「世界のメガシティに映し出された人間性」急速な巨大都市化の裏、それぞれの問題。“新聞と本の間”で明快に斬る雑誌『Weapons of Reason』

2030年までに、新たにメガシティの仲間入りをすると予想されるのは、ソウル(韓国)やホーチミン(ベトナム)、テヘラン(イラン)など。
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ペコンと音がする良質の紙だったり、一度めくればほぼ確実にちょっと跡のつくわら半紙だったり。手に取って1ページをめくるのがジンの醍醐味だけど、サイバー上でクリックしてページをめくる“eジン”も存在している。たとえば、新進気鋭クリエイターの作品がピンされているオンライン・アートジン『Don’t Get Culty(ドント・ゲット・カルティ)』。
ミックステープや動画も誌面に登場させちゃうエレクトロニック・ジン『Shabby Doll House(シャビー・ドール・ハウス)』も。人工知能や3D、ARといったテクノロジーが発達しつづける未来、どんな新しいジンの発信方法が登場するのやら。

さて、時は2019年。楽々と発信できるようになったというのに、そのアナログさはまだまだ健在。廃れるどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

「世界の〈メガシティ〉は?」と聞かれ、あなたの舌には次々と都市名が転がってくるだろうか。トウキョウ、ロンドン、パリ、ニューヨーク? 「メガシティ(megacity)」とは言葉の通り「巨大都市」のこと。国連の定義によると「1,000万人以上の人口が居住する都市」。現在、世界にはおよそ30の巨大都市があり、人口の多い都市・第1位は…。東京だ。その次にデリー(インド)、上海(中国)、サン・パウロ(ブラジル)、メキシコシティ(メキシコ)と続く。

巨大都市には、さまざまな社会問題が浮き彫りになる。経済格差、環境問題、治安悪化、犯罪増加…。世界各地でおこっている問題が、一つの都市内で起こっている。「世界のメガシティが抱えるさまざまな社会問題」を、正確なデータとわかりやすいインフォグラフィック*で視覚的に落とし込んだのが、今回紹介するロンドン発の社会派雑誌『Weapons of Reason(ウェポンズ・オブ・リーズン、以下WoR)』。
第2号『メガシティ』で、「メキシコシティの麻薬カルテル」「ラゴス(ナイジェリア)の貧富の差」「深セン(中国)の成長」など、人口が多い都市に発生する深刻な問題を解説する。我らが日本も『東京の孤独問題』と題され、目次に並んでいるではないか。

*情報、データ、知識を視覚的に表現したもの。

世界各国の巨大都市の問題を、1冊にまとめる—— 膨大なデータ、情報、要素をどう収集・選別・精査し、キャッチーな誌面をつくりあげている? 制作過程でとらえたメガシティの姿って? 聞きたいことの量も“メガ”なので、WoRの編集者ジェームスさんにスカイプだ。

HEAPS(以下、H):本日は、第二号『メガシティ』に焦点を当てて聞いていきます。まずは雑誌について少し紹介。未来のテクノロジーが及ぼす社会問題についての最新号『Towards Superintelligence(超知能への道)』から遡り、全6号出ています。

・環境問題についての『The Arctic(北極)』
・人口問題についての『Megacity(巨大都市)』
・高齢化問題についての『The New Old(現代の“老い”)』
・社会構造についての『Power(権力)』
・食糧、健康問題についての『What’s Eating the World(何が世界を侵食するのか)』

いま、社会問題を取り扱う雑誌はかなり増えていますが、WoRの創刊は2013年と少し前。どうやってスタートしたのですか?

James(以下、J):アル・ゴア(元米副大統領・環境保護活動家)が出演した環境危機のドキュメンタリー映画があったでしょう。名前が出てこないけど…(『不都合な真実』)。これに深く感銘を受けたのちの編集長が創刊したんだ。

H:第1号『The Arctic(北極)』ですね。コンテンツ内容は、極地の船乗りが話す「北極圏を取り巻く変化」や「カナダ北極圏にある辺鄙な町イカルイトでの暮らし」、それから「北極圏の天然資源の鍵を握るロシアについて」など。しょっぱなから斬新な角度で飛ばします。

J:雑誌のコンセプトは「いま世界中で起こっている複雑な社会問題を、理解しやすく世に発信する」こと。新聞は、読んでいる記事次第で、断片的にしか情報をあたえてくれないし、本は、あるトピックに関する基礎知識を身につけたい人にとっては情報過多。僕たちは、新聞と本の中間的な存在なんだ。できる限り、すべての情報を総合的にわかりやすく扱う。

H:全6号のなかでも、ヒープスは特に第2号『メガシティ』に興味が湧きまして。まず知りたいのは、なぜまるまる一冊、世界の巨大都市に捧げたのかと。

J:人間が、都市部を住処にするようになったのって、ごく最近のことなんだ。そうなると、田舎から都市部へ人間が移住することによって起こる影響は、もちろん出てくる。巨大都市ってさ、人間の性質の一番いい部分と悪い部分を反映しているんだ。夢のようにすばらしい世界が広がっているかと思えば、もっとも不平等な社会にもなり得る。無一文の人もいれば、世界の1パーセントを占めるとてつもない富裕層もいる。巨大都市は、まるで世界の縮図のようだと思う。

H:確かに、巨大都市を見るだけで、世界全体が見えてきそうです。では、中身をさっそく…。各章のタイトル、凝ってますね。「Trash Talk(挑発的な発言、ここではtrash=ゴミのはなし)」「Bad Breath(口臭、ここでは大気汚染)」「Shit Storm(炎上、ここではstorm=嵐で、水問題)」。

J:ラッキーなことに、WoRは紙雑誌だから、SEO(検索結果で自社サイトを上位表示させるための対策。ウェブ媒体には必須)なんて気にせずに、こういう魅力的なタイトルをつけられたんだよね。まじめなテーマについて話しながらも、たのしんで読者を惹きつけることができる。

H:入り口はカジュアルに、中身はシリアスに。内容の方を見てみましょう。

・「ラゴスの貧富の差」。アフリカ最大級の都市で経済の中心地ラゴスは、高層ビルがあるすぐそばにスラム街もあるという経済格差が激しい都市。市内には推定9,500人のミリオネアがいるといわれているが、国民1人あたりのGDPは5,600ドル(約60万円)。国民の60パーセントから65パーセントは、日給1.25ドル(約134円)以下。

・「ダッカ(バングラデシュ)の変わりゆく衣料産業」。ダッカ近郊の縫製工場が入った商業ビル「ラナ・プラザ」崩落事故を起点に、ダッカと衣料産業の歴史から、事故後の労働環境改善への動きなど。
バングラデシュのアパレル輸出業者は労働環境安全のため、1億9,500万ドル(約195億円)を費やしてきた。

・「リオ・デ・ジャネイロやサン・パウロのサイバー犯罪」。米国に次ぐフェイスブックユーザー数を抱えるブラジルで問題視される、個人情報の漏えい、クレジットカード詐欺、マルウェアのソースコードの売買など。国内におけるサイバー犯罪関連の損失は80億円(16年オリンピックの費用は140億円)。

・「世界での水問題」では、カラチ(パキスタン)の例。80パーセントの未処理の工場排水が、直接アラビア海に垂れ流されている。

などなど…。各都市の具体的な数字や情報を網羅しています。どうやって、信ぴょう性の高い正確な情報を集めているのですか?

J:基本的に信頼度の高い資料から情報を集めている。毎号20冊くらい本を買って、チームで手分けして、ひたすら読み漁るんだ。


H:信頼度の高い資料というと?

J:主に研究文書や信頼のおけるメディアの記事とか。国連の機関が発表した報告書からだったり。毎日、資料をめくりファイルを開き、の繰り返しだった。

H:むむ、聞いているだけで気が遠くなる作業だ。

J:5、6人という少人数でこなしていたから、そりゃあ大変な作業だった。『メガシティ』には半年ほど費やしたよ。このコツコツの積み重ねが世界を良くするヒントに繋がると信じている。

H:編集部には、それぞれの社会問題に知識が深いメンバーがいるのでしょうか。

J:いないよ。僕たち、雑誌を制作するときは、まっさらな状態で取り組むんだ。

H:あとは、各問題のプロフェッショナルに話を聞くと。

J:そう。たとえば、「深センの人口増加問題」。急激な人口増加のせいで、市民が手に届く価格帯での住宅建設が追いつかないっていう状況があって。この記事は、深センに詳しい香港大学の建築学の教授に執筆してもらった。他のトピックでも、執筆に協力してくれるのはその分野を得意とするジャーナリストだったり専門家、アクティビストとかね。

H:深センって、“田舎の中に急に現れた大都会”といわれるスーパー急成長都市ですね。中国本土と香港のあいだにある経済特区。半導体などのテクノロジー製品の生産も有名で、“中国のシリコンバレー”とも呼ばれている。記事にも書いてありますが、国連の報告によると、過去40年で世界最速スピードの成長率を遂げたとのこと。

あと、個人的には「マニラ(フィリピン)のスラム問題」で開示されていた「マニラの人口1,300万人の半分がスラム暮らし」に驚きました。

J:驚愕だよね…。ときに、統計が示す数字の方が、どんなにきれいに要約した記事よりも、インパクトをあたえる。


H:もちろん数字からも、知らない巨大都市についての衝撃の事実を知ることもできますが、パーソナルストーリーからも垣間見える事情がある。
「メキシコシティの麻薬カルテル」では、働きはじめて1週間の道に慣れていないタクシードライバーの男性(66)の話があります。メキシコシティ郊外でコンビニを経営していたが、閉店を余儀なくされた。その理由が、地域を牛耳る麻薬カルテルが家賃をつり上げてきたから。地元民の身近な話から、都市レベルの問題を見据える。専門家やジャーナリストなどを通して集めた巨大都市の問題のなかでも、一番インパクトを受けたトピックはなんでした?

J:「東京の孤独問題」だね。

H:日本人として胸が痛いです。“kodokushi(孤独死)”、孤独死の現場を撮り続けている写真家の証言、高齢化問題、“Hikikomori(引きこもり)”事情などをカバーした。

J:引きこもりや孤独死について、なんとなくは知っていたんだけど。実際に取り上げてみて、東京という豊かな都会のなかで、こんな問題が起こっていることにショックを受けた。あと、世代間格差*問題も興味深かった。でも、人が密集しがちな都市で孤独を感じるのって、東京だけに限ったことじゃないよね。

*一生の間に政府や自治体から受ける年金、社会福祉をはじめとするサービス(受益)と税や借金などによる負担の差が世代によって異なる事から生じる格差。


H:ドイツ人写真家マイケル・ウォルフによる「東京の満員電車で押しつぶされる通勤者」のフォトページもあります。WoRはヴィジュアルにも凝っていて、写真やイラストだけでなく、センスのいいインフォグラフィックも特徴的です。そしてセンスがいいだけではなく、とてもわかりやすい。

J:そうだね、僕らのインフォグラフィックは「いかにシンプルであるか」がキー。ごちゃごちゃしたデザインではなく、明るくパキッとわかりやすく。だからイラストレーターには、僕らのスタイルを理解し、伝えたいことをしっかりと表現できる人を起用した。たとえば深センのインフォグラフィックは、スピード感のあるデザインにして、いち都市がどれほど早く発展していったかを表現したんだよ。

H:若い世代の目を惹くグラフィックだと思います。最近の若者は、社会問題に対する興味・関心が強いですが、読者はやはり若い世代ですか?

J:18歳から30歳くらいだね。決してその分野に詳しい専門家向けではなく。毎号毎号「◯◯について知らなかった!」という意見が多い。

H:フィードバックもばっちり。

J:生徒に紹介したいと、教授から大量に注文があったよ。地理学を学ぶ学生からもね。ちょうど巨大都市についての授業が多い学期だったみたいで。こうやって教育現場で重宝されることに誇りを感じているよ。

H:教科書にもなる、WoR。

J:わざわざ20冊の参考資料を読まなくてもいい。ある社会問題の「過去に起こった背景となる歴史」「現在、起きている問題」「未来に繋がる解決策」が一冊に詰まっているんだ。

H:未来といえば、2028年にはインドのデリーが、東京の人口を抜き、世界で一番人口の多いメガシティになると予測されています。それに、2050年までに世界人口の68パーセントが都市部に居住すると。雑誌を通し、これからの人々になにを伝えたいですか。

J:都市の“落とし穴”についてだね。急速な都市化の裏には、隠れた危険性がともなっているということ。「都市に住むしか選択肢がない」ってことはないんだから。

H:私も都市に住む一人として、しかと心得ておきます。今日はありがとうございました。

INTERVIEW with James Cartwright, Weapons of Reason

All images via Weapons of Reason
Text by HEAPS, editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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