表紙では愛車に横たわり半裸でキャンディをペロペロ、5月は裸にエプロンでろくろをクルクル、また6月は上目遣いにアヒル口の艶かしい表情で我々を誘惑。
いや、モデルではない、おっさんだ。
毎年ツッコミどころ満載の年間カレンダー、その名も『NYC TAXI DRIVERS CALENDAR(ニューヨークのタクシードライバーカレンダー)』。
そう、すべての“一枚”を飾るのはフツーのおっさんであり、全員ニューヨークのタクシー(通称イエローキャブ)のドライバーたち。普段はマンハッタンからブルックリンまでを縦横無尽にはしりまわる。そのおっさんらが一年に一度、その魅力をこれでもかというほど大放出する。
全米で大人気。「脱いでも全然スゴくない運ちゃんたち」のカレンダー
毎年、年の瀬(から年始)の時期になると、趣向を凝らしたカレンダーが世界で販売され書店にズラーっと並ぶ。なかでも話題を呼ぶのは『オーストラリアの消防士カレンダー』や『フランスの若き農夫カレンダー』などの、イケメンが重労働で鍛えあげた肉体美をこれでもかと魅せつける、一肌脱いじゃいました系のもの。思わず「ごちそうさまです」とこぼしてしまうほど、目の保養にはもってこいである。
ここニューヨークでも、それに負けじと異彩を放つ一冊が発売されている。『NYC TAXI DRIVERS CALENDAR(ニューヨークのタクシードライバーカレンダー)』。ニューヨークのタクシー、通称イエローキャブのドライバーたちをテーマに作られた一冊で、登場するのは全員タクシードライバーたち。消防士や農夫と明らかに違って、全員脱いでも全然スゴくない。でも…年相応で引き締まっていない身体やまんざらでもない表情が、変にツボを突いてくる。うん、嫌いじゃない。妙な魅力があるんだよな(いや、例えがわるいがクサイけどもう一度嗅ぎたい、的な)。そしてそのカレンダーがいま、全米だけでなく世界30ヵ国で販売中の大人気ぶりときている。せっかくなので、カレンダーを作った夫妻と(好き好んで自主的にカレンダーを制作)、制作裏話について聞きながらイエローキャブの運転手の魅力を探ってきた。
HEAPS(以下、H):マイナス5度のなか、わざわざ来ていただいてありがとうございます。えっと、2人は夫婦。
Philip Kirkman(以下、夫):そう、7年前に出会って3年前に結婚。お互いのユーモアがすごい似てて、すぐに意気投合。
Shannon Kirkman(以下、妻):夫は5年前に金融系の会社を脱サラして、いまはライター兼ディレクターに。私は去年動物救助の仕事を辞めて、副業でやってたフォトグラファー活動に本腰を。いまは2人とも時間をカレンダーに費やしているの。
H:前職を辞めてまでっ!というか、カレンダー制作に1年も費やすの?
夫:まさか。カレンダーとは別で、他のプロジェクトにも精を出してるんだ。カレンダー制作は毎年夏あたりから始動。費やす時間は撮影に6週間、編集に2週間。トータル約2〜3ヶ月ってとこかな。で、その年のカレンダー制作が終わったら、すぐに翌年のアイデアを考えはじめる。
妻:写真撮って、ぺぺっとフォーマットにはめて、はい印刷! って思うかもしれないけど、実は結構労力を使うのよ。
H:初めてカレンダーを作ったのは、2012年のこと。最初からドライバーたちを題材に?
夫:いや、最初は兄への冗談交じりのプレゼントとして制作したんだ。だからモデルはイエローキャブの運ちゃんじゃなくて、兄。
妻:本人が大喜びにくわえて、周囲からもウケたしアイデアもおもしろいじゃんってことで、ニューヨークといえばの職に就く人を題材に、本格始動しようってことになったの。
H:ノリからはじまったんですね。で、なぜイエローキャブの運転手をチョイス?
夫:ニューヨークの象徴といえば、自由の女神、エンパイアステートビル…
H:そして何よりイエローキャブ。
妻:イエス! 1番に思い浮かんだのがイエローキャブの運転手。彼らは街のシンボル的存在で、生活の一部。生粋のニューヨーカーも旅行者もお世話になってるのに、その実体ってあんあまり知られていない。それに、正直悪い印象もあるじゃない。普段後部座席からしか見れない彼らにフィーチャーして魅力を探っていくのは、おもしろいんじゃないかってね。
H:いまでは全米と世界30ヵ国で販売中の人気ぶり。当初、想像できた?
妻:まさかっ! 予想外の売れゆきで、たまげちゃった。正直これまで何枚売れたかわからないくらい(笑)。
夫:初めて販売した2014年度版は、3日で完売だよ。送付作業はリビングで2人でしてたんだけど、とても間に合わない。ビールをご馳走するからって友だちを呼んで、徹夜で助けてもらったよ。
H:購入者ってどんな人が多いの?
夫:25〜35歳の購入者が多いね。冗談交じりのプレゼントとして送る人が多い印象。
妻:この前なんか「95歳のおばあちゃんへの誕生日プレゼントなの」ってお孫さんからのメッセージが届いたの(笑)。14.99ドル(約1,700円)っていうお手頃価格なのもあって、プレゼント交換が多いこの時期にピッタリだと思うわ。
H:今年は7ヵ国出身の12人の運転手がセクシーにキメてます。人選ってどうやって?
夫:最初の年はネット広告で募集。でも結局7人しか集まらなくて、これじゃ7月までしか作れないじゃんって(笑)。
妻:運ちゃん選びって、思ってたより難しい。で、翌年からは前年の出演モデル(ドライバーたち)からの紹介からも探すようにしたの。
H:乗車客のフリして、直接口説いたりは?
夫:したことはある。でもその場では乗り気なんだけど、結局連絡が取れなくなるっていうパターンばかりで。 そりゃそうだよね。いきなり「もしよろしかったらシャツを脱いで、キャブに横たわってくれませんか?」って言われたってね…(笑)。なので、これまで直接口説けたのは、たったの1人。
H:ぱたっと連絡取れなくなるのはあるあるですね、急に母国に帰ったり*するし。ドライバーモデルが決まった後、プロセスはどう進んでいくの?
*ニューヨークのタクシードライバーには移民が多い。
妻:ずっと温めておいたアイデアを、どの運ちゃんのキャラや性格に合うかなって吟味する。
H:おお。
夫:たとえばね、表紙のアイデアはキャンディショップでキャンディを頬張る子どもにインスパイアされたものなんだよ。それを、ドライバーにやってもらったんだ。9月のアイデアはデリで買い物中に自分の顔を転写したケーキを持ってる人を見て。
妻:しかも撮影したのはちょうどモデルのハサンの誕生日月で。早朝6時からの撮影だったんだけど、終わった後、みんなで仲良くいただいたわ。
H:ドライバーたちって気難しい人が多いイメージ。
夫:そうだね、距離を縮めるのは簡単ではなかったよ。それに、ドライバーの96パーセントは移民なんだ。
妻:移民が多いということは、言語はもちろん、国民性も様々。保守的なドライバーたちもたくさんいたから、「ポーズが嫌」と断られたこともある。
H:そういったときは説得するんですか?
夫:自信を持ってポーズしてもらうことが大事だから、気分がノるまでひたすらお喋りするよ。仕事のこととか家族の話をして、距離を縮める。
妻:で、慣れてくる頃には「どうせなら俺のこんな表情はどうだ? キャブの上にでも乗ってみるか?」なんてノリノリになってくるドライバーもいるの。掲載用のベストショットが撮れるのは、いつも一番最後。解き放たれたって感じで、表情が全然違うの。
今年は初の女性も!女性のドライバーはかなり珍しい。
H:解き放たれるドライバー。表紙の彼、大分解き放たれてる印象です。
夫:アレックスね。撮影前にわざわざ自分のカラオケ動画を送ってきてくれたんだ(笑)。
H:自己アピールがスゴい(笑)。
妻:彼は表紙だなって思ったわ(笑)。
H:やっぱ、このカレンダーの醍醐味って、“脱いでも全然スゴくない”普段はただのおっさんの彼らがモデルだ、ということですよね。
夫:いかにも。
H:今年、1人だけズバ抜けたイケメンマッチョ君がいるんですけど…
夫:…僕らも知らなかったんだ。
H:え?
妻:まさかこんなイケメンが来るとは思わなかった。今年のモデルも全員、前年出演したドライバーたちからの紹介で。髭が特徴とは聞いていたんだけど….当日現場に到着すると、彼がいた。イケメンマッチョの彼が。でも、多様性を大事にしたいから、たまにはイケメンマッチョが登場したっていいじゃない? って。
そのイケメンが彼。
H:多様性。
夫:僕たち、イケメンマッチョしか載せない消防士のカレンダーを作ってるわけじゃあない。いろんな人種に体型、幅広い年齢層のモデルを起用した方が、紙面としておもしろみが出る。あと、選択肢がないってのも正直なとこ(笑)。
H:と、いいますと?
妻:ニューヨークの消防士カレンダーは、オープンキャスティングでガンガン募集してガンガン面接選考をしてる(しかも応募者も多いらしい)。さっきも言った通り、こっちは全員紹介だから、選べない(笑)。
H:だから、イケメンマッチョ君が来ちゃった(笑)。ちなみにドライバーたちって、自分の仕事のこと、どう思ってるんだろう?
夫:自信を持ってる人もいれば、そうでない人もいる。初めての年にモデルとして登場してくれたドライバーは、マスクをしての撮影だった。
妻:仮面武道会みたいなアレね。
夫:母国ではそこそこの仕事に就いてたみたいで。哲学博士の学位も持ってた。だから家族に、自分が出稼ぎ先でタクシーの運転手をしてるって知られたくかなった。プライド的にね。
H:胸を張って運転手といえない人もいる。被写体としての彼らの魅力って何だと思います?
妻:座って運転するだけなんて簡単と思う人もいるわ。でもマンハッタンを運転するってかなりストレス。私たちがやりたくないことを、彼らはやってくれている。嫌々だったとしても、自ら買ってでてくれる彼ら、全員魅力的よ。
夫:一人ひとりにストーリーがあって、みんな家族のために必死に働いている。この前撮影したドライバーは12時間週7日で働いて、家賃以外は全額母国に残してきた家族に送ってるって言ってた。
H:12時間を週7日!?
妻:ニューヨークで生まれ育って9〜5時の仕事をしてる人たちにとったら、とてもそんな働き方できやしない。でもこうやって一生懸命働いてくれる運ちゃんたちのおかげで、私たちはマンハッタンを自由に行き来できる。いま、アメリカは移民にとって暮らしにくくなっている。だからこそ、このカレンダーで彼らの存在を主張することって、そういった状況でも大事だと思うの。
H:なるほど。だから販売収益は、移民福祉団体に寄付してるんですね。でも、近年ウーバーやリフトといった配車サービスの登場で、イエローキャブは押され気味。
夫:タクシー業界は頭を抱えているよ。僕たちとしてはもちろん、ニューヨークの象徴として生き残ってほしいよ。
妻:5月に登場したルイス、実は一瞬だけウーバーに乗り換えたらしいの。でも「肌に合わなかった」って、すぐにイエローキャブに戻った。
H:イエローキャブに出戻りする人、多いですよね。最後に。カレンダーはやっぱり紙がいい? デジタル版もつくる予定は?
妻:電子書籍って、便利よね。軽くて持ち運び便利だし、ボタン一つで新作が読める。でも個人的には実際に手に持って、あのページをめくる感じが好きで。カレンダーも同じで、一つ一つ予定を書き込んだり、月が終わる度にページをめくる。そういったフィジカルなものが好きな人にはいいよね。
H:毎月毎月、めくっては新たなドライバーに出会う。めくっちゃいたいけど我慢してひと月待つのも、いいです。
夫妻:ありがとう。今後も12個の最高のアイデアが思い浮かぶ限り、カレンダー制作を続けていくよ。肉体美よりもユーモア重視で、購入してくれた人たちが笑顔になれるように。
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Photos via Shannon Kirkman
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine