20,000人の「移民タクシー運転手」を育てたカリスマ教官が説く。NYC流「イエローキャブと人生のハンドルは、こうさばけ」

「どこから来たの?」「こっちに住んでどれくらい?」。お互いネイティブじゃない英語で移民の運ちゃんととりとめのない話をするタクシー車中が好きです。
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ニューヨークの黄色いタクシー、通称イエローキャブ。街のアイコンとして愛される眩しい車体と同じくらい個性を放つのが、ハンドルを握る〈移民の運ちゃん〉だ。アメリカ生まれのアメリカ人運転手はたった8パーセント…なんて統計もあるくらい、さまざまな人種がイエローキャブを走らせている。

言語や文化がまったく違う異国からやって来た運ちゃんたちを指導すること25年。これまで2万人を一人前に育てあげてビッグ・アップルの道に送り出してきた、口コミでべらぼうに人気のカリスマ教官がいると聞いた。

25年間で2万人を指導。6ヶ国語操るカリスマ教官(47)

「この国では、24時間365日お湯が出る。だから全員、毎日しっかりシャワーを浴びること。じゃなきゃ、せっかく乗ってくれたお客から『この運転手、カレー臭いぜ』ってクレームが来るかもしれないからなっ」

 南アジア、この日は特にインド出身の生徒が多い教室にて、人種差別スレスレのブラックジョークで教室を沸かせる。その後、耳元でコソッと一言。「生徒たちは、なんとも思っちゃいないさ。なぜなら僕も彼らと同じインド人移民だから。これが白人の教官だったら、いまごろ喧嘩がおっぱじまっているだろうけどね」。

 軽快な口調でテンポよく授業を進める。エージェイ・ゴジア(47)は、クイーンズのスーパーマーケットの上にあるタクシー運転手教習所「アジ・デシ・ブラック・イエロー・グリーン・プロフェッショナル・ドライバー・アカデミー・インク」の人気教官だ。 6ヶ国語を操ることから英語がつたない移民のあいだで人気が口コミで広がり、これまで19歳から75歳の2万人をイエローキャブ運転手に育てあげてきた。

「僕の第一言語は英語だし、在米歴も30年。けれど生徒と同じ、僕も移民だった。言語の壁も理解できるし、つらい経験にも共感できる。上から目線じゃなく、個々の能力に合わせて生徒たちの母国語で、“運転以外の大事なこと”も指導できるんだ」。

 ウーバーやリフトなどの配車サービスに押され業績不振、昨年相次いだ運転手の自殺で不穏な空気が漂うタクシー業界だが。この教習所ではそんなのどこ吹く風、生徒の活気で満ちている。それどころか「最近、イエローキャブ人気が戻りつつあるんだ」と教官。2万人の教え子から“カリスマ”として慕われる男の、人情深い指導術を教えてもらった。


イエローキャブ運転手に育て上げてきた、エージェイ教官。

HEAPS(以下、H):教官一筋25年。もともとイエローキャブの運転手だったんですか?

Aj Gogia(以下、A):そう。17歳のときにインドから家族とニューヨークに移住。教師になりたくて、大学では教育と心理学を専攻したんだ。生活費を稼ぐために、学業の傍らパートタイムでイエローキャブ運転手をしていてね。夏休みと冬休みはフルタイムで運転手。

H:大忙しな大学生生活。

A:ある日の仕事終わり、早朝5時くらいだったかな。運転手仲間とレストランで新聞を読んでいたときに、タクシー教官募集の広告が目に止まった。必須条件は「タクシー運転歴2年以上」「指導経験者」「バイリンガル」。タクシー教官としての指導経験はもちろんなかったけど、大学生に数学を教えられる資格は持っていたから、条件は満たしていた。運転手より稼げるかなぁと面接を受けてみたんだ。

H:そしたら、見事合格。

A:いんや、落ちた。面接官からは好印象だったんだけど、当時まだ21歳でしょ。「生徒のほとんどが50歳くらいだから、あんたの場合、若過ぎてナメられるだろう。また数年後にお願いするよ」って。でもその数日後に電話があって「誰も見つからなかったから採用」だって。

H:数年後が数日後に(笑)

A:それから大学生、運転手、教官の三足のわらじを履き出したってわけ。

H:そして25年の時を経て、いまにいたるわけだ。いま、教官が働いているこの教習所では、ニューヨーク市タクシー・リムジン委員会(以下、TLC)が発行するイエローキャブの運転免許取得希望者や、ウーバーやリフトの運転手志望者を指導。ここで働き出したのは、1年半前だとか?

A:そう。ここは僕の友人が経営する教習所でね。学校の定評と、プログラム内容を強化してくれないかと頼まれ、前の職場から引き抜かれたんだ。教師は5人。全員4ヶ国語以上を話せるから、教習所全体で対応する言語は15ヶ国語にもなる。マルチリンガルであることが必須条件だから、英語だけ話せてもここでは働けない。いまでこそ土日にしっかり休めるようになったけど、前にいた教習所では、週に80時間働いていたよ。

H:えっ、80時間。週休0日の12時間勤務。

A:インド人だからね。死ぬ気で働くのが僕らさ。けど、この教習所に移ってからは週に20時間勤務に減らした。16歳から働いてきたんだ、そろそろ息抜きも必要だろう? ちなみに最近、帰宅後は毎日20分、足を塩水に浸ける。

H:立ち仕事、ツラいですもんね。休むことも仕事だ。えっと、いまニューヨークには、タクシー運転手の教習所はいくつあるんだろう?

A:昔は20校以上あったけど、いまは8校まで減った。ってのも、調査が厳しくなって、運営の規定に満たしていない教習所だったり、運営の資格を更新していない学校を取り締まったんだよね。だから、残った教習所に生徒が流れた。ここでは毎週、50人から60人の新しい生徒が来るんだ。

H:授業風景を覗いてみたい。(教室のドアを)ガチャ。おぉ、みんな真面目に地図と睨めっこ。

A:今日は通常クラスではなく、自由参加の試験前対策クラスだよ。いまやっているのは「マップ・リーディング・クラス」といって、市の運転ルールを学ぶもの。あとは、試験用語も叩き込む。たとえばタクシーを呼び止めるときに使う「hail(ヘイル)」という単語。普段あまり使われない単語でしょ? こういったタクシーに関係する特別な用語や、業界の専門用語を徹底的に教えたり。

H:地図以外に教科書も使うんですか?

A:いつものクラスで使う教科書はあるけど、試験前対策クラスでは不要。使うのは、僕の頭の中に浮かんでくるアイデアだけ。だから丸坊主なの、瞬時にいろいろ思いつくように。髪の毛あったら邪魔でしょう?


H:まあ(笑)。

A:ははは。本当は白髪だらけだから、若く見られたくて剃ってるんだ。

H:教官、見た目も若いし、ハツラツとしていますよね。それに、英語の他に5ヶ国語を話すことで英語が苦手な移民生徒から絶大な支持を得ている。

A:ウルドゥー語、ヒンディー語、パーリ語、ネパール語、グジャラート語。生徒の大半を占めるのはネパール人にインド人、パキスタン人、バングラデシュ人、スリランカ人だから、彼らの母国語で対応できるよ。あと、ブータン人ともコミュニケーションが取れる。ブータンでは、インドで話される言語を使う人が多いし、インド映画もよく見ているからね。

H:移民たちはどうやって教官の評判を聞きつけるんだろう?

A:95パーセントが口コミ。友人や親戚、兄弟のツテでやってくる。

H:多数の言語を操るのもしかり、教官の授業は、軽快なトークで、テンポよく進むと評判です。

A:いつも授業にエンターテイメント要素を入れるように心がけている。僕自身、子どもの頃、学校が嫌いでね。規則は厳しいし、先生はユーモアがなくてつまらなかったし。おまけに体罰が許されていた時代だったから、棒でお尻を叩かれたり頭にゲンコツを喰らうのが普通。だから、反面教師なんだろうね。妻には教官ではなく、コメディアンみたいだって言われる。コメディアンになりたいなんて思ったことないのに。

H:貪欲に笑いを取りにいく。

A:それに大半は、夜勤を終えてそのまま授業を受けている生徒。授業がおもしろくないと居眠りしてしまうだろう?

H:ごもっとも。プロのタクシー運転手になるには、もちろん試験に合格する必要がありますが、最低でもどのくらい学校に行かなければならないんでしょう?

A:規定では3日間行けばいい。実際の道路での運転練習もないんだ。個人的にはもっと日数を増やし、路上での練習もさせるべきだと思うんだけどね。もし僕がプログラムを運営できるなら、ジョン・F・ケネディ国際空港までの道のりをドライブ試験として追加したいところ。



H:たった3日!? そんな凝縮されたスケジュールのなか、効率よく授業を進めるために工夫していることってあります?

A:同じ国出身の生徒たちを一緒に座らせる。そうすれば同じ言語でお互いに助け合うことができるからね。あとは、賢い生徒とそうでない生徒をあえてペアにする。

H:なるほど。賢い生徒がそうでない生徒に教えてあげられるから?

A:うん。この方法は、25年間ずっとやり続けている。

H:教官の教え方はカリスマと呼ばれていますが、なぜだと思います?

A:なにより生徒の気持ちを深く理解できているからじゃないかな。僕の第一言語は英語だし、在米歴も30年。けれど、中身は生徒と同じ移民だ。言語の壁も理解できるし、つらい経験にも共感できる。だから他の教官みたいに上から目線じゃなく、個々の能力に合わせて生徒たちの母国語で、“運転以外の大事なこと”も指導する。移民としてやって来て、生計を立てるためにタクシー運転手として働いていた経験があってこそのこと。

H:自身が移民である側面も一役買っていると。“運転以外の大事なこと”とは、接客サービスのスキルとか? 人種のるつぼだし、24時間眠らない街だもの、変わった乗車客も多いかと。

A:「お客にはナイスにしないと稼げない」と指導する。シンプルなことさ。クレームがいって、せっかく取得した資格が剥奪されたらたまったもんじゃない。お金の源は乗車客。“thick skin(シック・スキン)”を持つことが大事だ。

H:(シック・スキン…ぶ厚い肌?)

A:シック・スキンとは、自分にぶつけられる批判に対しても神経が図太いことを意味する。つまり、ある程度のお客からの文句は聞き流せるくらいじゃないと、この仕事はやってられないんだ。すぐ怒ってしまうようなら、タクシー運転手には向いていないね。

H:ニューヨーカーってせかせかしてますから、「タラタラ走ってんじゃねーよ! 遅れるだろっ(渋滞でどうしようもないのに)」や「わざと遠回りしてんだろ(道間違えただけです…)」なんて罵倒ありそうですもんね。タクシー運転手ってかなりの忍耐が必要そう…。

A:そ。僕も昔は見た目のせいでよくテロリストなんて呼ばれていたけど、全然気にしなかった。ニューヨークでは、差別も人生の一部なのさ。それに罵られたって、もう二度と会わないからね。タクシー運転手ってのは、バスの運転手にサイクリスト、歩行者、みんなに罵られる嫌われ者なんだ。あ、でも雨の日と雪の日だけは感謝される。



「一番難しいのは地理を覚えること。でもぶっちゃけグーグルマップがあるし、覚えなくていいと思うんだ」(パキスタン出身のムハンマド、左)。
「ガソリンスタンドやレストランで働いてたんだけど、もっとお金を稼ぎたくて。しかも上司がいないから、自由にやれるだろう?」(パキスタン出身のムザファー、右)。


エージェイ「これの答えはこう。これであってるかぁ?」生徒「イエース!」。6ヶ国語が飛び交う。

H:そういうことを事前に聞いて身構えておくのでは心持ちが全然違いますね。プロのタクシー運転手に必要な素質は、忍耐と…。

A:忍耐、忍耐、忍耐。昔はタクシー運転手といえばセラピストのようだった。乗車客から家族や友人、上司の愚痴なんかをさんざん聞かされたよ。なんてったってもう二度会うことのない相手だ、本音が出るわ出るわ。でもいまの時代、みんなスマホに夢中でしょ。コミュニケーションは昔ほど取らなくなったけど、生徒には「お客さんと話すことが“無料の英語クラス”だから話しかけるように」といつも教えている。

H:車中が英語教室か。お金を稼ぎつつ英語が上達すれば、一石二鳥ですもんね。理想的なイエローキャブの運転手とは?

A:英語が話せて、交通ルールを守り、礼儀正しく、マンハッタンの道に詳しいこと。英語が話せるといったって、ヘミングウェイの小説を読めと言っているわけじゃないんだから、流暢じゃなくてもいい。ただ、コミュニケーションが取れるくらいの英語は必要さ。

H:コミュニケーションを取ろうという積極性が必要だと。

A:彼らの国では「プリーズ(どうぞ)」「サンキュー(ありがとう)」「エクスキューズミー」「ソーリー」「ハヴ・ア・ナイス・デー(良い一日を)」などを頻繁に言う習慣があまりない。だから積極的に言えと、口を酸っぱくして言う。

H:お客を乗せるわけだから、チップのためにも最低限のマナーは必要ですもんね。

A:あと、農村部出身の生徒たちはデオドラントを使う習慣がないし、高級品だからとこっちに来ても使わない。

H:狭い車中を共にするわけだから、臭いのエチケットも重要。だからさっき「毎日風呂入れ」って叫んでたんですね。生徒の国籍もそうですが、年齢もさまざまだそうで。下は19歳から上は75歳。これだけの年齢の幅にはどう対応していますか? 教え方を変えたり?

A:そりゃあそうさ。19歳の若造にあわせたテンションで、75歳の生徒に怒鳴ったりできないからね。若い子は、脳が新鮮で新しい情報を吸収しやすいから教えやすいけど、特に高等教育を受けてきた年配の生徒にはプライドがある人も多くて、教えにくい。あ、これ、ここだけの話ね。

H:75歳の生徒(すごいな…)。言葉の壁のせいでまったくコミュニケーションが取れない生徒はいました?

A:そりゃあいたさ。アラブ語と中国語を話す生徒。彼らとは翻訳機を使ったり、その言語を話す別の生徒に助けてもらったり。

(取材途中、生徒の一人が菓子箱を抱えてやって来たので、ウルドゥー語で話し出す教官)

A:彼はちょうど試験に合格して、みんなのためにクッキーを持ってきてくれたんだ。これ、この教習所の伝統行事で、試験に受かった生徒がこうやって土産を持って来てみんなで食べる。君たちも食べて。

H:いただきます。先生と生徒たち、仲良いですね。

A:そうだね。生徒の家族とも仲がいいから、結婚式に招待されることもしばしば。昔、生徒の二十歳の誕生日をすっかり忘れちまったことがあって。その生徒、怒ってしばらく学校に来なかったからもんだから、お詫びにケーキを買ってみんなで教室でパーティをしたこともあるよ。

H:家族のような関係性。

A:でもいい話ばかりじゃない。僕の教え方が厳しすぎたらしく「兄さんは銃を持ってんだ! お前なんか撃ってやる」と脅してきた若造がいたし、ある生徒の親からは「先生の教え方は厳しいから、息子をもう学校には通わせません!」と電話があった。でも、厳しいのにはきちんと理由がある。米国での職歴がなく英語も話せない移民が仕事に就くのは簡単なことじゃない。厳しく指導し、一人前に育てる。そうすれば彼らはちゃんと稼げるようになるから。

H:愛のムチ。

A:移民、特に不法移民だと、市の最低時給を大きく下回る低賃金で働かざるを得ないケースが多い。一方で、タクシー運転手という職は、週60時間労働で最低1200ドル(約13万円)は稼げるんだ。口うるさい上司がいなくて稼げる、おまけに長期休暇も取りやすい。移民にはまだまだ人気の仕事だね。

H:でも、最近はウーバーやリフトといった配車サービスにイエローキャブ業界は押され気味だと聞きます。

A:そうだ。でもいま、渋滞緩和やタクシー運転手の収入の底上げを目的に、配車サービスの営業許可の新規発行を停止して、台数制限がおこわれている。だから、配車サービスからイエローキャブに転向する人が増えているんだ。

H:イエローキャブに明るい兆しが。確かに、イエローキャブ専門の配車アプリ「ワーベ」も登場しましたし。教官は、普段イエローキャブ使います?

A:たまに使うんだけど、だいたいいつも元生徒に出くわすね。「教官からは乗車賃を取れません」なんてふざけたこと言いやがるから、よく口論になるよ(笑)。そんなときは「君はお金を払って僕の授業を受けていただろう? だから僕はお金を払って君のタクシーに乗る」と説得するんだ。後ろに座られると緊張するから、と助手席に座らされることもしばしば。危険運転したときには、つい注意しちまうね。


口コミではなく、オンラインで知ったと言うインド出身のハーネック(45) 。
「エージェイ教官はベリーグッド。運転技術についても生活の悩みについても、いつもパーフェクトな答えをくれる」 。


H:卒業した生徒とは、いまも連絡を取っていたり?

A:向こうからね。「◯◯ホテルはどこでしたっけ?」「免許更新について質問があります」だったり、昼夜問わずひっきりなしに電話が鳴る。だから最近は、寝るときは電源を切ってる(笑)。

H:生徒にとって教官はグーグル先生でもある(笑)。では最後に。ニューヨークの顔ともいうべき、イエローキャブの魅力を一言。

A:ニューヨークを代表する映画にはいつもイエローキャブが登場する。ウーバーはわざわざ映らない。観光に来たって、ウーバーの車の写真を記念に撮ったり、ウーバーが描かれたマグカップをお土産で買うこともないだろう? イエローキャブは、キング・コングやエンパイア・ステート・ビルに並ぶニューヨークのアイコン的存在さ。

H:そんなアイコンを運転するドライバーを育て上げることは、教官として誇りかと。

A:いかにも。先月インドに一時帰国するための飛行機で、たまたま30人から40人の生徒が乗っていた。20分おきに僕のところにやって来ては、握手を求めたり足に触れてきてね。

H:え、足に触れる?

A:インドの伝統的風習ね。尊敬に値する人の足を触る。

H:あ、なるほど。

A:それを見た隣の女性が「あんた何者だい?」って驚いてた。

H:移民としてこの国にやって来て、右も左もわからず苦労していた生徒が、一生懸命勉強して資格を取得し一人前の運転手になる。その道しるべを示してくれた教官に、感謝や尊敬の意を表すということですね。

A:そう。言葉では言い表せない幸せを感じる瞬間だ。アイ・ラブ・ディス・ジョブ。死ぬまで教えつづけるんだろうね、きっと。

Interview with Aj Gogia

Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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