3,000円のファイトマネーで裂ける胸。メキシコのプロレス「ルチャ・リブレ」憧れる“痛みのリング上”

Share
Tweet

タコスにテキーラ。メキシコといえばで思い浮かべるのはまずこの二つだろう。是非とも三つ目にはこれをあげてほしい(というか知ってほしい)。“自由な戦い”ルチャ・リブレ、メキシコのプロレスを彼らは覆面をし3,000円というファイトマネーでリングへあがる。そしてその多くは、昼間は歯科医に牧師だったりと二足のわらじでルチャドール(ルチャ・リブレのレスラー)という一時に挑む

普通の人も目指す「ルチャ・リブレ」

 ルチャ・リブレはマチズモ(男性優位主義)な社会であるメキシコにおいて、サッカーと同等に老若男女に愛される国民的スポーツで、日曜日の家族デーの過ごし方としてもルチャ観戦は人気の一択だ。近年、海外ファンの増加や、観光の目玉として知られるために観光客の姿も多い。年齢や性別、肌の色関係なく、会場が一体となって四角形に向かって熱をあげる、メキシコにおける究極のエンターテイメントなのだ。
 なので、「メキシコに移住してきてすぐ、ルチャが持つその不思議な魅力に取り憑かれた」という写真家がいても不思議ではない。現在もメキシコに腰を据えるドキュメンタリー写真家セイラ・モンテス・ゴンサレス(Seila Montes Gonzalez)、たまたま友人に連れられて初めてのルチャ・リブレを観戦の日から今日まで、覆面レスラーらを捉えてきた。

heaps2
©︎Seila Montes Gonzalez

 ルチャ・ドールらは全員が超人ではない。たまに大男や筋肉質の美しいレスラーもいるものの、「多くは小さくてちょっと太ってて、いうなればずんぐりむっくり」。これこそルチャ・リブレのおもしろみだ。小さな頃からルチャ・リブレをみて育ち、男の子は大抵一度はレスラーに憧れる。“普通の人間”が魅了され、鍛錬を重ねてリングを目指す。早い者は13歳でジムに入りトレーニングをはじめるが、人生半ばに差し掛かった“おっさん”の挑戦者も少なくない。だからこそルチャ・リブレの特徴の一つに、他国のプロレス業界に比べて、レスラーの数が桁違いに多いというのがある。

 その中から国民の人気を勝ち取りトップのレスラーへ駆け上がり、それだけで食べていけるレスラーは、タコスのみじん切りの玉ねぎほどにほんの一握り。セイラが捉えたルチャドールたちもまた、二足のわらじのレスラーたちであり、彼女はリングの外のレスラーたちの日常生活をドキュメントした。

夜はリング、昼は「タコス売り」のルチャドールたち

「ある時、引退レスラーの話を聞く機会があったの。現役当時、リングの上で崇拝されていた彼も、暮らしを立てるために路上でタコスを売っている、って。リングの上と外にの間にあるそのコントラストに驚いたわ。そしてそれ以上に驚き惹かれたのは、現役か否かは問わず、彼のようにリングの外でも生活のために闘っている人がたくさんいるってこと

 その多くがタコス売りや日用品売りという日当暮らしだというが、「例外もあった」。もともとドラッグ中毒者だった男が、現在は“神父レスラー”として昼間は神父、夜はリングに上がっている(ちなみに彼が稼ぐファイトマネーは孤児たちのために使われている)。40年以上綿織り師として昼間はせかせか働く男もまた、夜はリングに上がり己の体で会場を蒸気で包んだ。歯科医と兼業のレスラーは、リング上でマスクを取られた*のを理由に嫁に逃げられるハメになった、なんていうトホホなストーリーも。

heaps6
神父レスラー。©︎Seila Montes Gonzalez
heps9
綿織り師レスラー。©︎Seila Montes Gonzalez

*レスラー同士の決着戦として、お互いの覆面を賭けた試合マスカラ・コントラ・マスカラ(Máscara Contra Máscara)が行われることがある。また、素顔のレスラーの場合、自らの髪の毛を賭けた試合を行う。

入団テストは「観客前で痛めつけられろ」

 ルチャ・リブレは目指すものなら誰でも受け入れる寛容さがあるが、条件として入団テストをパスしレスラーの免許を手に入れる必要がある。その入団テストだが、合否の決め手は身長や体重、あるいは運動能力ではなく、痛い思いをして観客をたのしませる覚悟があるか。話を聞いた元トップのルチャドール(Ernesto Barquet、アーネスト・バークエト)の実際の入団テストは、「そのジムの試合に参加し、見せ場をもらう。その見せ場で自分が何を“されるか”を、三択から一つ選ぶ。一つ目、30人のレスラーに胸を平手打ちされる。二つ目、ビールケースで思いっきり頭を殴られる。そして三つ目、尻の鞭打ち」。胸の平手打ちが一番マシそうだと選んだが「3人目で胸が裂けて流血。もちろんこの選択を後悔した。でも、途中でやめるわけにはいかない。テストは痛みに耐え、それによって観客をたのしませることができるのかということを見られる。ルチャにおいて、人はスーパーヒーロなんて求めていない。正真正銘の人間の、生臭くも夢のあるスリルと熱狂が欲しいんだ」。

 その覚悟は金銭と引き換えになるものでもない。というのも、「なりたてのファイトマネーはだいたい1,000円程度。平均は3,000円くらい、か。メキシコだと、この金額はかなり安いというわけでもないがこれで生計を立てられるわけがない。だから、痛い思いをして大金を稼ごうという話でもない。トップのレスラーになれるまでは稼げないし、トップのレスラーになれるまでに何年かかるかはわからない。そもそもなれる保証はもちろんない」。時には遠くの土地で試合をするために、ポケットマネーでやりくりしてプラマイゼロ、なんてことも珍しくないという。

heaps7
heaps8
heaps4
©︎Seila Montes Gonzalez

 その、どうしようもない物好きのレスラーたちが見出すルチャ・リブレの美学とは「対戦相手を心から信頼して互いを痛めつけあい、ともにつくりあげる唯一の格闘競技であること」。純粋に勝ち負けを争う格闘競技ではなく、ルチャ・リブレは「筋書きのあるエンターテイメント」である。力の限りで蹴り倒せばノックアウトして試合終了、それはルチャ・リブレでは許されない。一ラウンド目はこういう流れでどちらが勝ち、その次は…と観客の手に汗をにじませ、ギリギリまでスリルを感じさせ、声の限りに叫ばせてこそ、初めてそのリングは成功試合とされる。それゆえ、対戦相手とは、対敵であると同時に筋書きのうえで観客に本気のスリルを叫ばせる共謀者だ。おもしろいことに「信頼している相手との試合こそ、ルチャは最高のエンターテイメントになる」という。互いを殴り蹴り、落として潰しながらお互いを信頼してともにつくる、ルチャ・リブレのリングでしか得られない凝縮の一時。
 セイラが捉えた「タコスを売りながら、あるいは弁護士や歯科医などの生業を持ちながらも、単純にルチャが心の底から好きで副業としてレスラーになる人たち」のように、二足のわらじのルチャドールは後を絶たない。 

Interview with Seila Montes Gonzalez(phtographer),
Ernesto Barquet (Former Luchador)

heaps1

Photos by Seila Montes Gonzale
Text by HEAPS, Editorial Assistant: Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load