「『トッカ・ボッカ』という名前に聞き覚えのないあなたは、現代の子どもたちと接したことがない証拠だ」
そう言わしめるのが、スウェーデン発ゲームアプリ「Toca Boca(トッカ・ボッカ)」。有料子ども向けアプリゲームにして、2011年の配信開始からシリーズ累計2億ダウンロードを記録*。ヘアサロンにクッキング、ファーミングに獣医さん体験など、いわゆる「教育アプリ」が子どもに大ウケしている。それは、裏を返せば「ダウンロードする“親”が子どもにさせたいゲームアプリ」ということでもある。まったく新しいやり方で人気ゲームを量産するその姿に“アプリゲーム界のアップル”とも称されるトッカ・ボッカに「子どもにも親にも支持されるゲームアプリ像」を探る。
*子どもだけでなく大人まで席巻した「ポケモンGO」のダウンロード数は、7億5,000万(昨年6月)。
説明書ナシ、“正解のない”奇妙な世界観
子どもをもつ親のスマホ、アイパッドに高確率で入っている最近人気のゲームアプリ「トッカ・ボッカ」。カットやパーマ、カラー、スタイリングなどを自分でチョイスしヘアスタイルをアレンジできるベストセラーの「トッカ・ヘア・サロン」や、材料も調理法も自分次第でお客さんをおもてなし「トッカ・キッチン」、子どもたちが化学者に扮し18の元素を探す「トッカ・ラボ」など、日常生活に基づいたテーマのゲームが現在39種展開されている。
メインターゲットは6歳から9歳。ゲームに登場するのは、長いまつ毛の男の子や、パステルカラーの眉毛に青い鼻の女の子。肌や髪、年齢、服装、色使いに到るまですべてがごっちゃ混ぜで、彼らの言葉を借りるならば「quirky(奇妙)」な世界観。ただし、それはカオスではなく計算された奇妙だ。“主人公っぽい”キャラ、女の子は〇〇、男の子は〇〇、かわいい子はストレートヘア、などの一切のジャッジをキャラクターから排除している。そんなわけで、あらゆる自由をキャラクターに許すと奇妙になる(でも、鼻の青い女の子って。鼻はいつも肌色と決められているわけでもない、か)。ユニークすぎる面々から、誰でも必ず、自分に似たもしくは気にいりのキャラクターを見つけられるだろう。
「これまでの玩具やゲームの多くは、大人たちの先入観で固められたものでした。私たちは、そんな既成概念を覆し、子どもの創造性を刺激するようなアプリにしたかったのです」とは、今回取材に応じてくれたトッカ・ボッカの創業者の一人、エミル・オブマー。大人のあらゆる先入観を抜き、「子ども主導でつくっていく世界が、トッカ・ボッカの世界です」と話す。
トッカ・ボッカチーム。左がエミル・オブマー。
男の子にスカート、女の子も坊主OK。ジェンダーetc. 既成概念をフラットに
近年、ジェンダーフリーやジェンダー・ニュートラル、ジェンダー・フルイド(gender-fluid)*という言葉が市民権を得てきている。女性男性の区別を緩やかにしよう、性の境界線は曖昧でもいいという概念だが、トッカ・ボッカが次世代の子どもと親にヒットした理由が、この「ジェンダー・フルイド」であることだ。先述したキャラクターの自由度につづいて、遊び方も従来から解放する。
*2016年に、オックスフォード英語辞典に追加された「性的流動性」または「男女両性」を意味する語。
「多くの親が、たとえば、ブロック遊びなら男の子向け、ビューティー系なら女の子向けと無意識に考えてしまいますよね」。確かに、既存のビューティーサロンゲームだと、女の子はつけまつげにリボン、カラーテーマはピンクといったところだろう。しかし、トッカ・ボッカでは、 “女の子はピンク、男の子は水色”の概念は存在しない。たとえばトッカ・ボッカの着せ替えゲームでは男の子がスカートを履くことができ、ヘアサロンゲームで女の子を坊主にスタイリングすることも可能だ。髪質も、サラサラヘアからウェービーヘア、櫛でなかなかとかせなさそうな縮れ毛の子もいる。
また、建築職人たちとブロックで建物をつくる「トッカ・ビルダー」。本来なら男の子向けに設定されがちな色使いやヴィジュアルなど「男女どちらの子にも魅力的に映るように」工夫されており(ブロックの色も好きに変えられるし)、職人たちも性別不明の生き物だ。でも、「明らかに“男の子”だったり、明らかに“女の子”なキャラクターも、当然存在します」。“男の子らしさ”だったり“女の子らしさ”を過度に削ぎすぎることがいいことだとは限らない。まして、“削ぐこと”が正しいというステレオタイプが逆に広まりかねないリスクもある。「そのバランスはとても難しいのですが、トッカ・ボッカの世界には、正解・不正解は存在しません。あくまで、さまざまなオプションを子どもたちに提示する。それによって、多様性を学んでほしいと思っています」。
正解・不正解という点で、もう一つの特徴として「トッカ・ボッカのゲームには勝ち負けが存在しない」。ゲームが一方的に決めたルールで判断される失敗、負け、ゲームオーバーという“不正解”がない。これもまた、「多様性をのばしたい」親から支持される大きな理由の一つ。どの子どもも自分のペースで遊び(ルールがないので遊び方も強要されない)、自分で「よくできた!」を決める。正解がない世界において、ルールや遊び方をつくり出すのは子どもたち自身の目と手と頭というわけだ。「これからの社会ではこれまで以上にクリエイティビティが重要になってきます。トッカ・ボッカはその創造性を育ててあげるのです」。
徹底的な子ども目線で破る「女子はピンクでなければ成功しない」
子ども主導のゲームを提供するため、徹底するのが「子ども目線に立ったゲームづくり」だ。「大人になっていくうちに、いつの間にかさほど重要ではなくなってくる感覚があります。たとえばスライムを触ったときのような“気持ち悪い”や“ぐにゃぐにゃ”。子どもにとってはこの感覚はとても大事なことなのです」。
子ども独特の感覚が鈍くなってしまった大人のトッカ・ボッカチーム、完全な子ども目線に立つため、ゲーム開発過程のモニターには子どもたちを起用する。「まずは、チームでコアコンセプトを決めます。そして制作過程のできるだけ早い段階で試作品をつくり、子どもたちの反応を観察します。彼らは正直ですからね」。さまざまな人種やバックグラウンド、年齢(6歳から9歳、ときには14歳まで)の子どもたちを呼び、実際にゲームで遊んでもらう。彼らの嘘のないフィードバックを元に、アイデアが実現可能かを吟味していく。また、“子ども目線”を学ぶのに日本のアニメもチェックしているらしく、『よつばと!』が特に参考対象とのコメントも。
作り手側である以前に子を持つ親であるエミル。トッカ・ボッカが子どもだけでなく親も満足させる理由を、「性別関わらず、男子も女子もみんなで遊べる点や、勝ち負けやジャッジがないから、子どもたちがフラストレーションを溜めないという点。だけれども一番は、私たちが提供する遊びを通して子どもたちが、彼らの先に広がっている世界を知って学ぶ、という価値観に共感したのだと思います」。彼らの足元から広がる世界を教えつつ、そこに踏み入るマインドをジェンダーはじめあらゆる創造性において限りなく自由に学ばせる、という価値観。既成概念やステレオタイプでジャッジせず(されず)自由に考える、を身体感覚のように身につけられる場所を、子どもが率先して触れる“ゲームの世界”に実現した。
キャラクターの性別も曖昧、勝ち負けも成果もわからないという、ゲームの既成概念を破ったトッカ・ボッカに対する親目線での共感は、トッカ・ボッカが社会に与えたインパクトを物語る。「ゲームアプリ業界では長らく、“女の子向けはピンクでなければ成功できない”と言われてきました。しかし私たちはそんな凝り固まった体制に新たな価値観を持ちこんだ。それだけに留まらず、新たな価値観を持ってしても成功できる、ということを示したのです」
Interview with Emil Ovemar of Toca Boca
All images via Toca Boca
Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine