緊急事態宣言のなか、日本国内外で爆発的人気の任天堂「あつ森」に、アクセス数をグンッと伸ばす世界最大のポルノサイト「ポルノハブ」。その影で予期せぬ(?)伸びをうけた書店。小中高の休校措置や児童センターの休館の影響で、児童書や学習ドリルの売り上げが急増しているらしい(メルカリでも参考書と絵本の売り上げは約2倍に)。
自宅にいる子どもたちに向けて、「コロナウイルスについてを知るための絵本」も続々登場している。『好奇心を持った女の子と男の子のための銀河コロナウイルスガイド(PDFでDL可能)』は、ミラノ、ジェノバ、ヴェローナ、ローマの子どもミュージアムが連携して製作したもので、インターネットからフリーダウンロード可能だ。英国の人気絵本シリーズ『怪物グラファロ』の作家の無料のデジタルブックでは、コロナウイルスや予防の基礎だけでなく、「社会的距離」の意味や、家族にビデオ電話をかける大切さなどのコンテンツを、キャラクターを通して発信するなど個性的だ。
さて、時は2020年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。
「英国のジャーナリズム業界って、94パーセントが白人なんです。そして、55パーセントが男性」。有色人種の、女性、あるいは男性でも女性でもない人は、そのうち一体何人いるのか。地域によってこの数字は、さらなる歪みを見せるという。
人種差別や性差別、社会的階級に関する偏見を理由に、有色人種の女性や性的マイノリティは業界への参画に苦戦する。その結果、伝え手の性別や人種がかたよる。すると、「ストーリーに出てくる人種、性的マイノリティの描かれ方もかたよってしまう」。
こうした業界の不均衡とマイノリティへの過小評価に応対するのが、ロンドン発のインディペンデント雑誌『gal-dem(ガルデム)』だ。近年では、ニューヨークタイムズやガーディアンなど、既存の大手紙や大手メディアでも取り上げられることが増えた“マイノリティのストーリー”だが。ガルデムの特徴は、“第一人称”で有色人種の女性やノンバイナリーたちが自らのリアルを語る「“超私的”なストーリー」(ノンバイナリーとは、女性、もしくは男性どちらにも分類されない性別のこと)。
ページを飾るのは、世界各地のマイノリティの赤裸々な実体験がつまった取材記事とエッセイ。「両親の中華料理屋で差別を経験した娘の回想」や「ムスリムでクィアの葛藤」「治療の副作用で髪が抜ける前に剃毛したムスリム女性の話」など、個人の日記をめくってしまったかのようなパーソナルさ。これまで全4号、毎号300ページ近いボリュームで綴るガルデム流「超私的なストーリー」の裏側をのぞいてみたい。さっそくロンドンに住む、創刊者で編集長のリヴ(26)にスカイプを繋いだ。
編集長のリヴ・リトル。
@galdemzine
HEAPS(以下、H):おはようございます。おっ、バズカット、いいですね。
Liv Little(以下、L):ありがとう!
H:さて、さっそくはじめましょう。オンラインマガジンがローンチした2015年といえば、人種差別やジェンダー、LGBTQなどのトピックをよく耳にしはじめたころ。
2016年には米国大統領選挙を巻きこんだ黒人差別を批判するブラック・ライヴズ・マター、2017年には世界中がフェミニズムについて考えさせられた#MeTooといった国際的社会運動もありました。『ガルデム』の編集部メンバーに、これらキーワードに関する実体験ってあったんですか?
L:メンバーみんな、こういったキーワードや社会的運動には敏感に反応していました。私自身デモにも参加していたし。ソーシャルメディアの普及とムーブメントの拡大のおかげで、以前はニッチでタブー扱いされていたマイノリティの存在を、社会は無視できなくなった。オンライン上でもこのトピックについての会話やコレクティブが急増していた時期だったので、ローンチはしやすかったです。母にも「はじめるなら、いまでしょ」って背中を押されてたくらい。
H:有色人種の女性やノンバイナリーを取りあげるということは、編集部もみんな、有色人種の女性やノンバイナリーなんでしょうか。
L:はい。当時通っていたブリストル大学の政治学科で出会ったのが、いま文化部門を担当している編集者のレイラと音楽部門を担当しているアントニア。「マイノリティのためのプラットフォームが必要」という私の意見に賛同してくれた2人を含む、計5人の主要メンバーで創刊。当時はみんな20代前半でした。いま、主要メンバーは私を入れて10人。
H:主要メンバー以外にも、世界各地にコントリビューターがいると聞きました。
L:英国や米国、ヨーロッパやカナダなどに、人種も階級もバックグラウンドもさまざまな1,000人を超えるコントリビューターがいます。私たちからアプローチすることもあるけど、応募をもらうことの方が多い。なかにはBAFTA(英・映画産業従事者団体)やBBC(英国放送協会)、タイム(米ニュース雑誌)で働く人なんかも。最近では外部からの投資のおかげで、編集部はフルタイムとして働けるようになり、コントリビューターにもコンテンツごとにお支払いができるようになりました。
H:学生時代にはじめた雑誌がいまでは会社として成り立っている。ところでガルデムって、どういう意味なんです?
L:私、ルーツがジャマイカで。「gal-dem」は、パトワ語(ジャマイカ訛りの英語)で「女の子のグループ」を意味するスラング(パトワ語だと発音は“ギャルデム”)。
H:おぉ、なるほど。レゲエのダンスホールでは、よくMCが女性のお客さんに「ギャルデム」って言ってますもんね。ガルデムの使命は、英国のジャーナリズム業界の不均衡を是正すること。いま実情としては、どんな感じなんでしょう。
L:英国のジャーナリズム業界は、94パーセントが白人で55パーセントが男性。さらにイスラム教徒のジャーナリストは0.4パーセント、黒人のジャーナリストは0.2パーセントと、マイノリティが極めて少ない。そして女性ジャーナリストは男性ジャーナリストに比べ低賃金、昇給もしづらいのが現状。
H:リヴ自身はいつ頃から、「伝える人」「伝えられる人」においてのアンバランスを感じるようになった?
L:大学時代から、多様性の欠如には不満を感じていて。たとえばフェミニズムにおいて、当時は有色人種の女性のストーリーはほとんど話されていなかった。自分は部外者のように感じ、腹立たしくて毎日泣いてました。卒業後はテレビ制作会社「ライオン・テレビジョン」に就職したんですが、そのとき幹部が私に「15年間の勤務で、黒人と一緒に働くのは初めて」と言ったんです。それくらい、業界はほぼ中産階級の白人が多いんです。
H:創刊号の「ガルフッド」では、8歳から18歳までの7人の女性の、姉妹関係に関するストーリーが掲載されている。「有色人種の女性やノンバイナリーのストーリーがほとんど話されていなかった既存のジャーナリズムに飽き飽きしている子たちへ向けて」がガルデムの根底にあるけれど、具体的にどんなことを取り上げたんでしょう。
L:「姉妹関係」「身体」「セックス」「年齢と成長」「音楽」「アートとカルチャー」「論評」の7つのテーマにわけ、「有色人種の女性にとっての“成長”とは?」を紹介。これまで世間で聞く耳を持たれなかった、彼女たちの本音をすくい上げた号です。7人を紹介することで、同じ「有色人種の女性」という枠内でも、それぞれ違う考えを持っているという事実を伝えられたかと思います。実は、このなかには私の妹もいたんです。
H:おぉ、妹さんも。映画やドラマを見る限り、有色人種の女性が持つ特有の悩みって、たくさんある印象です。特にティーンズにとっては。よく見るのが、髪についての悩み。
L:文化部門の編集者レイラは、思春期の頃はずっと髪をストレートにしたがっていて。それは既存のメディアには白人女性しかいなかったから。うつくしい=ストレートヘアーって、洗脳されていたわけです。この号、ありきたりなセックスコラムにうんざりしている白人のティーンズの子たちにも読んでもらいたい。マイノリティのバックグラウンドを理解してもらえると思うので。
H:ガルデムには、メインストリームのメディアで語られることのない世界各地のマイノリティの赤裸々なストーリーが多く掲載されていますよね。
たとえば第2号『ホーム』では、
・バージニア州の両親が営む中華料理屋「チャイニーズ・イン」で育ったソフィー・ローが、店内で経験した人種差別や、両親が孤独を感じていた当時を回想するエッセイ
・米国のグラフ誌『LIFE(ライフ)』の写真家レネー・マリアによる、銃犯罪や薬物乱用に荒れる北フィラデルフィアに住む黒人の子どもたちを写したフォトエッセイ
第3号『ザ・シークレッツ(The Secrets)』では、
・これまで語られることのなかった、移民の両親や祖父母の話
第4号『ザ・アン・レスト(The Un/Rest)』では、
・アジア系アメリカ人女性のため“だけ”のジュエリーを作る、中国系アメリカ人のジュエリーアーティスト、エイダ・チェンのフィーチャーストーリー
オンライン版でも、
・ステージ3の乳がんと診断され、副作用で髪が抜ける前に剃毛したムスリム女性の話
・13歳で婚約者と結ばれ、初めて自分がクィアだと認識し婚約破棄。クィアであることを受け入れてもらえず自殺未遂したムスリム、サムラ・ハビブの取材記事
・コロナ状況下において、アンチブラックが多い中国に住む黒人たちのリアルな声を集めたエッセイ
「有色人種の女性たちの話」とひと括りにされるものをより細分化した、“具体的な個人のストーリー”を世界各地から集めて伝えている。こういったストーリーはどうやって見つけている?
L:ストーリーはほぼすべて、有色人種の女性やノンバイナリーであるコントリビューターからの寄稿によるもの。彼女たちの家族や友人、同僚などの繋がりからもストーリーを見つけてきました。
第4号『ザ・アン・レスト(The Un/Rest)』の中身をペラリ。
@galdemzine
H:人によっては話したくない内容もあると思うんですが、それを引き出すすべってあるんでしょうか。
L:特別な方法があるわけではありません。たとえば第3号の「移民の両親や祖父母の話」の場合、彼らの時代には、いまのように団結したコミュニティも、個人で発信できるプラットフォームもなく、声にしたくてもはけ口がなかった。それもあって、あの頃の思いを存分に語ってくれたんだと思います。私の祖母は、カリブの国から娘(リヴの母)を連れて英国に渡ってきたんですね。人種差別が根強く残っていた当時、子育てにどれだけ苦労したかという話をしてくれました。
H:ニューヨーク・タイムズやi-Dマガジンなどの既存の新聞や雑誌でも、有色人種の女性やノンバイナリーの個人的なストーリーは、特に近年積極的に取りあげられている。超私的なストーリーという点で、既存の大手メディアにはできない、ガルデムだから伝えられることってなんでしょう?
L:幅広いストーリーを、本音で届けられること。感動できる話もあれば、腑に落ちない話や、クスッと笑えるような話など、他誌では読めない“幅広い人間模様のストーリー”に目を向けています。こうして多様な声を表現することで、有色人種の女性やバイナリー全員が同じ考えを持つわけではないという事実を伝えられる。マイノリティとひと括りにしたって、みんな違う人間ですもん。
H:大手メディアではすくいきれない、ときに雑多でときにとりとめもない自由な話がガルデムには散らばっている。
L:大手メディアって、“さまざま個人のストーリー”をコンテンツの一つとして取り上げますよね。でもガルデムは、“マイノリティによるマイノリティのための雑誌”。
H:大手メディアが取りあげるのは「さまざまな人種・性別の人間」。有色人種の女性が取り上げられても、たまたま取りあげられた「さまざまな個人の一人」となる。一方、ガルデムでは、初めから個人を「マイノリティ」に絞っている、ということですね。
L:すべてのコンテンツがマイノリティに特化しているから、安心して本音をさらけだせる。作る側も読む側もマイノリティだから、大手メディアよりも腹を割って話せるというか。これって、インディペンデント雑誌だからこその強みだと思う。
H:雑誌制作以外にもコメディーナイトや政治に関するパネルディスカッション、映画祭や隔月開催のイベントを開催しています。こうした活動もしかり、ガルデムにエンパワーされた読者は多いんじゃないかなぁ。これまで、どんな反響がありました?
L:雑誌のおかげで「自信が持てるようになった」とか「ストーリーを読んで深く共感できた」とか、とにかくポジティブな反応が多い。こういった反応は素直にうれしいし、コントリビューターにとってもすごく意味のあること。人種差別主義者からは「サルは国に帰れ」なんてコメントもあったけど、95パーセントは肯定的な反応です。
H:インスタグラムのフォロワーは、あと一息で10万人。ガルデム人気と認知度はきっと右肩上がりかと。
L:昨年の印刷部数は、前年比で50パーセント増加しました。英国以外にもオランダやスウェーデン、台湾へ販売を拡大中。実は数年前までは、母も雑誌発送のための包装を手助ってくれていたんです。
H:編集長の母まで、女性の温度あるパワーが支える雑誌。日本での販売、待ち遠しいですっ!
Interview with Liv Little, Gal-dem
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Eyecatch Image via @galdemzine
Eyecatch Graphic by Midori Hongo
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine