新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。
勝負、試合、練習、献身、ストイック、タフネス。そういったもの以外には、どんなものが見えてくるだろう。写真家やフィルムメーカー、イラストレーター、そしてミュージシャンが観察し、表現し、伝えるスポーツの世界。
アートとカルチャーのレンズを通してみるスポーツの世界。スポーツの“クリエイティブ・ストーリーテリング”
「スポーツは勝負の世界」とよく言われる。アスリートのストイックなライフスタイルや、負けたら終わりの試合の様子がメディアを通してスポーツ解説者やスポーツカメラマンによって伝えられる。
今夏、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催された。コロナ禍での開催に賛否はわかれたが、多くの人々が競技やアスリートの姿に夢中になったと思う。こういった時、メディアで映しだされるアスリートの姿には「タフ」「ストイック」といった形容詞がよくセットになる。テレビを代表とする映像メディアは、試合のライブ配信や試合結果が短くまとめられたハイライト映像を放送する。新聞や雑誌でよく目にするスポーツ報道では厳しい練習や食生活に関する話やストイックな精神論など、強さにフォーカスをおくことが多い。どの選手、どのチームが試合に勝ったのか。どれだけ苦しく大変な練習をしてきたのか。肉体的・精神的な鍛錬を前面に出すスポーツの話が報道されやすい。練習の日々を追い、それを支えるチームメイトや家族のストーリーも特別番組として見ることはできるが、勝負の世界のアナザー、サイドストーリーとしてだろう。
まったく異なるレンズを向けたら、スポーツの世界にはどんなものが見えるだろうか。「アートとカルチャーのレンズを通して、女性スポーツを高めたい」と今年2月に英国で誕生したのが、女性スポーツメディア『Glorious(グロリアス)』だ。意図的にスポーツニュースメディアや統計サイトの素材やロゴとは異なるビジュアルに仕立てあげたそうで、コンテンツ制作に携わっているのは写真家やフィルムメーカー、イラストレーター、ミュージシャンなどのクリエイターたち。本来であれば誌面の一面に大々的に載ることのないさまざまに焦点をあてていく。
女性のスポーツにフォーカスをあてる理由には、現状の女性スポーツの報道における課題がある。女性スポーツは、030年までに年間10億ポンド(約1,500億円)を生みだすと推定*されるほどに盛りあがりをみせるが、報道される率は男性スポーツに比べて半数にとどまる。たまに女性スポーツが大々的に報道されることがあっても、それは選びぬかれた選手たちが競う国際的な大会の場合のみで、シーズンごとに恒常的にエネルギッシュに報道される男性スポーツの影に隠れてしまうとの見方も。
スポーツの“マンネリ化する伝え方”と女性スポーツの報道の少なさに対し、Gloriousは幅広いクリエイターと協力して制作する。たとえば、ベルリンのスケートボーダーによる踊るようなパフォーマンスとインタビュー映像があったり、歌手やクリケット選手に聞く「音楽と動作の関係性」の取材記事。
本業とスポーツを両立させている女性を取りあげるシリーズでは、モデルやライターとしても活動するボクシング選手や薬剤師として働きながらプレーするラクロス選手を取材している。ロンドンの短距離走クラブの特集は、勝ち負けとは別のところにスポーツの魅力を見出そうとする象徴的なインタビュー記事群に。
*インドのシンクタンクTwo Circlesと英国の女性スポーツ関連慈善団体The Women’s Sport Trustの共同調査。
短距離走は、5キロマラソンやウルトラマラソンなど多くの市民ランナーが参加する長距離走とは異なり、プレッシャーを感じずにたのしめる場所は少ない。もっと気軽に短距離走をたのしめる場所をつくるために設立されたクラブのストーリーを、短距離走選手たちが描かれたモダンなイラストレーションを眺めながら、知ることができる。
スポーツを題材にするノルウェーのアーティスト/写真家へのQ&A記事も興味深い。チェコの写真家によるフォトシリーズ『Moon for Sale』は、月を連想させる球体と新体操選手と思われる女性を被写体にした芸術性の高いシリーズとなっている。数々の賞を受賞している米国人アーティストによる、水面から見上げた視点で女性たちを描いた絵画シリーズ『Fractured Light』も、見ていてたのしい。Gloriousの公式インスタグラムをみるだけでも、そのスポーツを切り取るレンズのたのしみに満ちた豊かさが伝わってくる。
同シリーズは、写真分野でのアーティストにおくられるFine Art Photography Awards 2020-2021のプロフェッショナル部門の総合賞を受賞した。
グロリアスは会員制プラットフォームになっていて、月額4.99ポンド(約760円)または年額34.99ポンド(約5,300円)のプランがある。会員になることで、プラットフォーム上のコンテンツにアクセスし放題になる。また、各種イベントやスポーツブランドの限定割引キャンペーンに参加できるようになる。会員サービスによる収益の一部は、女性スポーツの認知度と影響力を高めるための活動を行うイギリスの慈善団体、The Women’s Sport Trustに寄付されている。
sportは、遊び・喜び・娯楽の感覚
「Gloriousは、年齢や運動能力を問わず、スポーツを取りまくカルチャーやライフスタイルを愛する、すべての女性のための場所です」。共同創業者でクリエイティブ・ディレクターのマーティン・ルート氏はそう表現する。Gloriousをはじめるにあたり、制作チームは「sport(スポーツ)」の定義を辞書で引くことからスタートしたそうで、そこには「sport=遊び、喜び、娯楽に関連する感覚」と書かれていた。
Gloriousは、クリエイティブなスポーツの観賞の仕方を教えてくれる。選手として参加しなくても、スポーツメディアの報道を追っていなくても、スポーツの裏にあるストーリーやビジュアル、アートの創造性に目や心がよろこびを感じるのであれば、それはすでにもう”スポーツをしている”証拠だ。
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All Images via Glorious
Text by Shunya Kanda
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine