリストの友人やアジア料理専門店「Lost In The Sauce NY」がインスタに投稿するアジア料理レシピを参考にしてる。あと、パンを大量に焼きまくってる。先週は北海道ミルクパンを作ったんだ。いまは中国のベーカリースタイルのホットドッグパンの作り方を模索中。
H:弊誌の編集長も毎週ピザ生地をこねているそうです。もともと、働きながらバナナを作るパワフルな2人。隔離生活において生産的な日々を送ろうって思ったり、そのための工夫とかしている?それとも、どうしてもだらけてしまう日もあったり?
K:この状況で生産性と創造性を発揮するのってなかなか難しい。つねに不安な気持ちがつきまとうし。二日に一回は、何もしたくないって思っちゃってるかも。
V:この状況下で生産性と創造性を維持できなくなるのって自然なことだと思う。そんな時は、ユーチューブでお気に入りの曲のカラオケバージョンを流して、思いっっっきり熱唱して気分転換するのが私流。自宅だとマイクの取り合いになることもないし(笑)
H:自宅カラオケいいですね、ドリンクも飲み放題だし。そういえば4月上旬に最新号の第6号が発刊しましたね!制作は特に問題なく順調に進んだんです?
K:幸い、感染拡大が深刻化しはじめた頃には取材も撮影も終わっていて、ちょうどデザイン作業に移行したところだったからね。
最新号の6号。
昨年出版された5号。
H:おぉ、ギリギリのグッドタイミングでしたね。
K:そう。なんなら在宅勤務で家にいる時間が増えたから、デザイン作業に集中できて、いつもより早く印刷にまわせた。 コロナ禍にも関わらず、いつもお願いしている英国の印刷会社が稼働してくれてたおかげで、予定通り最新号を発刊できた。運送費の値上がり以外、すべてスムーズに進んだかな。
H:バナナのオフィスは、キャスリーンの自宅。現在、全員集合しての会議は…
K:できない。だから他の会社と同じように、遠隔での制作。
V:ズーム会議とかね。
H:今後の雑誌の販売方法にも変化はありそう?
V:これまでは書店やショップに置いているんだけど、今回は店頭販売ができないことを視野に入れオンライン販売を強化する予定。
K:それと、毎号発刊後はローンチパーティを開催してたんだけど、今回はできなさそう。これが一番悔やまれる。
H:それは残念だ。こんな状況下だからこそ始めた、バナナとしての新しいプロジェクトとかってあります?
V:あるよ!コミュニティの自己隔離生活を少しでも有意義なものにしたくて、ニュースレターをリローンチしたんだ。毎週、過去号で載せたストーリーをキュレートして発信している。誰もが簡単にバナナにアクセスできるように。
H:どれどれ…。第1号で特集したラーメンレシピや、第3号で特集した鍋のたのしみ方を再紹介。すごくイイ。自粛期間中、映画とかもいろいろ配信されていますね。(韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は米フールーで2番目に多く視聴されている)。2人がオススメするアジア映画や番組を教えてほしいっす。
K:『Ronny Chieng: Asian Comedian Destroys America!』(マレーシア人コメディアン、ロニー・チェンのスタンダップコメディショー : ネットフリックス)
『サタデー・ナイト・ライブ』(米国で絶大な人気を誇るコメディ番組。中国系アメリカ人の文筆家、ボウウェン・ヤンが参加した2話が追加された : フールー)
『タイガーテール ある家族の記憶』(台湾から米国に渡った移民の物語を描いたアメリカ映画 : ネットフリックス)
V:『カンフーハッスル』(中国のカンフーアクション映画 : ネットフリックス)
『頭文字D』(日本の走り屋漫画。通称「イニD」 : ネットフリックス)
『グランド・マスター』(香港の伝記アクション映画 : ネットフリックス)
『愛の不時着』(韓国の恋愛ドラマ : ネットフリックス)
『美少女戦士セーラームーン』(日本の少女漫画 : フールー)
『カウボーイビバップ』(日本のSFアニメ : フールー)
H:そういえば、二人も最新号のエディターズレターで触れていたけど、感染拡大に伴い、米国ではアジア人に対する人種差別が広がっている。
K:卑劣だよ。最近、家を出るのすら怖い。
H:2人もなにか被害に遭った?
V:感染流行当初、マスクをしてたら人種差別的発言が飛んできた。あと地下鉄に乗ってたとき、乗車客は明らかに私を避けて座ったり。世界で最も多様性のある都市の1つ、ここニューヨークでだよ?
K:私は被害に遭ったことはないけど、「ネクスト・シャーク(アジア系アメリカ人とアジアのニュースを発信するメディア)」で、どんな事例があるのかを欠かさずチェックしてる。
H:悲しいです。私はなるべくアジア人だとバレないよう、外出時はグラサンとマスクをして、漢字がかいてあるお気に入りのトートバッグは使わないようにしてます。2人の対策法もあれば教えてほしい。
K:身を守るために、周囲に十分注意を払うことは大事。でもね、“アジアらしさ“を隠すのは違うんじゃないかなって、やっぱり思う。私は自分のアジア人の顔を誇りに思ってるから。それにアジア人が「(アメリカ国旗である)赤、白、青を身に着ける」*を実行したところでって思うし。
*アジア人に対する人種差別対策のため、中国系アメリカ人政治活動家のアンドリュー・ヤンがアジア系アメリカ人の“アメリカらしさ“を示すよう求めた一節。これには多くのアジア系アメリカ人からの批判が。ちなみにバナナ最新号で取り上げた台湾系アメリカ人コメディアンのジェニー・ヤンは、実際に赤、白、青を身に付けて差別されないかを検証する皮肉ったビデオを撮影した。
V:夜は1人で出歩かないこと。私は逐一アジア系の友人に連絡して、みんなが安全かを確認している。私たちにとっていま、人種差別は避けられない。だからといってこれからの日々を怯えて過ごすなんて真っ平御免。キャスリーン同様、私もアジア人である誇りは決して無くさない。なんなら、逆に高まってるかも。
H:感染が収束したとしても、アジア人差別が固定化する懸念がある。アジア系によるアジア系のための雑誌バナナができることってなんだろう?
K:アジア系アメリカ人のクリエイティブのためのプラットフォームを提供し続けること。そうすることでコミュニティを構築できれば、みんなで支え合えるはずだから。
H:このコロナの一件で考えたことや思ったことで、これからバナナの活動や制作に活かせたらと考えていることはありますか?
K:正直、日々のことを考えるのに必死で、まだ先のことは考えらんないなぁ。
V:最新号プレオーダー中のいまも、たくさんの人たちから多くのサポートをしてもらっている。世界がどれだけアジア文化を破壊しようとしても、バナナはアジア系アメリカ人のクリエイティブコミュニティと協力し合い、これまでと変わらずクールなアジア文化を発信するプラットフォームであり続けたい。
Interview with Kathleen Tso & Vicki Ho
左がキャスリーン、右がヴィッキー。
Photo by Kohei Kawashima
2014年から年1回出版する、アジア系アメリカ人コミュニティのプラットフォームとして話題のインディペンデント雑誌。 「ホットポット(お鍋)を中国・日本・タイの文化から研究する」「ニューヨーク・チャイナタウンの次世代を担う6人」「中国の驚異的ヒップホップシーン」など、毎号アジアンカルチャーに関するコンテンツを発信。創設者で共同編集長は、台湾系アメリカ人のキャスリーン・ツォ(30)と中国系アメリカ人ヴィッキー・ホー(31)。現在、最新号の第6号のプレオーダー受付中。
Eyecatch Image via Banana Magazine
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine