新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。
「幼いころからコーディングを習った女子たちは、未来のパイオニアたちになります」。テクノロジーの教育やリテラシーが高まるいま、女性エンジニアを率先して育てようとする動きは世界的に活発だ。しかし、まだまだその教育において「性別による固定観念」が雪だるま式に膨らんでしまうこともあるというのが現状。
いま女子にも人気を誇るプログラミングゲーム「ネコを救う」は、その固定観念による障壁をたのしく突破する。
ストーリー重視のコーディング学習ゲーム
デジタル化がますます進む社会においてITエンジニアは重宝されているが、人材はその需要に追いついていない。日本ではITエンジニアは22万人不足している(みずほ情報総研株式会社、2018年)。追いうちをかけるのが、その状況下でも「コンピューター分野で活躍する女性は少なく、むしろ減っている」現状だ。米国においては、1990年代にはコンピューターサイエンティストの37パーセントは女性だったのに対し、2022年には22パーセントにまで落ち込むと予想されている(Girls Who Code)。
その背景として、ある調査では「学校教育」に原因があるとしている。実際に、初めてコーディングに挑戦した後90パーセントの女子生徒が挫折し、11歳までにSTEM(科学・技術・工学・数学)科目に興味がなくなるという調査(Childwise)や、コンピューターサイエンス分野にもっとも興味をなくすことが多いのは13歳から17歳の間だという話もある。
学校教育のどこに課題があるのか。そこには内容よりもまず、「性別による固定観念」があり、それが最大の障害の一つになるという。学習機会がひらかれていたとしても、この固定観念によって継続的な学びを続けていくことが難しくなるのだ。
「学校に通うようになると、固定観念が雪だるま式に膨らみます。STEMスキルに対する自信のなさ、教師からの期待の低さにつながり、結果的に成績の低下を招きその差は年齢を重ねるごとに広がっていきます」と話すのは、その現状の改善を目指す「イレイス・オール・キトンズ(Erase All Kittens、以下EAK)」。コンピュータサイエンス分野の男女格差解消を目指す女性3人による、女児向けのプログラミング学習を提供する。
クリエイティブ・ディレクターのディー・サイガル氏、エンジニアのアレックス・ディトリフ氏、イラストレーターのレオニー・ヴァン・デル・リンデ氏が、2015年にロンドンで始動した。
米国の理系の名門・MITと提携し、女子生徒に向けたコーディングゲームを開発している。今年4月には100万ドル(約1億円)の資金を獲得し、投資家らの期待とともに順調に成長中だ。
これまでの教材に対しての“女子向け”だが、それはつまり、これまでのテック教材には興味を持てなかった多くの学習児童が含まれるだろう。「テックに苦手意識がある子にも興味を持ってもらえるよう、風変わりなキャラ、変てこなストーリー、魔法のような世界、かわいいネコを用意し、仮想世界を作りました」
対象は8歳から13歳で、世界観はスーパーマリオ風。だが、キャラクターのレベルを上げたり、必要なアイテムをゲットするという王道の攻略ではない。ネコを救うために「ゲームを支配しているコードを編集する」ことで、ストーリーを進めていくという内容だ。
コーディングを反復的に教えるわけではないのだ。
これまでもコーディング学習ゲームはあった。が、それらゲームはおもに男性によって制作されていたため、“マインクラフト風”ゲーム「コード・キングダムズ」や”ドラゴンクエスト風”ゲーム「コードコンバット」など、“男の子向け”とされた世界観に仕上がっていた。
EAKの巧妙さは、そのゲームの世界観、そしてデザイン、見せ方、文脈の作り方にある。まず、その世界観は「創造性を重視したゲームをデザインしています」とのこと。登場するキャラクターはどこかバトル!な感じでなく、キュートで全体的な世界観もやわらかい印象を受ける。
また、プレイヤーがストーリー展開を選択できることもポイントだ。「ゲームを進めるにはさまざまなストーリー展開があり、コーディング学習が、ストーリーテリングとシームレスに融合しています」。現在、EAKは100ヶ国以上で16万人のプレイヤーを獲得しているが、そのうち55パーセントが女児であるのは偶然ではないだろう(他のプログラミング学習ゲームでは、18パーセントに留まる)。
負を“正”の連鎖反応へ
「私自身は若い頃、ゲームデザイナーになりたいと思っていました。ゲームのアイデアを考えるのは好きでしたが、学校ではコーディングを教えてもらえなかったし、自分と同じような人がゲームを作っているのを見たことがなかったので、自分には無理だと思っていました」とサイガル氏は話す。
学習ツールがある一つの世界観に終始していると、そこに興味を持てない児童の学びの継続が難しくなることは当たり前だ。女性の視点を持つEAKが設計したプログラミンゲームに、新たな子どもたちが興味をもって参加していることの意義は大きい。現状の負の連鎖は、この世代から将来の作り手が多彩に増えていくことではじめて変わることができる。
凝り固まっていた “学ぶべき子どもたち” のコードを組み直すことは、将来のエンジニアリング業界にとってだけでなく、彼らが生みだしつくるものがあらゆる部分に組み込まれたデジタル社会に生きる私たち誰しもにとっての正の連鎖だ。
【訂正(2021年7月27日)】タイトル、記事中にあった字句の誤り(「固定概念」を「固定観念」へ)を、ここに訂正する。
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All Image via Erase All Kittens
Text by Shunya Kanda
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine