開催まで1年を切った東京オリンピック。追加された注目の新種目といったら、スケートボードだ。スノボのメダリスト、平野歩夢(あゆむ)選手はスケボー選手としてオリンピック出場を目指し、エクストリームスポーツの競技大会「エックス・ゲームズ」で金メダルを獲得した西村碧莉(あおり)選手も参戦決定。
廃れたことなどないが、俄然上昇中であるスケボー熱に拍車をかけるジンをいくつかピックしてみよう。アテネではじまった『スケイティズム・マガジン』。人種・年齢・ジェンダー・セクシアリティを取り巻く世界中のスケーターをフィーチャー。母親になってもスケボーを続ける女性やカンボジア初の女性スケーターを取り上げてきた。イギリスからはスケボーの歴史や文化を特集する『セイム・オールド・スケートボード・マガジン』。日本のスケボー専門雑誌といったら、な『スライダーマガジン』も忘れずに。
さて、時は2019年。楽々と発信できるようになったというのに、そのアナログさはまだまだ健在。廃れるどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。
スケボーカルチャーと深く結びついているものの一つといえば、「マリファナ」。今回紹介する1冊は、このマリファナについて。ここ数年、マリファナ界隈のカルチャーについていろいろと取り上げてきたヒープス。マリファナ「マガジン」だって、抜かりなし。これまで、クリーンで美しいマリファナ・ライフスタイルマガジン『マリー』や、クリエイティブな若い女性向けのマリファナマガジン『ブロッコリー』などのページをめくってきた。でも、今回の1冊は少し様子が違う。
「For People Who Also Smoke Weed.(マリファナを吸う人に“も”向けた雑誌です)」。
吸う人に“も”、ってことは、吸わない人がメイン読者なのか? 「たまたまマリファナを吸うことになった人へ。そして、『吸う友だちがいるよ』くらいにマリファナにオープンな人へ」が、昨年4月から店頭に並ぶニューヨーク発の雑誌『Gossamer(ゴッサマー)』だ。
マリファナ雑誌として新感覚の「吸わない人にも届ける」という雑誌作りを探るべく、創刊者のベレナとデヴィッドにそれぞれの自宅からスカイプを繋いでもらった。
HEAPS(以下、H):こんにちは! 今日はお時間ありがとうございます(うぉ、ベレナの部屋には緑の植物がたくさんある)。
ベレナ&デヴィッド(以下、VとD):こちらこそ、ありがとう!
H:では、早速はじめちゃいます。“マリファナを吸う人のためにも”というコンセプトって、新しいと思いまして。あえてマリファナスモーカー向けの雑誌にしなかった理由は?
D:僕たちにとって、その人がマリファナを吸うか吸わないか、どれくらい吸うかって、あまり関係のないことなんだよね。マリファナを吸う人は“ポットヘッズ(マリファナ中毒者)”で、常に吸っているイメージがあったけど、実際に僕たちのまわりのスモーカーは「夕食と一緒に、ワインやカクテルをたまに嗜む人」と同じように、マリファナを嗜むんだ。彼らは普通の親だったり、先生だったり、医者、弁護士、建築家だったり。ワインを飲む人を“アルコール依存者”と呼ばないのに、マリファナを吸う人っていったら、話は違うでしょ。僕たちの読者には、マリファナをまったく吸わない人もいる。だから、アートや建築、旅行、インテリアなど、マリファナ関係なく「みんなの関心ごと」を取りあげているんだ。
V:私からも一言。これまでマリファナに関するメディアは、マリファナユーザーにしか焦点を当ててこなかった。だから、みんなの趣味・関心とマリファナを同列で語りたくって。
H:『ゴッサマー』は「旅行やデザイン、アート、カルチャー、フードなどの世界を〈グリーンな(緑の)レンズで〉のぞいてみます」と謳っていますよね。
ちょっと中身をみてみましょう…。
・「アパートの部屋で“広告ブロック”」:部屋のなかに溢れかえる、数え切れない商品ラベルと広告。消費社会・情報過多から逃れるため、商品ラベルをすべて剥がすことにした女性のエッセイ。ココナッツオイルのビンについていたラベルもぺらり、マスカラのラベルもぺろり。
・「エッグスライサー」:「自分の大好きなキッチン道具、エッグスライサー」についての、あるライターによるエッセイ。エッグスライサーの歴史や、お薦めのエッグスライサーの購入場所、値段も記載。
・「失恋したときの旅行&瞑想ガイド」「セドナ4日間の旅」…。
マリファナ、とことん関係ないですね〜。あ、こんなのも。「歯磨き粉を長持ちさせる方法」。手順1から6まで、書いてある…。“緑のレンズ”っていうのが、マリファナのことなんですよね?
D:そう。かわいい言い方だと思わない?(笑)「マリファナを吸って、美術館に行った」「マリファナを吸って、友だちと遊んだ」「マリファナを吸って寝た」。日常生活とマリファナって関係ないように思えるけど、実は日常的な経験や考え方と結びついていると思うんだ。
H:旅行やアートなどの日常の趣味を、日常の一部である“マリファナ”を通して見てみようってことですかね。雑誌でも「自分のブツでハイにならない方法」を綴ったエッセイや「CBD(マリファナのハイにならない成分)のすべて教えます」のようなマリファナに関するコンテンツもあったり。マリファナとマリファナじゃないことが並列しています。
V:私たちのマガジンは「マリファナマガジン」ではなく「マリファナにちょこっと関係あるような人たちの『興味があること』」について書いている。マリファナの種類や効用についての情報がつまった雑誌ではなくて、カルチャーやアート、たまに遊び心もつめこんだ雑誌だよね。マリファナがおもしろいのって、なにも葉っぱそのもの、ってわけじゃない。
H:マリファナとともにする生活や文化がおもしろいということ?
V:私、その昔、女性のファッションや食、ライフスタイルを扱う雑誌で働いていて。当時は着る服や買うブランドに気を使っていて。と同時に、20年来のマリファナスモーカーでもあった。
H:ファッション好きであるという生活に、マリファナを吸うという習慣がフツーにあったと。ファッション好きで、タバコ吸う人、みたいな感じですかね。
V:マリファナは、その人にとっての優先順位の1位にいなくてもいい、その人の趣味や生活の一部として存在するの。当時、同僚に「昨日の晩、しこたま飲んじゃって。今日、二日酔いなんだ〜」って言えるのに「昨日、帰宅後にヘルシーな夕食を作ってテレビを見て、寝る前にちょっと大麻を吸ったんだ〜」って言えないのが嫌だった。
H:誌面では、そんなべレナさんのように「暮らしや趣味、ルーツのなかに、マリファナがさりげなくのぞく人たち」をインタビューしています。おもしろいのは「スモーカー」を紹介しているのではないということ。
たとえば…。
・ニューヨークを拠点にするアーティスト、マリア・ベリオ。大麻の栽培が一般的なコロンビア出身の彼女、マリファナを吸ったことはあるが、身体にあわなかったらしい。
・ブルックリンでヘアスタイリストとして活動する日本人美容師、スズキ・タケオ氏。ヘンプ・オイル(ヘンプの種子からとれる油脂。大麻油)のヘアクリームを作り、販売している。
・マリファナが合法化されたオレゴン州のポートランドを拠点とする靴職人、レイチェル・コリー。マリファナは、ときどき彼氏とたのしむ程度。マリファナは彼女にとって「Just a tool for watching movies(映画を鑑賞するときのお供)」。
・大麻入りチョコレートブランドを立ち上げた、ヴァネッサ・ラヴォラート。幼いころからの料理好きが高じて「もっとおいしい食用マリファナを」とチョコレート作りで成功。
・てんかん持ちで悩んでいたDJアーティストのチェルシー・レイランド。医療マリファナを使用したことによって発作が起きなくなり、いまはマリファナについてのドキュメンタリーを制作中。
いままでのマリファナ雑誌は、ヘビーユーザーや、緑の文化や業界にしっかり浸かっている人たちを取り上げてきた印象がありますが、ゴッサマーは、あくまでも…。
V:マリファナと“なにかしら”関係を持っている人たち。
D:有名人でも、一般人でも、おもしろいストーリーを持っていれば、誰でもいいんだ。いままでのインタビューを読んでもらうと、個々にフォーカスしていることがわかると思う。「マリファナスモーカーだって、そうじゃない人と同じように平凡な生活を送っているんだよ」って言いたかったんだ。
H:そうなると、彼らへの取材の質問作りも、きちんと設計しないとですね。「どの種類のマリファナが好きですか」「一日にどれくらい吸いますか」というような内容は、雑誌のテーマにそぐわない。
V:取材するときは、一人ひとりのストーリーに焦点をあてて会話するんだ。あと、その人の見た目や、その人の生活環境には何が置いてあるか、その人の趣味や興味はなんなのかを写真に捉えている。読んでいる本だったり、着てる服だったり、住んでいる家だったり。
D:あ。でも、マリファナと密接に関わっている人たちを取りあげることもあるよ。
H:あら。
D:たとえば、カリフォルニアでマリファナ関連企業を立ちあげた起業家。世界で有名なファッションブランドの元社長さんなんだけど、若いときに貧しさからマリファナを違法販売し、そのお金で大学に通い、学位も取得した人で。のちに、マリファナビジネスをはじめたんだ。
H:これまでにもマリファナに関する雑誌って、いろいろありましたよね。大麻専門誌として有名だった『ハイ・タイムズ』や、カルト的人気を誇った『ホームグロウン』。でも、最近になって「マリファナユーザーのライフスタイル」に焦点を当てた『マリー』や、「マリファナのある上質なライフスタイル」を表現する『ブロッコリー』のような「“いかにも”なマリファナ雑誌ではない雑誌」も出てきています。が、ゴッサマーは“マリファナを吸わない人向け”という新しい視点。
V:そうね。他のメディアや雑誌は、マリファナユーザー向けにマリファナにまつわるカルチャーやアート、フード、音楽を紹介しているんだと思う。でもゴッサマーは、しつこいようだけど「マリファナそのものにフォーカスしていない」。こうやって私たち、1時間くらいマリファナについて話しているけど、どこかで、だんだん「つまらないなぁ」ってなってこない? 私だって、ゴッサマーというマリファナにまつわる雑誌をつくっているけど、1日のうちの23時間は、まったく関係のないことをしている。読む本や聴く音楽だって、マリファナとはなにも関係していないし。
H:だからか。その“23時間の興味”が、毎号のテーマ/タイトルに表れているような気がします。最新号は『Inside(内側へ)』、3号は『Night(夜)』、2号は『Paradise(楽園)』、1号は…タイトルなしですね。
D:テーマについてはクリエイティブチームと一緒に協力して決めている。だよね、ベレナ?
V:うん。みんなで打ち合わせして、最近考えていることや、そのときの気分や興味あることをメモをしたり。2号の『パラダイス』は、制作期間が12月から3月で、寒い時期だったし外は暗かったから、なにかカラフルで暖かいものをテーマにしたくて思いついたもの。雑誌のコンテンツ内容とテーマは関連しなくてもいいと思ってる。たぶん80パーセントくらいは関連していないかな。すごい、ゆるいわよ。
D:そうそう、聞いてて思い出したんだけど。2号の表紙は、実は日本で撮影されたものだよ。
H:そうだったんですか!?
D:立山黒部アルペンルート*の「雪でできた大きな壁」を撮影したフォトグラファーの写真。ぱっと見、わかりずらいかもしれないけど、白い雪に埋もれた道路なんだよ。そして僕の携帯の電池、あと2パーセント…。
*北アルプスを貫く世界有数の山岳観光ルート。
H:おお、電池がなくなる前に、終わらせましょう! ゴッサマーが見据えている読者層って「たまたまマリファナを吸うことになった人」「『吸う友だちがいる』というくらい、マリファナにオープンな人」でしたが、実際のところどうですか?
V:よく寄せられる感想で「マリファナは吸わないけど、この雑誌が好きです」っていうのがあってね。とてもうれしい。「マリファナを嗜む人たち」と「自分はマリファナ吸わないけど、吸ってる友だちはまわりにいるよ」っている人たちのギャップを埋めるというか。ゴッサマーは誰が読んでもいい雑誌だから。
H:ゴッサマーのなかに、吸う人と吸わない人のあいだに壁はない。
V:私自身マリファナを吸うけど、親友や友だちに吸わない子ももちろんいる。だからって、友情がどうのこうのってわけじゃないし。マリファナ関係なく、共通点がたくさんあるからお互いのことが好きなわけで。マリファナを吸うかどうかなんて、友情関係とは関係ない。そういうこと。
H:マリファナは、みんなの“たくさんある趣味や興味の一つ”に過ぎないということですね。そういえば、デヴィッドは大丈夫かな。
V:大丈夫よ。携帯の電池が切れただけだから。
H:あとちょっとだったのに…最後まで3人でインタビューができなかったのが残念ですが。今日はありがとうございました。
All images via Gossamer
Text by HEAPS, editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine