それまでにも存在したが、2015年に起きた難民危機*で拍車がかかった「難民・移民問題」。特にヨーロッパでも受け入れに寛容だといわれてきたドイツは揺れに揺れている。先月行われた総選挙では、「難民を排斥せよ!」の極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進。12.6パーセントの得票率と94議席を獲得し、結党から4年で連邦議会に入ってしまった。悲しきかな、難民・移民に対する憎悪は増しているように思える。
*地中海やヨーロッパ南東部を経由して100万人以上の難民・移民が欧州へ。それに伴い引き起こされた社会的・政治的危機。
「“移民”という言葉にネガティブなイメージが含まれているのは、百も承知。だけれども実際の移民たちは、“ただ生国の外に暮らす人”というだけで他の人となにも変わらないはず」。移民がひしめく街・ベルリン発、“毎号たったひとりの移民のみを特集する”マガジン『NANSEN(ナンセン)』の作者ヴァネッサはそう話す。彼女もまた、ニュージーランド生まれ・現在ベルリン在住の“移民”だ。
近年の難民危機以前から移民をテーマにした雑誌のアイデアがあった、と作者。「難民危機によって、以前にも増してヨーロッパだけでなく世界が難民・移民問題に関心を寄せるようになった。いまだからこそ、移民たちが辿ってきた歴史に耳を傾けて、彼らが安全に生活しやすくするために私たちに何ができるか考えるときだと思う」。前例なき「一号=いち移民」のマガジン制作に踏み切った。
記念すべき第一号を飾るのは、ドイツ旗がひらひらなびく自転車に咥えたホイッスルがトレードマークのおやっさん。ベルリンに住む人なら知っているという路上の有名人エイディンさんだ。トルコ*から移民としてやってきて49年の彼、ベルリンをはじめドイツにおける移民の権利を推し進めるため、毎日ホイッスルを吹き鳴らしながら市内各地を自転車で走っている。ただ、そのエキセントリックな行動が先行して「ほとんどの人が彼が何を伝えようとしているのか知らない」ので、マガジンでは一号丸々エイディンさんにフォーカス。ライフストーリー(両親の勧めで飛行機でなんなく“移住”してしまった)に、自転車おじさんをはじめたきっかけ(静かにデモをするベルリン市民を見て「もっと音楽かけて賑やかにやらないと!」)、現在の活動(ロリポップと風船をあげるため子どもたちの人気者)、移民ならではの日常(故郷からなにも持ってくる必要なんてない。クロイツベルクに行ったら、みんなトルコ人さ!)など、日常に埋もれた“ひとりの移民”の生のストーリーを綴じる。
*トルコ移民はベルリンの中核を成す移民。1960年代に労働者不足解消のため、政府が計画的に移民として招待したため、彼らとその子孫が多く残った、という背景がある。
「移民でない人は、さまざまなタイプの移民のライフストーリーを通して“移民に対する視野”が広がり、移民の人は“移民である自分自身に対する見方”が広がると信じているわ」
およそ2,000万人の難民も含め約2億4,000万人を超える移民が地球上に存在するといわれているだけに(かくいう筆者もその一人)、『ナンセン』のストーリーテリングはまだまだはじまったばかりだ。
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All images via NANSEN
Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine