向こう側からやって来る車をかわし、自転車をよけ、通行人には「危ないからあっち側を歩いてくれねえかい?」。安全確認をした後、深呼吸し定位置に。「テレビに映るプロゴルファーの見よう見まねだ」というそのフォームは、なかなかさまになっている。腰を切り、一球入魂。“パコーン”という鈍い音が響く。
昼夜かまわず気の向くままに路地裏に現れ、好きなだけスイングをかますパトリック・バー(55)。ストリートでは“タイガー・フッド”の名で知られ、ここ最近では世間を賑わせている男。街を行き交う老若男女から写真をせがまれ、路上ゴルフ動画をインスタにポストすれば再生回数1万を超える。スポーツウェアブランドやストリートブランドからもてはやされ、ブランドの広告塔にもなる。これは、趣味へ没頭していたら、時代の流れに乗ってスイング。上手に世を渡っているゴルフおやじの話である。
NYCの路地裏。ナイキやプーマがコラボしたがるゴルフおやじ(55)、タイガー・“フッド”
ボールを打つとき、澄みきった“カシュッ”というインパクト音が聞こえると、それはナイスショットの証らしい。しかしこの男が放つのは、いつだって“パコーン”という鈍い音。
芝ではなく100ドル札柄(なぜ)のおんぼろマットの上で、ピカピカに磨かれた新品ではなくゴミ箱から拾いあげたクラブを使い、白くて丸いボールではなく路上で拾った”牛乳パック”を再利用して作った四角いボールを打つ。ゴルフコースで、ではない。わりと交通量の多い、ニューヨークはマンハッタンの路地裏。クラブを構える彼を包む背景は、芝の緑ではなくコンクリートと行き交う人の雑多な色だ。
ルールは簡単。牛乳パック製ボールを、数メートル先においた箱(これも拾ってきたやつ)に入れるだけ。ホールインワンならぬ、“ボックス”インワン。2008年から、気に入った路地裏を見つけてはマットを敷きスイングをかます。
人知れずゴルフに没頭してきたこの男、いまとなってはただの“趣味のめりこみおじさん”ではなくなった。地元ではわりと名の知れた存在で、メディアには“レジェンド(伝説)”として取り上げられ、数ヶ月前には自身のドキュメンタリー短編映画も公開。友人に通行人、時に有名人やプロゴルファーとも打ちあう。しかもだ。スポーツブランドのプーマには旗艦店オープン時のイベントに招待され、ストリートブランドのノアには広告塔として起用。さらにナイキやスポーツウェアブランドのストーンアイランド、ゴルフブランドのジェイ・リンドバーグからは商品を提供されるなど、世界的有名ブランドのハートを鷲掴みにしている。
いまや、ブランドが遊び心や抜けのセンスを“あえて”見せる時代。シュプリームも、ブランドシャツを着たインドの蛇使いおじさんの動画をインスタにアップしていたり、グッチはわざと“パチモンっぽいTシャツ”をデザインして、結果バカ売れしたり。ブランドの“あえてのセンス”が光る時代に自分の存在を見出され、そこにうまく打ち返している世渡り上手なゴルフおやじなのである(インスタをはじめたのは1年ほど前だ)。正体を暴くため、ほぼ毎日いるという“ゴルフコース”に観戦しに行った。
HEAPS(以下、H):タイガーさん。今日はちゃんと来てくれたんですね。昨日の取材、すっぽかされたもんだから、今日はどうなることかと思いました。
Tiger Hood(以下、T):おぉ、すまなかったな。昨日は友人と深夜まで打ってて…(うんぬんかんぬん)。
H:(何となくすっぽかされそうな予感はしていたんで)大丈夫です。それにしても、立派なドレッドロックスだ。
T:てっぺんは禿げちまってるけどな。ガハハ。生まれがジャマイカのキングストンだから、この髪は俺のルーツ。ニューヨークには4歳のときに母とやって来た。いまはマンハッタンのミッドタウンで一人暮らし。独身だ。
H:独身貴族を謳歌中のタイガーさん。そもそもなぜ、路地裏なんかでゴルフをはじめたんです?
T:2008年のことだ。写真家としてストリートで作品を売ってたんだけど、あんまりにも暇でな。たまたまゴミ箱に捨てられていたゴルフクラブを発見して、興味本位ではじめてみたんだ。スイングは自己流で、テレビに映るプロゴルファーの見よう見まねだ。ユーチューブ動画なんかでいちいち一時停止して、って熱心な感じじゃなかったな。
H:暇つぶしではじまったと。ずっとプロゴルファーになりたかったとか?
T:いんや。これまでプロゴルファーになりたいなんて、これっぽっちも思ったことはない。ただ、打ってみたいという好奇心はあった。
H:そして、ゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズをもじってタイガー・“フッド”として活動開始。
T:同じ黒人男性として、誇りだからな。
H:タイガー・ウッズみたいに、実際のゴルフコースで打ったことはある?
T:何度かあるけど、興味は湧かなかった。
H:へぇ。でもストリートはゴルフコースと違って打ちにくいでしょう? 路地裏といってもさっきから交通量が多いし、見てるこっちがヒヤヒヤ。
T:めちゃくちゃ危険よ。車や自転車、通行人がいきなり飛び出してくる。細心の注意を払って、安全に打つことが大事なんだ。だから、なるべく人通りの少ない路地裏を選んで、常に周囲に目を光らせている。俺がやってることってのは、「ベーシック・シリー・シット(たんなるおバカなこと)」さ。でもなにも破壊しないし、誰も怪我させない。責任を持ってスイングしてんだ。
H:じゃあ、苦情もこない?
T:牛乳パックの“パコーン”音がうるさいと通報され、警察に「移動しろ」と言われたことは何度かあるがな。ストリートゴルフをよく思わない人がいるのも事実。
H:愛用するのは、ゴミ箱から拾いあげたクラブと、ストリートで集めた牛乳パック。
T:いま使っているのは、さすがに11年前に拾ったクラブじゃないぞ。これはリサイクルショップで買った安物だ。ゴルフショップが提供してくれた新品のクラブもあるんだが、汚したくねぇからな。牛乳パックはストリートに置いてあるゴミ袋を漁ってゲットする。家に持って帰って浴槽に水を張り、牛乳パックを水に浸ける。洗って乾かし新聞紙を詰めてセロハンテープで閉じる。牛乳パックはボールと違ってコロコロ転がっていかないし、万が一当たっても痛くない。毎回、20パックほど持ち歩く。
H:ちゃんと洗ってるんですね。どれくらいの頻度で路地裏スイングを?
T:決まった時間はないね。家からも職場からも近いダウンタウンに、気が向いたときに一人でふらっと打ちに来る。たとえばショッピングエリアのソーホー周辺で打ちたいときは、客足が減る午後7時頃に。ジャズクラブやコメディクラブが密集するウェストビレッジで打ちたいときは、深夜まで賑わってるから午前3時に来ることもある。不規則な時間帯にスイングしたくなったらフレキシブルに調整できる仕事と、思いっきりスイングできる健康に感謝してるよ。
H:午前3時って。仕事、なにしてるんですか?
T:レストランの清掃と配達さ。でも最近は、仕事よりゴルフばっかりやってる。
H:それは有名になったから?
T:違う違う、自分のことを有名だとは思わない。有名ってのは、人気がありすぎて道も歩けないことをいうんだ。俺は毎日、普通にストリートにいる。でも、俺って有名なのかもって思った話がある。
H:教えて教えて。
T:前にゴルフをしていたときに、俳優のジャスティン・ティンバーレイクがここらを歩いててな。写真を撮ってほしいと声をかけた。そしたら断られた。
H:(むしろ有名じゃないんじゃ)?
T:ちょっと待て、話には続きがある。そのあと、しょぼくれながらゴルフを続ける俺を見てピンと来たのか、わざわざ戻ってきて写真を撮ってくれたんだ。SNSかなんかで俺のこと知っててくれたらしい。
H:おおー!
(ここでタイガーのファンだという少年たちがやって来て、10分ほど取材中断)
H:指導、お疲れさまです。話は戻るんですが、こうやって握手を求められたり、インスタでも「来週、旅行でニューヨークに行くんだけど、一緒にスイングしたい」ってコメントがあったり。それって、有名だと思うんです。
T:まぁ確かに、最近じゃあこうやって声をかけてもらうことが増えた。ありがてぇな。たまにスマホを向けて「タイガー! 早く打ってくれよ! 待ってるんだよ!」て叫ばれることがあるんだが、それは好きじゃねえ。まず人が多いところでは危険だから打ちたくない。それに俺は自分が打ちたいときに打つ。
H:観衆はタイガーのことをインスタに載せたくてたまらないんでしょうね。そういやタイガーがインスタをはじめたのは去年の春。1年ちょいでフォロワー数1万人って、すごいですよ。どうやってここまで増やしたの?
T:そんなことするかよ。このアカウントを作ってくれたのは、フィルムメーカーのニューヨーク・ニコって男。ニコが自分のアカウントで俺のことを紹介してくれてから、フォロワーが一気に増えたんだ。実際「ニコのインスタで見た」って声をかけられることも多い。だから大半はニコのフォロワーか、それともボットじゃないか?
H:本当に? でも、せめて更新頻度は気をつけていたり?
T:俺は特別なことは一切やっちゃいない。ただ自分の好きな写真やビデオを、気が向いたときにポストしているだけさ。それも有名になりたくてポストしてるわけでもねぇ。そもそもこの歳でそんなにスマホに夢中にはなれねぇよ。
H:へえー。インスタを増やすきっかけになったのもニコだし、そういや短編映画に出ることになったのも、ニコですよね。
T:ニコは、ニューヨークのストリートで、俺みたいな風変わりなやつを見つけては短編映画を撮る男なのさ。どっかから俺のことを聞きつけたみたいで、ゴルフ中に声をかけてきてな。俺のドキュメンタリーを撮ってくれたのもニコ。やつの作品の一部になれて光栄だよ。
H:キッカケはさておき、タイガーの知名度と人気がうなぎのぼりなことに変わりはないわけで。自分がインフルエンサーだっていう自覚はある?
T:ないね。
H:えっ、ないんだ。タイガーがスイングしはじめた11年前は、日常的に発信できるSNS文化は浸透していなかった。いまタイガーは、ここ数年のカルチャーというか世の流れに乗っているなあというか、知名度を必然的にあげているなあと。これは図らずも起こったと?
T:有名になるための戦略なんざ、これっぽっちもなかったさ。インフルエンサーだなんて思ったことないし、それにいいことばかりじゃねえ。意地の悪いことを書きこんでくるやつだっている。数ヶ月前に、プライドパレードがあっただろう?
H:はい。開催地はタイガーの庭、ここウェストヴィレッジでしたよね。
T:俺はLGBTQに対して、尊敬の意をこめて皮肉混じりのポストをしたんだ。するとフォロワーから「タイガーがそんな人だなんて知らなかった! フォロー外す!」ってコメントが来た。これまでのポストを見てりゃあ、俺がそんな人間じゃないってわかるはずなのに。で、言ってやったんだ。「外してくれてありがとうな」ってな。
H:来る者拒まず、去る者追わず。ネガティブなフォロワーはさておき。ところで、“来る者”といったら、名だたる有名ブランドもですね。プーマの旗艦店オープン記念イベントではポップアップゴルフの講師としてお呼ばれし、ストリートブランドのノアからはタイガーをモデルにしたTシャツが販売された。他にもナイキ、ヒップ・アンド・ボーンといったファッションブランド、スポーツウェアブランドのストーンアイランド、ゴルフ用品ブランドのジェイ・リンドバーグやファイブ・アイロンからはゴルフウェアやギア、スニーカーの提供があったりと、ラブコールが絶えない。
T:そのラブコールはな、すべてインスタ経由さ。すごいことだよな。だって、ゴミ箱からクラブを拾ってはじめた趣味が、こんなことになっちまったんだぜ? SNS文化やテクノロジーの発達には感謝しているよ。
H:提供されたブランド服をうまく着こなしてますよね。もともとファッションブランドに興味はあった?
T:高校生の頃はイタリアのファッション誌を集めてた。最近はブルックリンのファッションブランド、キッドスーパーがお気に入りさ。あと、前にファイブ・アイロン(インドア・ゴルフ施設)に立ち寄ったとき、靴下とグローブをもらったんだ。牛乳パックを打ちつづけてるだけの俺が、人気ゴルフショップからセレブのような扱いを受ける。信じられないね! そのあと写真もせがまれた。いま、初めてセレブがどんな気持ちかわかるよ。
H:なんというセレブ扱い。ちなみに、これまでコラボしたなかで印象深いブランドはどれ?
T:ノア(NOAH)だな。枚数限定で俺をモチーフにしたTシャツを作ってくれたのが、なによりうれしかった。おまけに店内で俺の写真を展示してくれたり、ドキュメンタリーも上映してくれて。スタッフも全員ナイスで。目が覚めているのに、夢を見てるような感覚だった。
(ここでタイガー、かばんの中からさりげなく“レゴ”を取り出す)
H:あっ、タイガー・インディアナ・フッド・レゴ! これインスタで見て、かわいいなって思ってたんです。まさかレゴともコラボしたんですか?
T:これは公式ではなく、とあるアーティストがパーツを個々に買って、100体限定で作ってくれた非公式のもの。全部に番号とサインを書きこんでな。最初の20体は500ドルで、残りを50ドルで売りさばいた。
H:ハスラーですね。
T:こうやって小銭を稼ぐことも必要なんだ。ストリップバーに行って、かわいい姉ちゃんたちに金を巻き散らしたいからな。
H:むむ、ゴルフだけでなく夜遊びもしっかり嗜んでいるとは。近年のブランドって、ローカルの有名人を好んで絡んでいったり、デザインをあえてダサく見えるようにしたりして、遊び心や抜けのセンスを見せている感じありますよね。たとえば、シュプリームはブランドのシャツを着たインドの蛇使いのおじさんの動画をインスタに載せていたり、グッチはわざと“パチモンっぽいTシャツ”をデザインして、結果バカ売れ。タイガー自身、このブランドの肩の力を抜いたブランディングというのかな、そこの波に乗っていると思う?
T:その波がどれだけデカいのか、俺自身が乗っているのか、乗っていたとしても、この先どれだけ続くのか、なんてさっぱりわからん。でもスマートだよな、ブランドにとっちゃ、有名セレブやモデルを使うよりもよっぽど経済的だ。
H:なぜブランドは、こぞってタイガーとコラボしたがるんだろう?
T:たぶん、俺がリアルだからじゃねぇか?
H:というと?
T:ストリートでゴルフをしているっていう、“リアル”が響いたんじゃねぇかと思ってる。有名になりたいわけでも、一攫千金を狙ってるわけでも、ゴルフが上手いわけでもねぇ。
H:(そういうやニコも他誌の取材で、いままで数えるくらいしか“ボックス”インワンを見たことないって言ってたな)
T:ただ好きだからってだけで、ストリートで11年もスイングしている俺を、リアルだと思ってくれたんじゃねぇかと。俺を起用することによって、ブランドの売り上げが上がって、彼らに正しい決断だったって思ってもらえるといいな。
H:ブランドとコラボし、世界規模でタイガー・フッドの名が知れわたった。人生変わりました?
T:55年の人生で、いまが最高に幸せだ。ストリートゴルフをはじめた当初の夢が、世界を旅して子どもたちにゴルフを教えることだった。ここだけの話、ニコがその話を企画としてアディダスに持ち込んでくれたんだ。今回は残念ながらボツになっちまったけど、今後、他のブランドにもその企画を持ちこむ予定さ。
H:それ、実現したら、ものすごいたのしそう。
T:あと、「ネイバーフッド・ゴルフ・クラブ」っていうコミュニティも作ったんだ。応募してくれた参加者と一緒にストリートゴルフをたのしむ会。これまで一般人はもちろん、女子ドラコン*世界大会で優勝したトロイ・マリンズ選手、コメディアンのジェフ・ガーリン、ラッパーのアクション・ブロンソンなんかとも牛乳パックを打ってきた。男子プロゴルファーのアンディ・サリバン選手とは、4時間ぶっ通しでスイングしたな。俺がやっていることがもっと知れわたって、ゴルフコース以外でも、ゴルフができる場所が増えるといい。ゴルフ場だけがゴルフをできる場所じゃないからな。
*ゴルフ用語でドライビングコンテストの略。ドライバーを使って、どれだけ遠くに飛ばせるかを競う。
H:有名になったことで、好きでやってきたゴルフが、“やらなきゃいけないもの”のように感じたりしません?
T:なににも変わっちゃいいねえ。好きだから続けてんだ。
H:ホッ。その答えを聞けて安心しました。じゃあ、最後に。この11年でストリートゴルフから学んだことを教えてください。
T:学んだことといえば、俺にはゴルフの才能がないってこと(笑)。ガハハ。もし仲間やライバルなんかがいたら、いまごろ、もっと成長していたかもしれないが、なんせ1人でやってきたもんだからな。スキルは上達しちゃいねぇ。でもやっぱり好きなんだ。残りの人生は、ずっとゴルフをしていきたい。
有名ブランドからのラブコールが止まらないその人気っぷりからは少し意外に、謙虚な人だった。お節介なくらい人懐っこく、そのコミュ力の高さで、通りすがりの人にガンガン話しかけるもんだから、取材はたびたび中断。一筋縄ではいかなかったが、彼の人となりを垣間見れた気がする。
インスタを通して、ローカルから世界の人気者になり、声援のようなラブコールは止まらない。遊び心を求めるブランドの誘いにナイスショットで応える。「ストリートで打ち続けてきたストリートゴルファーが、ストリートブランドの広告塔になる」というシャレみたいな話を、拾ってきたゴルフクラブで飄々と、“パコーン”と打ち返す男がタイガー・フッドだった。
Interview with Tiger Hood a.k.a. Patrick Barr
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine