作家、アーティスト、歴史学者、民族誌学者…〈“人間を知る視点”を世界中から地道に収集するテクノロジー雑誌『Offscreen』〉

「作りたいのは、“バズワード・フリー・ゾーン”です。クリックベイトの、あるいはテック用語だらけの得意げなストーリーを、人間的な話やまじめな会話に取り替えたいのです」
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目は口ほどにものをいう。雑誌の扉にいち早く多くのものを言わせた一人は、間違いなくアートディレクターのジョージ・ロイスだろう。1960年代に雑誌『エスクァイア(Esquire)』の表紙デザインに取りかかり、社会の事象や概念を込めつつもシンプルで強いグラフィカルなものに一変。戦争、フェミニズム、人種差別など激動の時代を落とし込み、ものを言う表紙に変容した。彼が手がけた92枚の表紙を見れば、米国の時代のムード、文化のメッセージが見えてくる。

いまインディペンデントの雑誌のカバーは、消費に促す情報よりも、哲学とスタンス、誌面が保持する世界を示す扉だ。さて、時は2020年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

※※※

今回紹介する一冊は、2012年にオーストラリアで創刊した、テクノロジーがテーマのインディペンデント雑誌『Offscreen Magazine(オフスクリーン・マガジン)』。内容は、最新テック情報がぎっしり…ではない。テクノロジーを「科学を生かし、人の生活を変える技術」という原点に遡りながら、急速な成長に欠けていた、作家、アーティスト、歴史家、心理学者、哲学者、はたまた民族誌学者など、「人間について」をさまざまな視点から見つめてきた人々の考えを収集しながら、これからのテックに必要な視点を開拓する。雑誌作りの根底にあるのは、無機質のデジタルに絡まる“有機質な・人間的な話”。モットーは「The Human Side of Technology(テクノロジーの人間的な部分)」だ。丁寧にインタビューやコラムを、“オフスクリーン”(紙媒体)で伝えている。

また、テクノロジーに関わる世界各地(たとえば、ジャマイカ、レバノン、ナイジェリアまで)のプロの1日に密着するシリーズもおもしろい。そこには無機質のデジタルに絡まる、有機質な話がある。

「ペースの速い、バズワードに埋め尽くされたテックに関するオンラインでのニュースに対して、『僕たちがどうテクノロジーを形作るのか、またテクノロジーがどう僕たちを形作るのか』をじっくりと探求していきます」。たった一人でコンテンツ制作からデザインをおこなう発行人のカイ・ブラァクに、人間味あるテック雑誌の作り方を聞いた。

HEAPS(以下、H):テクノロジーのストーリーに人間性を含めたいと思い立ったきっかけは、凄まじい速度で流れる情報に嫌気がさしたから、だそうですね。

Kai(以下、K):オンラインで流れてくるテックに関する記事って、最新のトレンドが多いですよね。新しく開発されたテック技術についてや業界でおこっている新着ニュース、(テック企業の)何十億もの新規上場株式についてなど…。これらの新しいテクノロジーに関する出来事が、果たして僕たちにとっていいものなのか、悪いものなのか、じっくりと考える暇もなく、ニュースが流れていく。最近になって、オンライン上でも、テクノロジーに関する議論がもっとおこなわれてきたと思うけど、僕がオフスクリーンをはじめた当初は、状況が違って。

H:オフスクリーンは、テクノロジーに対するストーリーをもっとゆっくり、しかもオンラインではなく、紙にこだわって伝達している。

K:オンラインだと、コンテンツの価値がいまだにクリック数やインプレッション数で判断されている部分もありますね。だから、ブランドがスポンサーしたようなふわふわしたコンテンツが、ジャーナリストが何ヶ月もかけて取り組んだ記事より、多くのクリックを得ることもある。

H:オンラインメディアのジレンマですね。

K:それに対して、紙のメディアは異なる価値の軸を持っている。それが読み手にも働きかけるダイナミックなパワーになるんです。
雑誌や本を開いて座れば、目の前には「リミット」がありますよね。コンテンツの始まりがあって終わりがある。どれくらいの集中力を要するのかも推定できる。それに雑誌1冊につけられた「値段」によって、「この一冊を作るのに、これだけの費用がかかっていて、綴じられたコンテンツにはこれだけの価値があります」ということも伝わる。自分がお金を払ったものに対して、その対価となる価値を得ようと注意深くなりますよね。


H:伝える内容も伝える方法も、“スロー”に徹する。コンセプトは「僕たちがどうテクノロジーを形作るのか、またテクノロジーがどう僕たちを形作るのか」。

K:何千年もの前からテクノロジーは存在しているけど、これらのテクノロジーが人間の行動に影響をあたえるということを忘れがちになっていると思う。たとえば、フェイスブックやツイッター、インスタグラムが世に出てきたとき、これらのツールがみんなの集中力やニュースとのつき合い方などにどれだけ影響をあたえるかなんて考えてもみなかった。新しいテクノロジーやそこに敷かれたアルゴリズムが、僕たちの考え方やアイデンティティーを変化したかもしれない。

H:誌面にも、テクノロジーと関わる個人たちと彼らの考えがフィーチャーされています。ダイレクトにテクノロジーの分野で活躍している人の“テクノロジーの視点”をちょっと紹介。

・インドのAIスタートアップ起業家アシュウィニ・アソカンに聞いた「みんなに平等なAIが作るポジティブな未来」

・「カーム・テクノロジー*(穏やかなテクノロジー)」の先駆者アンバー・ケースがアプローチする「テクノロジーの優雅なデザイン方法」

・デジタル戦略コンサルタント、リチャード・ポープが考える「もっとひらけたデジタル業界」。「ソフトウェアは政治だ」と、デジタル製品やサービスの主導権を市民や消費者が握ることを提唱。

*1990年代にユビキタス・コンピューティングの提唱者マーク・ワイザーが掲げた概念。テクノロジーが人の生活の不和の原因になるのではなく、穏やかに存在することを目指す。

取り上げる人たちを選ぶ観点や、どのように一人の人の“テクノロジーの視点”を生かすのか。企画づくりについて教えてください。

K:“重要な視点”を模索するようになったのは、ここ2、3年ですね。正直に言えば、当初はシンプルに「起業家のストーリー」をやろうと思っていた。CEOや創立者のインタビューも引き続きしていますが、いまはもっと人文科学や学術的な分野の人たちも含めようとしている。

テックの世界は、規制がないともいえます。人の目をひこうとするもの、つまり売れるものが多額の投資額を得ることができる、というシステム。そこにおいて、人文科学や心理学、倫理や歴史などの分野のエキスパートたちが、フェイスブックやインスタグラムなどのプラットフォームの危うい部分などについても警鐘を鳴らせたかもしれない。でも、シリコンバレー(テックの中心地)は、彼らの考えや声を聞こうとはしなかった。オフスクリーンでは、スタートアップやテック業界に流れる資本主義的な観点だけでなく、いろいろな分野のエキスパートの声を平等に取り上げたかった。



H:特に、毎号のシリーズ「A Day With(〜の1日)」では、性別や人種、国籍、住む場所などの多様さが際立ちます。

・ティルス(レバノン)在住のフリーランスデベロッパー
・キングストン(ジャマイカ)のデザイナー、マニラ(フィリピン)のデザイナーでコーディング講師
・ラゴス(ナイジェリア)のリードエンジニア
・レイキャヴィーク(アイスランド)のシフトウェアデベロッパー

世界各地にいるさまざまなテックプロフェッショナルの1日の動きを追う。密着取材ものです。

K:誌面には多様性を含めることに努めたよ。テック業界を回している大多数が、白人だということは周知の事実。だから、もっと多様な声や、あまり目立っていないグループからのロールモデルをプロモートすることが大切だと思う。



H:取り上げる人には、直接テックに関わりのない業界や職種の人もいる。作家やライター、民族誌学者。

・作家でアーティストのジェニー・オデル。

「ソーシャルメディアに常にコネクトしていて、24時間7日間ずっと連絡受けつけてる状態って、一種の記憶喪失なもの」と、“なにもしない時間の価値”を再確認したいと話す。

・ライター/キュレーター/ポッドキャスターとして活動するジョスリン・K・グライ。

「現代人は、忙しい仕事の為に時間を割くことが得意になったけど、最良の結果をだすための時間を作るのは下手」と、新しいテックツールによって陥りがちな、“本当は生産性のない仕事”を回避する方法を説く。

・“テクノロジー”民族誌学者、トリーシャ・ワン。

ビッグデータならぬ“シック・データ(分厚いデータ)”を提唱。人間行動や一人ひとりを重視した顧客サービスをテック企業が考えられるように務める。特に、中国が猛スピードでおこったデジタル革命にどう影響を受けたかを研究している。

なぜ、いろいろな業種の人を含めているのでしょうか。

K:テクノロジーを構築しているテクノロジストだけにフォーカスしたら、盲点を作ってしまう。たとえば、白人の富裕層の男性があるソフトウェアを作っていたら、そのアルゴリズムは、白人の富裕層の男性に最適化されたものになる。コンピューター科学者は、ときに、倫理や歴史、心理、芸術などの分野への理解が足りないことがある。それはそれで仕方ないことなんです。すべての分野のエキスパートである必要はない。でも、テック企業は何百万ドルをも突き動かす経済影響力があるもの。だからこそ、アーティストや歴史家、哲学者、心理学者、倫理学者など、さまざまな分野の専門家の意見が必要なんです。


H:テクノロジーの開発にも、さまざまな分野の側面から視点をくわえる必要がある。

K:もしもフェイスブック開発時に、マーク・ザッカーバーグが人間心理学者に(フェイスブックがもたらす)中毒性や情報、そして偽情報の拡散、倫理的な側面についてコンサルをしていたら、いまフェイスブックはどんな姿になっていたでしょう。憎しみや怒り、落ち込みを生み出すもののではなく、もっと人々を団結させ、人々をハッピーにするものになっていたかもしれません。

H: 「人間」というものを、あらゆる観点から見つめているプロフェッショナルが知る、人間性・人間らしさをテックにくわえていくことが課題となってきますね。オフスクリーンの、デスクまわりのおもしろいテックガジェット紹介もいいです。

・手書きのメモをボタン一つでデジタルに変換してくれるツール
・座っているときの自由な動きを調整してくれるアクティブな椅子
・石からできた紙を使った高品質のノート
・オフィスのアートにもなる、キューブ状の小型コンピュータ

これらの紹介があるということは、読者はやはりテック業界人が多い?

K:そうですね、ほとんどの読者はそうといえます。金儲け主義、資本主義的なテック業界に嫌気がさしたテックの人たちです。オフスクリーンは、テック業界にもっと人間的でサステナブル、そして謙虚な視点を注入したい。華々しい物質的な成功を追うのではなく、小さいけど意義のあるプロダクトやサービスを生み出すために。


H:それにしても、これだけの人やサービス、プロダクトに関するストーリーや視点を世界から集めてくる制作は、すばらしいです。個人的に好きなのは、世界のテック関連スタートアップのオフィスを写真で紹介するコーナー。グリビツェ(ポーランド)にあるウェブデザインオフィスや、コペンハーゲン(デンマーク)にあるビデオマーケティング企業など、世界の知らない・行ったことのない土地にて、テクノロジーがどんな環境で生まれているのかを垣間みることができる。

K:デジタルテクノロジーは、“シリコンバレーの投資”以上のものだと認識することが大切なんです。グローバルな世界では、異なる人々と異なる文化が直面する異なる問題があって、それらはテクノロジーが解決してくれるかもしれない。もうすでにある天気予報アプリを生み出す人ではなく、世界が抱える重要な問題、たとえば気候危機などの手助けになる技術を生み出す人が必要です。ある特定の都市でも国でも地域でも、自分たちだけでは解決できない問題が存在します。そんなとき、世界の向こう側で起こるアクションが相互に作用するよう、幅広い多様な理解が必要なのです。

Interview with Kai Brach, Offscreen Magazine

All images via Offscreen Magazine
Text by HEAPS and Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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