シリーズ「煌めいて★アジアのポップス」。全4回、毎回アジアの国から1ヶ国をピックアップ、その国の大衆ポップスの歌詞にある「独特の英語表現」を解釈してみようというもの。
アジアには和製英語(日本)やシングリッシュ(シンガポール)など、現地の言葉やニュアンス、文化背景を通して生まれた新しい英語表現がある。「英語は外来のことば」なアジアだからこその、不思議で唯一な言い回し。おじさんの店先のラジオから、おねえさんのiPodから、家族の居間のテレビから、ほら、漏れ聴こえてくる。
「ゴミひとつ落ちていない」「マーライオンがいる」「高層ホテルの屋上にあるプール」が売りこみ文句のシンガポール。東京都よりも少し大きいくらいの国土に、年間1,850万人(2018年)の観光客が訪れる観光大国だ。この国を縦横するのは、観光客だけではない。中国系やマレー系、インド系、アラブ系、ヨーロッパ系などの多民族が移民として住み、チャイナタウン、リトルインディア、アラブストリートなど、独自のコミュニティを形成している。
多民族国家・シンガポールの公用語の一つが英語(かつて英国に統治されていたことから)だが、シンガポールの独特英語「シングリッシュ」も忘れてはならない。マレー語や中国語、タミル語、他の言語からの影響を受けた、スラングのような英語で、文の語尾に「ラ(lah)」をつけたり(例:「オーケー、ラ(Ok, lah)」、文末を略したり(例:「ノニー(No need、必要ない)」)、カジュアル&ブロークン。シングリッシュで歌い、ポップスに“シンガポールっぽさ”を出した「ミスター・シンガポール」で知られる国民的シンガー・ソングライターのディック・リーもいる。正統派イングリッシュでも、異国さがでるシングリッシュでも、シンガポールの音楽に「英語」は欠かせない。
煌めいて★アジアのポップス最終回。混じりない英語でドリーミーに歌い上げるインディーポップ・バンドから、シングリッシュを織りまぜるヒップホップアーティストまで、シンガポールの“いま”を切り取るポップスの英語を紹介しよう。
※曲タイトル、歌詞の( )内の日本語は意訳です。
1、懐かしい甘酸っぱいサウンド充満。ドリームポップバンドが思いめぐらす「astronomy(天体と宇宙のこと)」
紅一点のヴォーカリスト、セリーヌ・オータムを中心に、ジャレッド・リム、ラファエル・オングの3人で構成。2017年にバンド活動をスタート、同年6月に出したデビューEP『キャットフラップ』が米メディアから高い評価を得た。日本でも人気はじわじわと広がっており、今年1月には、日本のバンド「For Tracy Hyde(フォー・トレイシー・ハイド)」と一緒にツアーもおこなった。
90年代のインディーズを彷彿とさせるメランコリックなサウンドと、透明感あるボーカルが特徴的なソッブス。今回紹介するのは、代表曲『Astronomy(アストロノミー)』。
タイトル「astronomy(天文学)」が暗示するとおり、宇宙的世界観を背景として。
「I can’t understand. What’s going on in your head.(あなたがなに考えているのかわからない)」「But I want you back.(でもあなたに戻ってきてほしい)」など、恋に悩む複雑な心情が歌われている。
「I think astronomy. Clouds in the galaxy. Closing in on me, and it’s spiraling.(宇宙について考えてるんだ。銀河系の雲。こっちに近づいて、ぐるぐる渦巻いている)」
答えが見つからないくらい果てしない宇宙。答えが見つからない恋心。ちなみに、同曲のMVは、V6からアジアのインディーバンドのMVまで、幅広く手がける映像作家のPennacky(ペンナッキー▶︎取材記事はこちら)が、ディレクターを務めた(日本で撮影)。
2、トム・ヨークにビョークが出てくる、ひねくれエモポップバンドの『Kawaii Hawaii(かわいいハワイ)』
「米国のエモミュージック(2000年代に流行した、感情の起伏を激しく吐露する音楽ジャンル)と、アジアのフィーリングを融合させた」ような音楽だと自ら表現するサウンドは、キテレツなダンサブルポップスのようにも聞こえる。ちなみに彼ら、「ソッブス」のファンでもあるらしい。
現代アジアン・エモバンドの不思議な一曲が『Kawaii Hawaii(カワイイハワイ)』。英語というより、半分は日本語(Kawaii)だが。
出だしは、「I remember you once said that./ That Thom Yorke is the saddest man alive.(君があのとき言ったことを覚えているんだ。「トム・ヨークは、地球上で一番悲しい人間だね」って)」。
トム・ヨークとは「but I’m a Creep(でも、俺はウジ虫だ)」と歌った英バンド・レディオヘッドのボーカル。陰鬱なエモさを醸し出すトム・ヨークから曲がスタートするとは、さすがエモポップバンド。そのあとも「you’re the best I ever had in my stupid life.(君は、僕のバカな人生のなかで得た一番のもの」「excuse me, are you Björk. Cause you’re out of this world.(ごめん、君はビョークなのかな。この世のものとは思えないくらいすごいから)」などなど、褒めるにしてもひねくれ根性が。
結局、曲のなかには「Kawaii Hawaii(かわいいハワイ)」は出現せず。なにがハワイなのか、なにがカワイイのかわからなかったが、それも彼らのひねくれか?
3、“ライオンシティ”のラッパー王者がシングリッシュでラップ「Wah Lau!(オーマイガー!)」
最後に紹介するのは、ポップではなく、ヒップホップ。シンガポールのヒップホップ/ラップアーティスト、Shigga Shay(シガ・シェイ)の一曲だ。
10代のころからシーンで活動を開始したシガ・シェイは、地元の仲間たちと結成したヒップホップグループ、グリズル・グラインド・クルーとしても活動。『Lim Peh(お前の父さん)』という曲では、英語と中国語、福建語を織り交ぜたラップを披露。シンガポール国内のチャートで上位を占め、実力派ラッパーとしての地位を築いた。自身のプロダクション会社グリズル・フィルムスも立ち上げ、自分のMVも監督する。
そんなマルチラッパー、シガ・シェイのラップチューンは『Lion City Kia(ライオン・シティ・キア)』。同胞のラッパー、LINEATH(リニース)とAkeem Jahat(アキーム・ジャハト)とのフィーチャリングだ。ライオン・シティとは、シンガポールのニックネーム。キア(Kia)とは、福建語で「キッズ」。つまり、シンガポール・キッズという意味だ。出だしは「Welcome to Lion City, where we grew up HDB(ライオン・シティへようこそ。俺たちは、ここの団地で育ったんだ)」。HDBとは、シンガポールの公営住宅のこと。
自分の地元シンガポールをレペゼンするシガ・シェイ。「Born& Raised, Lion City Kia(生まれも育ちも、ここライオン・シティ)」。「Though everybody here, only listen to Jay Chou(みんなここではジェイ・チョウ〔中華圏で人気のメインストリーム歌手〕を聴いているけど」。
「Wah Lau!(ワーラオ!)」。「Homie gotta pronounce my name right.(地元のやつらは、俺の名前をちゃんと発音しろよな)」。
んん、いま聞き慣れない言葉が…。「Wah Lau!(ワーラオ!)」ってなんだ? 「Wah Lau!」とは、シングリッシュで「Oh my god!(オーマイガー、まじかよ!)」の意味。地元を愛するライオン・シティ・ラッパーは、メインストリームポップスター、ジェイ・チョウのことを軽くシングリッシュでディスっている。
世界共通、みんなの舌をたのしませる
〈安くて旨くて庶民の味〉な英語を試食してみよう。
▶︎これまでのA-Zボキャブ
▽煌めいて★アジアのポップス
・「Lover Girl」「yesteryear」エンタメ大国インド、恋愛ソングとラップに溶けたスパイス。
・「COME BACK HOME」「I’m Your Girl」元祖K-POP、感情℃×若気のむき出しに熱(ほて)る。
・プラスティック・ラブ、スパークル。世界で大旋風〈シティポップ〉から漏れる、ろまんちっくな“エー単語”。
▽アイコンたちのパンチライン
・「ぼくは、ただの“音楽を演る娼婦”」フレディ・マーキュリー、愛と孤独とスター性が導く3つの言葉。
▽懐かしの映画・ドラマ英語
・俺の仲間たちよ—『時計仕掛けのオレンジ』『タクシードライバー』主人公らの名台詞(英語)を解剖。
Eye Catch Illustration by Kana Motojima
Text by Risa Akita, Editorial Assistant: Kana Motojima
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine