性のあれこれ。宗教と、信頼できる教育「私はムスリムで、そしてプロで」

「五人の子どもがいるのに、子宮がどこにあるのかわからない。十人の子どもを産んだことがあるのに、オーガズムを体験したことがない。そんな女性たちに出会いました」
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「婚前交渉は重大な罪」として、性に関してオープンとはいえないイスラム教。キリスト教やユダヤ教と同じく「性行為は生殖行為」という意識が強く、性行為を禁じないものの、それについて話す機会のないムスリム、特に女性たちは、性行為に関する情報や体験が非常に限られている。そんな性に悩めるムスリム女性たちから絶大な信頼を置くのが、あるイスラム法公認の性教育者。「私はイスラムの教えを信仰していますし、ムスリムのすべきおこないを全うしています。でも、実用的なやり方で、セックスについてもお話したいです」

(取材は2020年。当時コロナ禍、いっときぐっとやることが減った編集部は、社会の根本的な価値観が変わりゆく予感のなかで宗教の現在地についての探究を進めていました。寝かせすぎていたまぼろしの宗教特集…を公開中)

預言者ムハンマドは前戯推し?ムスリム女性を正しく導く性教育者

「陰部は大切に守ること」。イスラム教の聖典コーランに記される一文だ。宗教上、ムスリムは結婚するまで性交渉なぞ言語道断とされる。禁欲的だなぁと思いきや、実はそうでもないらしい。サヒーフ・ムスリム*をめくると「夫が妻をベッドに誘い妻が断った場合、天使たちは夜明けまで妻を呪い続ける」とも。つまりイスラム教では“婚前の性行為”に厳格なのであって“夫婦の交わり”は善行とし、なんなら大いに奨励する。

*イスラム教開祖で預言者であるムハンマドの、言行録ハディースの集成書の一つ。

 これまで既婚ムスリムは性について学ぶ際、聖典コーランや言行録ハディース、学者の意見などを参考にしてきた。そこには「性行為の前は口づけし、体に触れ、会話することが重要」と前戯の重要性や、「妻は夫の耕地である。夫は望むままに耕地に赴け」と男性側主導とも読み取れる性行為について示すものなんかが事細かに記される。しかしながら性行為のすべてがここから学べるわけでは、もちろんない。ゆえにムスリム女性は自分の身体や性に関する正しい知識を知らぬまま結婚し、いざ性行為をするも、疑問を抱くケースが多いのだという。

 ムスリム女性に正しい性の知識をあたえるため、2011年から「Village Auntie(ヴィレッジ・アンティー、村のおばちゃんの意)」の名で活動を開始したのが、アンジェリカ・レンジー=アリ(44)。自身もムスリムの米国人女性だ。ヴィレッジ・アンティーとは、アフリカの村にかつていた女性の性の指導者のこと。初潮を迎えた少女に月経の仕組みを、結婚初夜を控えた若い女性にセックスの仕方を、赤子を授かった母親に育て方を教える役目を背負っていた。アンジェリカ先生は、主催するワークショップではディルドの使い方を丁寧に教えて、1対1のコーチングセッションでモデルを用いて体位の種類を指導。性教育を卑猥と見なす保守的なムスリムを横目に9年間、悩める女性たちを導き続けている。ネットやソーシャルメディアから性の情報が拾えるなか、それでも彼女たちはアンジェリカのもとにわざわざ集うのだ。

 一般的に晩婚化が進む昨今だが、多くのイスラム教国で定められているムスリムの結婚最低年齢は15歳から18歳。結婚年齢が早い。これからの若いムスリム女性に伝えるべき性教育の重要性も高まる。ムスリムがムスリム女性にあたえる“信頼できる性教育”とはなんでしょう、アンジェリカ先生?

HEAPS(以下、H):「ヴィレッジ・アンティー(村のおばちゃん)」とはまた親近感の湧く名前です。村のおばちゃんになら、恥ずかしい性の悩みも気兼ねなく相談できそう。アンジェリカ先生は、なぜ性の教育者になろうと?

Angelica Lindsey-Ali(以下、A):2003年からずっと、公衆衛生の分野で働いていました。性教育についての訓練を受け、疫学を学び、HIV感染や性感染症を予防する衛生活動に尽力していた。あと、私自身、生理痛がひどかったりと、性や生殖に関する健康に不安があって。自分の体を癒したい、もっと自分の体を知りたいという好奇心があったんだと思います。

H:幼少期に、性教育はありましたか。

A:いえ、あまり。中学や高校では「セックスをしたら妊娠する」「ここの部分とここの部分が合わさって子どもが生まれます」といったとても基本的な話しか教わりませんでした。母が臨床心理士だったので、ムスリムコミュニティでは珍しいセックスポジティブな家庭だったのですが、それでもあまり多くを教えてもらわなかった。だから性教育については独学でしたね。アフリカンダンサーもしているんですが、当時の振付の先生から性について教わったこともあった。17歳で初めて彼氏ができると、姉たちにセックスについて教えてもらいました。

H:ムスリム女性にもっときちんと性教育を、という考えは、いつ持つようになったのでしょうか。

A:1998年にムスリムになったとき、初めてムスリム女性と関わることになり、ショックを受けました。五人の子どもがいるのに、子宮がどこにあるのかわからない女性、十人の子どもを産んだことがあるのに、オーガズムを体験したことのない女性たちがいたんです。一番の大きな懸念は、オーガズムを得ていないことでした。彼女たちは自分の体がおかしいんじゃないか、と考えていたんです。他の懸念は、セックスによる快感が足りないことを夫にどう言ったらいいのかわからないということでした。

H:それがヴィレッジ・アンティーの原点ですね。ムスリム女性たちの反応はどうでしたか?

A:多くの女性たちがサポートしてくれました。当時、ムスリムコミュニティーにおいて性教育者はいましたが、男性だったので。女性のロールモデルはいませんでしたね。

H:イスラム教では結婚するまで性行為は言語道断ですが、このルール、結婚前の若いムスリムも厳格に守っているんでしょうか?

A:信仰度によると思います。私、実は元々キリスト教徒で、キリスト教では結婚まで純潔を守るべきとされていますが、同じ教会に通っていた友人たちは普通にセックスしていましたし(笑)。ムスリムも、そう違わないと思います。でも、結婚していないのにセックスをしているムスリムたちは、その行為を恥ずべきことと考えている。

H:そう考えているムスリム女性たちに向けて、これまで数々のワークショップやセミナー、1対1のコーチングセッションなどを開催してきた先生。昨年初頭におこなったイベントには、100人以上のムスリム女性たちが参加したそうですね。この9年間で指導してきた女性の数はどれくらいなんでしょう。

A:自分でも把握しきれていません(笑)。コロナ以前は、国内外問わず2ヶ月に1回は出張していましたね。現在、インスタグラムのフォロワーは83ヵ国から約2万7,000人。都市閉鎖中に行った4週間のオンラインクラスでは、14ヶ国から200人以上の女性が参加してくれました。

H:どの世代が多いんですか?

A:最近ではソーシャルメディアの普及もあり、海外からの若い世代が増えています。そして彼女たちの性に対する考え方は、昔に比べ積極的になってきたなという印象です。たとえば「オーガズムに達したことがない」とすると「じゃあ新しい体位やセックストイを試してみよう」となる。好奇心がうかがえます。

H:ムスリム女性に共通する、あるあるな悩みってあるんでしょうか。

A:10代に多いのは「自分の性器の仕組みがわからない」「セックスが気持ちいいと感じない」。20〜30代に多いのは「パートナーへ性の悩みを切り出せない」「オーガズムに達したことがない、達し方がわからない」。50、60代に多いのは「濡れにくくなった」など。こうした悩みには、私自身が学んだ知識と実体験からアドバイスしています。

H:これらは、多くの女性が一度はもったことがある悩みですね。ムスリム女性と、そうでない女性の性の悩みになにか違いはありますか。

A:いえ、違いはないですね。

H:レッスンの内容を「ムスリム女性向けの性教育」にするというよりかは、「同じムスリム女性が性教育について話してくれる、だから性について考えて学んでもいいんだ」という安心感が、そもそもムスリム女性たちにとってプラスなのですね。

A:みんな満足している様子です。ある女性からは「Gスポットや男性の射精の仕組みなど、普段では絶対に他人に聞けないことを他のムスリム女性と話すことができて、感謝しています」と言われたことがありました。性を学ぶだけでなく、同じ疑問を持つムスリム女性たちの繋がりもできていますし。

H:あの、気になったんですけど、みんなどんな服装で参加を…??

A:ふふふ、みんな服着てます。

H:(ホッ)こうしたかなり大胆な指導も含まれるわけですが、年齢や信仰度の違いによって教え方を変えたりするんでしょうか。たとえば信仰度の高い女性には刺激的な言葉は使わないとか、逆に若い子にはガッツリ教え込むとか。

A:変えません。過激と思われる内容を含むクラスの開始前には「いまからこのディルドを使ってレッスンします。不快に思う方は帰ってもらって大丈夫ですよ」と忠告するんです、念のため。でもいままで誰一人として帰ったことはない。参加女性の年齢層は13歳から60歳までと幅広いので、レッスンではティーンエイジャー向けのものから既婚者限定のものまで、年齢や悩みに合った内容を用意しています。

H:イベントは男子禁制なんですよね。性に疑問を持つムスリム男性も多いと思うんですが…。

A:男性から連絡をもらうことはよくありますが、いっさい受けつけていない。ヴィレッジ・アンティーは女性による女性のための性教育の場。あ、でもカップルでの参加ならOKですよ。

H:性教育を良く思わない保守派や、卑猥だという批判的なムスリムもいると聞きました。

A:以前、インスタグラムにハチミツに手を浸す写真や野菜を男性器に見立てた写真を投稿した際、「卑猥だ、削除しろ!」と過剰に批判する人がいました。でもこれ、ただハチミツと野菜が写っている写真。卑猥に見てしまうその人の脳みその方が、よっぽど卑猥だなと(笑)

H:ごもっとも(笑)。

A:私はムスリムコミュニティを尊重したうえで、ムスリム性教育者として活動しています。なのでムスリムが嫌悪感を抱くような写真は投稿しません。

H:いま、アンジェリカの他にもムスリム性教育者はいます。しかしながら、アンジェリカがここまでムスリム女性から絶大な信頼を寄せる理由とは?

A:ここまで来るのに時間はかかりました。「あなたの活動は尊敬します。でも自分が性に関心を持っていると思われたくないので、フォローはしません」という女性もいたんです。でも、私が本当の“おばちゃん”のように話すので、フォローしてくれる人が増えたのかなと思います。私は性の情報の他にも、自分の好きな食べ物や手料理について投稿するし、ときに冗談だって飛ばします。性教育者としてだけでなく、妻であり母でありダンサーである一人の人間としてのパーソナルな部分も発信することで、それが信頼に繋がり、耳を傾けてくれる人が増えたのかな。若いムスリムたちは、私自身がムスリムであって、(性の)プロフェッショナルであるから、安心した気持ちで聞けるんでしょうね。

H:現代のムスリム女性なら、ネットやSNSから性に関する情報を得ることだって可能なのに、それでもなお彼女らはアンジェリカの元に集まる。ネットやSNSからは拾えない、アンジェリカだからこそ伝えられる性教育とは何でしょう。

A:ある夫婦から「小学生の娘から性の質問を受けました。しかし私たちには恥ずかしくて答えられず、代わりにあなたのホームページを教えました」との連絡がありました。それは“子どもにも教えられるプロフェッショナルな教育”として、両親も認めてくれているから。実際、「ヴィレッジ・アンティー」の活動には、私の娘(12)も手伝ってくれています。将来は彼女に継いでもらう予定なので(笑)。

H:親が信頼を置くソースになっているんですね。

A:あ、それにルワンダやウガンダなどの東アフリカでのみでおこなわれる、高確率で相手をオーガズムに導けるテクニック「クニャザ」も伝授していますよ。これ、一番人気のクラスです。米国の性教育者がクニャザを伝授しているのは聞いたことないですね。

H:それはぜひ知りたい…。多くのイスラム教国では結婚最低年齢を15~18歳程度に定めています。これからの若いムスリム女性に伝えるべき性教育とは?

A:セックスは決して恥ずかしいものではなく、イスラム教では神聖な行為とされています。これからの若いムスリム女性には、セックスは「夫を喜ばせるもの」でなく「お互いが気持ち良くなるもの」という意識でいてほしい。セックスはセルフケアの一部ですから、知識を学び、より性を愉しみ、満ち足りることを知ってもらいたい。

H:ムスリム女性にとって、性について何歳くらいから学ぶのが理想的なんでしょう。

A:個人的に性教育は、身体や心が成長し、異性を意識し始める10歳から始めるべきだと考えています。ムスリムが通う学校で、性教育が科目として学べる日が来ることを願います。

Interview with Angelica Lindsey-Ali

Images via Angelica Lindsey-Ali
Text by HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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