スペインの首都、マドリード。今週のサンデー・アート・スクロールはMuseo Nacional Centro de Arte Reina Sofía(ソフィア王妃芸術センター)から。まさに日曜日の午後のお散歩にうってつけな、うつくしい彫像や湖を持つマドリード最大の公園、レティーロ公園からほど近い場所に位置する美術館だ。同館では現在、キューバの版画家であるBelkis Ayón(ベルキス・アヨン 1967-1999)のヨーロッパ初の回顧展『Belkis Ayón Collographs』が開催されている。
アヨンが生まれたのは1967年のキューバ・ハバナ。米国からの経済制裁を受けながら、1989年の鉄のカーテンの崩壊とヨーロッパの社会主義崩壊によってキューバが陥った深刻な経済的・イデオロギー的危機のまっただ中を生きたうちの一人だ。極めて不安定といえる時代にアーティストとして才能を実らせた彼女。混沌に満ち、先行きが見えない世の中を、その目はしっかりと捉えていた。そんな彼女は作品を通して、検閲・暴力・社会的排除・不平等・権力構造などの社会にはびこっていた問題を提示している。
アヨンは独自の技法を持っていた。コログラフィと呼ばれており、コラージュをベースに鋳型を用いる珍しい版画技法である。彼女自身が開発したこの技法は、他では得られないニュアンスや質感に富んだ独自の表現を生みだした。名画『最後の晩餐』にインスピレーションを受けた作品『La Cena』では、キューバのポピュラー音楽などにも大きな影響をあたえたとされるアフロ・キューバンの秘密結社「アバクア」に伝わる神話の要素を取り入れている。首に絡みつく蛇や食卓に並ぶ魚は、神話に登場するものたちだ。また、『¡Déjame salir!』に代表される1997年以降の作品は、閉じこめられた空間のような円形のデザインが特徴的であり、そこに描かれている顔には暗黒と苦悩がにじみでている。これらの作品が続いたのちの1999年、彼女は自殺するのだ。
快楽的なビートに身をまかせ、おしゃべりに興じる陽気な国民性が切りとられることの多いキューバ。その下敷きとしてあったのは、経済不安と支配構造にがんじがらめにされた、そう古くない歴史だった。迷いのない線で重苦しい時代の冷徹さをあぶりだすアヨンの社会の切り取り方は、間違いなく鋭い。会期は2022年4月18日まで。
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All Images via Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía
Text by Iori Inohara
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine