移動と意思の自由を。アフガニスタンで市民が築く“安全情報網”、モビリティとコミュニティを導くために

「私たちは、不安定な政権下で、“光”となるものが欲しい。情報は、私たちに移動の自由をあたえてくれます」
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身を守りながら移動すること、安全を守りながら人と会うこと、そしてコミュニティを築き、維持すること。その難しさは、2020年以降、世界中で多くの人が痛感したと思う。

一方、テロや銃撃戦がおこるなかでも毎日の暮らしを送らなければならない生活者にとって、街の一つひとつのストリートの安全を確認し、移動すること、人に会うことは、ながらく改善を試みていることだ。タリバン政権が復権したことが記憶に新しいアフガニスタンで、いま、移動の自由や安全を自分たちで確保する動きがはじまっている。

「情報は、私たちに自由をあたえてくれます。街を自由に動くことができる。市民のモビリティ、そしてメンタルヘルスを支えます」。この基盤をつくることは、不安定な都市でもコミュニティを築き維持し、強固にしていくために必要なのだとサラ・ワへディ(27)は言う。

アプリを通して「安全に関する正しい情報」を市民のスマホに届ける10人以下の小さなチームを率いるリーダー。現在は米国に移動し、大学で学びながらアプリのアップデートと運営を続けている彼女に、話を聞く。

「その道は安全か?」。安全に関する情報が伝わりにくい街

 昨年8月、アフガニスタンで、イスラム主義組織タリバンが実権を掌握し、復権した。その時に比べると、いまでは現地の状況を伝える日々の報道の数も減り、現地の状況を毎日は耳にしない。が、タリバン復権後は、タリバンと敵対するISK(アフガニスタンとパキスタンで活動する過激派勢力イスラム国〔IS〕系の組織)も頭角を現し、8月以降もカブールにある同国最大の軍病院を襲撃するなど、爆弾攻撃を続けている。

 タリバンとISKの板挟みとなり、街の安全が不確かなまま毎日を過ごしているのが市民だ。首都カブールでは、タリバン復権前から、過激派組織や武装集団による自爆テロや銃撃戦がおこる日常。

 そのなかでも生活を送り、日々暮らしていかねばならない市民が求めているのは、「正しい、安全な場所についての情報(以下、本記事内では安全情報とする)」。しかし「数年前から、それらを得ることはとても困難なことでした。いまは、不可能です」。

 昨年、混沌のアフガニスタンから米国へと移住し、大学で人権とデータサイエンスを学ぶサラ・ワヘディ(27)は、取材の通話口でそう話す。取材したのは、昨年12月。タリバンやISKの攻撃にくわえ、食料不足やインフレーションもおこっていた。「正直いって、いまのアフガニスタンの状況は完全なカオスです。毎日、爆発や銃声が聞こえてきます」。
 サラは、2020年時点にカブール市民が自分たちの手で安全を守るため、リアルタイムで市内で起こっている事件や事故の状況をアップデート、正確なアラートを受けとることができるスマホアプリ「Ehtesab(エテサブ)」をスタートさせた。


Ehtesab(エテサブ)の創立者、サラ・ワヘディ。

「安全状況がわからない」。街のセキュリティシステムや設備、情報伝達システムが整っている先進国からしたら考えられないことかもしれないが、カブールでは、安全情報を集めるような中央システムが欠如しているという。サラ自身、2018年にカブールにて、近所で自爆テロが起き、電気や道路など公共のサービスがストップした際に、なにが起こっているのか、事実がわからなかった経験があった。
「私たちのアプリは、911(米国の緊急電話番号)にはなれませんが、街でいまなにが起こっているのかを知ることのできるプラットフォームにはなることはできる。人々には、情報を知らされる権利があります」

「1日に3つアップデートがあったら、とても危険な日」

 安全情報システムが整っていないなかで、これまでにも市民たちは情報を得るために動いてはいた。18年あたりは「市民はフェイスブックグループを使っていました。20万人くらいのフォロワーがいた安全情報を提供するグループがあったのですが、これが“危険”で。フェイクニュースの投稿や、『北の方で爆発があった』という書き込みがあったにも関わらず、実際は南の方であったり、『爆発音が聞こえた』が、実際は工事の音であった、などの誤情報もあったのです」。

 なにが本当かどうかがわからない情報源に頼るしかない。そんな脆弱な安全情報共有の形を改善するのがアプリの目的だ。アプリに寄せられた事件や事故の報告を「私たちのチームが、しっかりと証拠を集めます」。毎日1件から3件ほどの市民からの報告を受けとったら、「チーム内で共有し、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのソーシャルメディアでも同じ報告についての投稿があるか、キーワード検索をします。カブールはとても小さな街なので、もし特定のエリアで爆発があれば、ほかのエリアからもその音は聞こえているはずです」。

 ソーシャルメディア上での検証だけではなく、ニュースメディアや繋がりのあるジャーナリスト、政府機関、米国領事館などに実際にそれらの出来事が起こったのか確認が取れてから、英語やダリー語、パシュトー語(どちらもアフガニスタンの公用語)に翻訳し、市民のスマホへと流す。このプロセスを、10人以下で構成される小さいチームで毎日おこなっている。

目立つ宣伝はせず、口コミの広がりで

 アプリでは、爆発や銃火、殺人などに関する安全情報、時にタリバンによる検問による交通封鎖などの交通情報、電気の供給情報や火事などの情報などが閲覧できる。見方はシンプルで、アイコン別に、その日、その週、その月におこったことが位置情報とともに閲覧できる。

「1日に3つアップデートがあったら、それはとても危険な日。毎日なにかしらあります」。執筆日(2022年3月9日)は、アップデートは0。過去にさかのぼると、1週間前に「Kārte Parwān地区(北西部)で交通封鎖。別のルートを使用ください」、2週間前には「8:30PMごろ、Qala-e-Najara地区で爆発が発生。状況は不明。ここの地区は避けてください」、3週間前には「Macroyan Women’s Association Parkで、火災が発生。ここの地区は避けてください」というアラートがあった。
 
 現在では、月1,000ほどダウンロードされ、カブール市民のなかで急速に広まっている。タリバン政権下における安全性のリスクから、マーケティングや広告による宣伝を大々的にできないため、アプリの存在についてはおもに口コミで拡散されているという。

「多くの人たちがアプリのスクショを取って、フェイスブックやインスタグラムのメッセを通して教えあっています」。ユーザーの9割は、40歳以下。「アフガニスタンでは大家族で暮らす文化があり、実家暮らしの若者が多い」ため、親や祖父母世代にも若い家族メンバーを通して広まっている。


これは、別の日の安全情報。

市民のモビリティ、心の自由を広げる

「このアプリは、市民が必要としているものそのもの。正しい情報を提供してくれるプラットフォームがあるおかげで、私たち市民が安全に街を行動することができ、周りで起きていることを知ることができる。アフガニスタンのコミュニティにポジティブな影響をあたえていると思います」。

 これは、2020年からアプリを使用している、あるカブール市民のコメントだ。アプリを通して個々のユーザーは、現在地の近隣での安全情報だけではなく、家や職場、学校など、自分の日々の生活にある行動範囲にそって自分仕様にし、友だちや家族がいる位置のアップデートも受けとることができる。

「なにか襲撃があると、そのエリアで後発の事件がしばしばあります」とサラ。なにがまた起こるかわからない。正確な安全情報を配信してくれるアプリは「そのエリアには行かない方がよい」「そっちの道ではなく、こっちの道の方が安全」だと、市民一人ひとりに、街を安全に動く道標をあたえている。「情報は、私たちに自由をあたえてくれます」とサラ。
 実際、アプリのユーザーのなかには、アプリの通知のおかげで、自宅近くで起こった爆発について家族にリアルタイムで伝えたことで、家族の安全を確保することができた市民もいる。一人の安全が家族に、家族の安全が周りの人に。地域コミュニティ全体の安全に繋がっていく。

「コミュニティによって築かれた安全は、アカウンタビリティ(起こったことに対する責任)をもたらします。市や政府機関のそれに頼るのではなく、市民たち自身の責任として、認識するようになる。つまり、自分たちが住んでいる地域に対して責任感をもとうという意識が育まれます」。市民の一人ひとりが住んでいる街に対する責任意識をもつことが、強固なコミュニティの形成に繋がる。


市民のメンタルヘルスを気にかける心遣いは、淡いカラーを基調としたアプリのUIにも現れている。
「ユーザーにストレスをあたえないようなデザインを心がけました」。


今後は、アプリにユーザー同士が情報を交換し会話ができる「チャット機能」も搭載していきたいという。

「カブールのような不安定な都市では、市民が自分たち自身が都市づくりに参加しているという意識をもつことはほとんどありません。そのため、自分たちの街に対する興味関心や責任感から気持ちが離れてしまう。コミュニティ全体が自分たちの安全についてつねに最新状態を把握している状態であると、自分たちのコミュニティについてさまざまな情報を吸収することが、日常の一部になります」。
 アプリがもたらす安全は、未然に危険や二次災害を防ぐという、物理的なものだけではない。「市民のモビリティにくわえ、市民のメンタルヘルスを支えてくれます。大切な情報を教えてくれる“agency(だれか・なにか)”が隣にいるような気持ちになり、街を自由に動くことができる。市民は、不安定なタリバン政権下で、“光”となるもの、そして情報がほしいのです」。

 これをアプリで取り組んでいるというプロセスにも、ポジティブな面がある。「時代と逆流する考え方や時代遅れの風潮をもつタリバンが復権したことで、国全体が後退しているような感じがあります。アプリがあることにより、未来的なテクノロジーツールを信頼できる基盤ができたらと思います」

アフガン若者の未来への“移動”を作る

 アフガニスタンの若者世代は戦争を経験してきた世代だ。1990年代にタリバンが登場し、2001年に勢力はおさまるも、20年後の現在、復活した。「アフガニスタンを離れたことのない私のいとこや友だちは、みんな戦争のなかで育ってきました。地球上のどんな人間であっても、暴力が飛びかうなかで育つべきではありません」。医師として働いているサラの友だちは、勤務先の病院で爆発事故を経験した。運びこまれてくる患者、そのなかで「5分しか休憩時間がなかったと言っていました。とにかく体を動かし、前に進まなければならない。アフガニスタンの若者たちには、立ちどまっている時間はない。なにかを考えている時間も、状況を十分に理解する時間もない。泣いている時間もありません」。

 戦争と隣りあわせで生きてきたアフガニスタンの若者世代にとって、このアプリはどのような存在になるのだろうか。

「自分たちの手でなにかを変えることができる、解決策を見つけ、新しいものを作ることができるんだ、というインスピレーションになってくれたらうれしいです。このアプリは、はじまりに過ぎません」。今後は、政治家や政府の取り組みを評価できるようなアプリなども出てくるだろうと予測する。

「ソフトエンジニア開発者の友だちやUI/UXデザインができる友だちを集めて、なにかを一緒に作ろう、解決策を生みだそうとして、資金もなにもないところからはじめて、ここまできた。アフガニスタンの若者は、なにかをつねに生みだしていくと思います」

Interview with Sara Wahedi

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Eyecatch Illustration: Kana Motojima
All Images via Ehtesab
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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