新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。
ソーシャルメディアによって、有名人と一般人の距離はどんどん縮まっている。フォローすることでなんとなく繋がっているような感覚、本人による生活感のある投稿、リアルタイムでのコミュニケーション、また投稿へのリアクションを介しての交流…。
いま、有名人から一般の個人に向けたファンサービスがすすむ。それは「新しい“直筆サイン”の形」だともたとえられており、本人からあなた一人に動画が送られてくる。ある有名人が「ファンに向けたメッセージ動画」ではなく、「あなた個人に向けたメッセージ動画」だ。
スヌープ・ドッグやボン・ジョヴィからメッセージが送られてくる時代
米国を中心に3万人もの有名人が登録しているファンサービスアプリが「Cameo(カメオ)」だ。指定の金額を支払い「希望する有名人から希望する内容のメッセージ動画を受け取る」ことができる。写真じゃなく、動画だ。有名人は動画の中で「ハーイ、〇〇」とあなたの名前をフレンドリーに呼ぶ。
2017年に“あまり有名でないアスリート”にフォーカスしたサービスとしてはじまり、いまやハリウッド俳優(一線で活躍する俳優からかつて人気だった俳優まで)や、アーティスト、モデル、スポーツ選手、政治家、政治家、ドラァグクイーン、ユーチューバー、有名な犬(!?)まで、さまざまな分野のタレントを擁するまでに成長。現在、平均して1日に2,000本ほどの動画リクエストがあるという。
1本の動画リクエストにかかる料金は、安いものでは500円、高いものでは30万円ほどとピンキリだ。タレント側が設定した料金を支払い「希望するメッセージ内容」を送ると、タレントがそのメッセージを込めて喋ったり踊ったりする自撮り動画を撮影。その動画が指定先の携帯メッセージやEメールに届くという仕組みだ。
指定先は自分自身でなくてもよいため、誕生日や記念日の贈りものとして友人や家族、恋人へのメッセージとして依頼するのが人気の使い方。なかには、破局や離婚を告げるメッセージなど辛辣な宣告をもタレントに託すユーザーもいるらしい。どんなタレントからどんなメッセージが届けられてきたのか、ちょっとのぞいてみよう。
「ヴィクトリア、ヘイ・ベイビー! ハッピーバースデーをスヌープ・ドッグから(すかさずウインクするスヌープ)。母ちゃんは君のことを愛してるって。いい子でいるんだぜ。うつくしいままでいてくれよな。おっと、それと、メリー・クリスマス&ハッピー・ニューイヤー」
・『トイ・ストーリー』のアンディの声優、ジョン・モリスから『トイ・ストーリー』ファンの女の子、アリアナに向けての応援メッセージ(依頼主はアリアナの父):
「君のお父さんから、君がトイ・ストーリーの大ファンだって聞いたよ。本当にありがとう。今日は君にアドバイスをあげたいんだ。いまは大変な時期だけれども、家族みんなで助け合うこと。おもちゃも大事にしてね」
・元NBAスター選手、デニス・ロッドマンからバスケファンの少年、ジャックへの卒業おめでとうメッセージ(依頼主はジャックの両親):
「ワッツアップ、ジャック! 誰だと思う。デニス・ロッドマンだ。君はバスケットボールの大ファンだと聞いたよ。それは本当かい? そうであること願うよ。高校卒業、おめでとう。両親も君のことを誇りに思っているよ」
・米ロックバンド「シュガー・レイ」のボーカル、マーク・マクグラスからとある男性、ブレイデンへのお別れメッセージ(依頼主は“元”恋人、シャイアン):
「シャイアンは君のことを本当に大切に思っているということはわかってほしい…。だけれど、彼女は遠距離恋愛に耐えられなくなっているんだ。辛いよね。僕は妻とは長い付き合いだけれど、僕らの一番の障害も“距離”だったよ」
ほかにも、米ロックバンドのフロントマンであるジョン・ボン・ジョヴィ(ちなみに彼のCameo上の収入はチャリティとして寄付される)、元世界5階級制覇王者のボクサー、フロイド・メイウェザー 、ティーンに絶大な人気を誇るシンガー、女優、そしてユーチューバーとして活動するジョジョ・シワ、リアリティ番組『リアルハウスワイフ』のワイフたち、チャンネル登録者数268万人を誇る米国で人気のユーチューバー、LA・ビースト、インスタグラムのフォロワー107万人を誇るコメディアン/インフルエンサー、アイム・タイロンなど、各分野の著名人から、巷では有名なインフルエンサーまでが名を連ねる。インスタグラム上で2万人以上のフォロワーを持っている人物であれば、Cameoにアカウントを登録することが可能だ。
「自撮りは新たな“直筆サイン”」これまでと違うファンダムカルチャー
ソーシャルメディアが普及する以前、有名人の私生活というのはベールに包まれていた(パパラッチが激写した写真をゴシップ誌で見る程度だったであろう)。昔は雲の上の存在だった彼らはいま、積極的にインスタグラムやツイッター上でプライベートでの自撮りや動画、仕事仲間とのセルフィーやロケの様子を発信するようになった。ファンが投稿にコメントを送れば、運が良ければ返事がもらえたりもする。「有名人と不特定多数のファン」の構図を「有名人と特定の一人」にまで縮めるサービスを提供するのがCameoのおもしろいところだろう。
Cameoの共同創立者は「自撮り(動画)は“直筆サイン”の新しい形だと思っています」と話す。ひと昔前までは、サインペンと色紙を握りしめ、ドキドキしながら出待ちをしたり、サイン会やファン交流会に通っていたりしたファンダムの習わしが、いまやオンライン上でリクエスト、撮影された動画が送られてくるという完全遠隔構造に。う〜ん、ちょっとロマンはないが…。でも、実際に贈られた動画に歓喜するファンを見たり、推しに名前を呼ばれることを想像すると、これはたしかにうれしいプレゼントかもしれない。
有名人にとってもいいファンダムビジネスだと思う。Cameoに登録しているタレントには、正真正銘の“有名”人もいる一方、一定層のコアファンはいるが世間的にはあまり有名でない人も多い(映画のちょい役、映画の声優、昔流行った映画やドラマの「あの人はいま」な人、ユーチューバー、インスタグラマーなど)。コロナで収入も減ったいま、特に彼らにとっていい副収入源として活用している人も少なくないだろう。ツイキャスやインスタライブなどとは違い、視聴者数や再生回数などの数字を気にせずに1対1でやり取りできるのもアナログで心地よい部分もあるだろう。
がしかし、上述の例のような「言いづらいことを有名人に代弁して伝えてもらう」という使い方。ある個人的なメッセージを「この有名人が代わりに伝えてくれたらこの人はわかってくれるはず」という意図において、依頼者はその有名人のファンではない。ある個人がいち個人に向けて、そのメッセージの受け取り手が尊敬・敬愛するという心理を利用してそのインフルエンスを使役するこの構造、それなりの危うさも含んでいる気もする。
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Eyecatch Graphic by Midori Hongo
All Image via Cameo
Text by Ayano Mori and HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine