大気中の二酸化炭素、95パーセント。最低温度、マイナス140℃。人が生涯で浴びる放射線量、地球の5000倍。地球に似ている、なんていわれる火星だが、あらためてこうやって数字を見るとおそろしい。だが、「人類の火星への移住」は、もはや夢物語ではなくなってきている。先月、火星に建てる「3Dプリンター製の家」が、NASAのお墨つきを得たのだ。キッチンもジムも完備、天窓からは火星の光景を眺められるという。
NASAが選出。3Dプリンターが30時間で建てる火星の家
生命体の存在しない不毛の地と思われていた火星にて、水が流れている証拠が発見されたのは4年前。“火星への移住”に期待を一層膨らますかのように、同年2015年、米航空宇宙局(NASA)はあるコンペを開始した。募ったのは火星に人類が住むことを想定し建てる「3Dプリンター製の住居デザイン」、「3D Printed Habitat Challenge(3Dプリンテッド・ハビタット・チャレンジ)」だ。使用する材料、構造の耐久性、気密性などの基準をもとに審査し、約4年に及ぶ熟考の末に優勝者が決まった。ニューヨークの建築デザイン事務所「AI SpaceFactory(AIスペースファクトリー)」によって開発された火星の家、「Marsha(マーシャ)」だ。
3Dプリンターで作られる火星の家「マーシャ」。
SF臭をプンプン漂わせてぬっとそびえ立つ円筒形は、らせん階段でつながる4階建て。各階は、宇宙飛行士の火星での任務と、彼らの快適な暮らしに適した造りとなっている。
1階:宇宙飛行士が使用する実験室。化学や物理の実験を装置や薬品を用いておこなう「ウェットラボ」を完備している。
2階:コンピュータを使用し分析をおこなう「ドライラボ」。その隣にあるのは、キッチンだ。
3階:水耕栽培ができる棚、浴室、ベッドと仕事用の机が合わさった睡眠用ポッド(業務後はベッドに寝転がり、家族とテレビ電話をしてまったり)
4階:フィットネスジムとレクリエーションルーム(天窓からは自然光が降り注ぐ。運動したり、チルアウトしたり)
マーシャの特徴は快適な家のデザインだけではない。建築過程も、だ。建設材料は火星由来。生分解性でリサイクル可能な天然素材の玄武岩(げんぶがん)といい、数十億年前に噴火した火山によりできた火山岩で、火星の表面から採取可能だ。地球からわざわざ材料を運ばずとも、現地にて無料で現地調達できる。そして、建材をつくるのは3Dプリンターだ。また、玄武岩はNASAの衝撃試験にて、ほかのコンクリート製の素材よりも耐久性があることが証明されており、人体に影響を及ぼす宇宙空間の大量の高エネルギー放射線にも効果的だという。
飛行士たちの精神面もサポートする家づくり
約30時間で建設される火星の家、マーシャ。屋内の気温は常に一定に保たれ、また照明調節システムも完備されているから、24時間周期の日照のリズムがない、つまり“昼夜”がない宇宙でも、地球と同じような光を再現できる。この仕掛けは、「宇宙飛行士たちの最善の健康状態を保つためです」。
宇宙での暮らしは過酷だ。地球から隔絶されることで感じる孤独感や、死と隣り合わせの環境が引き起こす緊張感。さらに、各国から集まる宇宙飛行士たちは、異言語や異文化を持つ仲間とのコミュニケーションが求められる。その状況下で、長期間を狭く閉鎖された空間にて共にするとくれば、ストレスは避けられない。マーシャは、そんな宇宙飛行士たちの体と心の健康を気遣うようデザインされているのだ。
ストレスを感じれば、2階のキッチンで気分転換に食事をたのしみ、4階に駆け上がればエクササイズで汗を流し、レクリエーションゲームにも没頭できる。設置された窓も重要な役割を果たすという。各階には大きな窓があり、宇宙飛行士たちは、全階あわせて360度の風景を眺めることができるのだ。開発チームにてデザインを担当したジェフェリーいわく「日々変化する風景を眺められる窓は、宇宙飛行士たちの精神に悪影響を及ぼす“単調さ”を緩和するのに役立ちます」。こうした宇宙飛行士への工夫がなされたマーシャの建設によって、ストレスフリーな生活が期待される。
開発段階のマーシャのプロトタイプは、火星用に想定しているサイズの3分の1にすぎず、プロセス全体を完全に自動化するにはまだまだ改良の余地がある。 火星で建設するという次のステップに進むため、まずは2019年秋頃にマーシャの地球版「TERA(テラ)」をニューヨーク近郊にて建設予定だという(滞在予約も受けつけるとか…)。
建設の実現可能性に加え、飛行士への肉体面はもちろん、精神面でのサポートも視野に入れ設計されたマーシャ。メンタルヘルスが重要視されるいま、火星の家も宇宙飛行士のメンタルをより一層考えている。そんな現代感もリンクして、人類の火星への旅もぐっと現実味を帯びてきている。
今年秋に建設予定の「TERA(テラ)」。
All images via AI SpaceFactory
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine