この世に「トランプ」は一人で充分だ。
そんな声が聞こえてきそうなのも、いまフランスでは“女トランプ”と呼ばれる大統領候補がいるからだ。マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)、48歳。極右政党・国民戦線(FN)の党首で、ライバルであるエマニュエル・マクロン候補(39)とともに決選投票まで進んだ渦中のひと。
彼女の公約は、「反移民・反EU(欧州連合)・反グローバリゼーション」。
なんだなんだ、イギリスとアメリカに続きフランスまで…。支持者は頭の固い年配の保守派と思いきや、「若者たち」も多くいるというのだ。現代の若者思想とは対極にあるポリシーを掲げる女トランプを、一体なぜ支持しているのか?
「Frexit(フレクジット)」が現実になるか
イギリスのEU離脱「Brixit(ブレクジッド)」にはじまり、“アメリカファースト”のトランプ政権誕生、そしてルペン大統領候補が誕生したら実現されるかもしれない仏EU離脱「Frexit(フレクジット)」。
テクノロジーやグローバル化で国境が曖昧になった「外へ外へ」への風潮から、近年になって「内へ内へ」と自国第一主義的な思想が世界規模で高まっている。
「そもそもなんでルペンは若者に人気?」
「フランスがEUを離脱したらどうなる?」
「実際、若者の間でナショナリズムは高まっているの?」
現在、選挙の熱気に包まれた彼らの本音を知るべく、若者代表としてフランス在住のフランス人Pくん(22歳)に率直な疑問をぶつけてみた。
HEAPS(以下、H):先日(4月23日)に第一回目の投票が、そして5月には決選投票を控え、大統領選の熱気も最高潮に達していると思いますが。
P:最高潮だよ。狂気じみているくらいだ(笑)。カーラジオのどのチャンネルを回しても10秒おきに、ルペンか「マクロン」を連呼しているんだからさ。
H:Pくんはビジネススクールに通っているけど、クラスメートとか周りの同世代の子たちは今回の大統領選についてどう思っている?
P:ぼくも含めて周りはみんな反ルペン。「ルペンはポピュリスト(※)」と非難轟々、その彼女と一騎打ちするマクロン派だね。彼は親EU・リベラルで、若者の起業も応援、起業家への税金の優遇なども約束しているから、ぼくみたいなビジネススクールの学生に人気。
※大衆の不安や期待などを利用し感情に流される大衆の支持を集め、政治を理性的に判断するエリート層と対決する政治体制。大衆迎合主義。ドイツのナチズムやイタリアのファシズム、トランプ政権などがその例とされる。
H:ルペン支持層は「低学歴・ブルーカラー」といわれ、トランプの場合と似通っています。そして意外なのは「若者」の支持が多いこと。18歳から24歳の投票者の4割近くがルペン支持、というデータもあるけど、Pくんの周りにルペン派は?
P:一人いる。田舎に住んでいる幼馴染なんだけど、地元を出たことがなく日常的に移民と関わることもない保守的な子なんだ。彼を含めてルペン支持者たちは、「移民がフランス人の職を奪い、犯罪率を上げている。だから反EU・反移民だ!」という彼女の考えに同調しているよ。
実際には低所得者だけじゃなくて年配の金持ちビジネスマンの中にも支持者はいる。「純粋なフランス」を望んでいる心が狭い人たちで、他国からの輸入は受けつけず、自国からフランス製品の輸出のみをしたいという考えだ。
H:フランスでは、若者の失業率が高いと聞きました。そして、その鬱憤もルペン人気を後押ししていると。実際、若者はルペン支持の理由について何と言っていますか。
P:国内の失業率が高い原因は「EUと移民」と考えている若者が多くいるから、彼らにとってルペンの反EU・反移民姿勢はピタリとはまった。というのも、EU加盟国ならどこの国からでもビザなしでフランスに働きに来ることができるからね。”フランス人の雇用”を移民が奪っていると考えている。
それに、ルペンが政党を“穏健派”にしたことも大きなポイント(※)。過激で差別的な一昔前の同政党を知らない若い世代が、抵抗なく彼女を受け入れられるのかもしれない。
※国民戦線創設者で反移民・反ユダヤ主義だった父親(ジャン=マリー・ル・ペン)の悪いイメージを一掃しようとした。選挙ポスターの名前も、父と同じ苗字の「ルペン」を削除し、「マリー」だけに。
あと、おもしろいのは、彼女の庶民的なところ。セレブリティ人気が強く、国民には“遠い存在”にも映るマクロン候補に比べ、彼女は市井の人の目線に立つ。エリート層に国をコントロールされ不満だった国民には安心要素だよね。
これはまあ憶測だけど、ただ単に政治に「変化」がほしかったとか。戦後はじめて右派と左派の二大政党の候補者が敗れたことは、国民が“いつも同じ顔ぶれが政治実権を握っていること”に飽きてきたのかも。
H:ルペンは、若い“女性”にも人気だと聞きました。政党のパンフレットも女性誌のようにしたとも。
P:そうだね。彼女は、既存の女性像を打ち破って力強いイメージをアピールしたから。そういったフェミニズム要素を押して女性票を得ている。
H:では、ブレクジットやトランプ支持のように、フランスの若者たちの間でグローバル化よりもナショナリズム回帰を重視する風潮は感じますか? EUに対してはどういう思いなんでしょう。
P:うーん、一概には言えないかな、人によるし。ぼくや友だちはグローバル志向で、フランスがEUの加盟国であることはいいことだと思っている。EU内なら、旅行や留学、就職だってビザなしで自由にできて仕事や遊びの可能性が広がるからね。でも、たとえばさっきの幼馴染にとっては違う。海外に出てグローバルに、なんてサラサラ興味がない。そういう若者たちにはナショナリズムが芽生えているとも言えるのかな。そこを狙ってルペンは扇動する。
H:では若者に芽生えるナショナリズムは、ルペン支持層による一過性のもの?
P:そうかもね。彼らの多くは政党や公約についてきちんと理解せずに、周りの人や友だちの意見を鵜呑みにしてしまうこともあるから。雰囲気にのまれているというか。
H:仮にルペンが大統領になって、彼女が失業の根源と主張する「移民とEU」をフランスから取り除いたとします。すると経済は活性化し失業率は下がると思いますか?
P:そうは思わない。失業率の高さには別の理由があると思う。オートメーション化とか、セルフサービス化とか。それにアウトソーシングも。IT業界や自動車産業のね。でもEUから脱退したからといってアウトソーシングをしなくなるというわけでもなし。特に何も変わらないと思うよ。
H:イギリスのEU離脱問題では、残留派の若者たちによるデモなどが起こり混乱しました。もし、ルペンが当選してフランスも脱EU・反グローバルに向かったら、若者はどう反応すると思いますか。
P:おそらく暴動やデモは起きるだろうね。でも、だからといって、グローバル志向の若者がフランスから脱出するわけではないと思う。いまでこそ、ルペン政権が誕生したら国を去る人が多くなるといわれているけど、実際どうなんだろう。だってさ、トランプの時もみんな「あいつが大統領になったらカナダに移住する」とか言ってたけど、結局アメリカに残っているわけで。
とはいえ、グローバル志向のリベラルな若者や起業家は、いまからフレクジットを恐れている。それは確かだよ。
移民問題に経済低迷、まだまだ頭を抱えるヨーロッパ諸国。
ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」、イタリアのポピュリスト政党の台頭など「EU離脱因子」はふつふつと沸きおこっている。ヨーロッパの大国・フランスで女トランプ、ルペン政権が誕生したとしたら、次の反EU因子は一気に活気を帯びるのだろうか。さらに、「フランスの若者が支持する」という事実に、EU諸国の同世代は何を見るのか。一度狂った歯車は簡単には戻せない。
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Text by Risa Akita
Content Direction & Edit : HEAPS Magazine