わからないところがわからないんです…も致命的だが、「わかっていないことをわかっていない」よりはマシだろう。
かのソクラテスも「無知の知」、無知であることを知ることこそ真の知への追求がはじまる、といったように、まずは知らないということを自覚しなければ理解への道はない。
世界のあちこちで(日本もだけど)“いやだからそっちが間違ってるんだってば…”で両者譲らない論争が続いている。そんな国と国間において相手を理解するには?
この流れでいけば、まずはどれだけ相手の国についてを知らないかを肌で感じないと、頭上をとびまわるハエを払い退ける勢いで相手をシャットダウンする頑なな姿勢からは、脱せないだろう。
そのみんなの「無知の知」を“食”で手助けしているレストランがある。そのまま訳せば「紛争レストラン」という名の。
世界初、“紛争”レストラン
アメリカ、ペンシルベニア州ピッツバーグにあるレストラン「Conflict Kitchen(コンフリクト・キッチン)」は、訳すと“紛争レストラン”。この何とも物騒な名前の店の出す料理は、イラン、アフガニスタン、キューバ、北朝鮮、パレスチナ、ベネズエラの伝統料理や家庭料理。
すでにピンときた人もいるだろう。そう、アメリカと紛争中の“ワケありな国”のフードを提供しているのだ。
「アメリカと不仲の国の料理を食べることで、馴染みないその文化や政治を理解し探求してもらいたいのです」
コンフリクト・キッチン創設者でプロデューサーのJon Rubin(ジョン・ルービン)とDawn Weleski(ドーン・ウェレスキー)はそう語る。
ひらたくいえば「食を通してタブーな国のことをもっとよく知ろう」。政治・経済・環境・文化などさまざまな理由でアメリカと対立している国の料理に絞り、普段は話題にしない国について話してみる。
アーティストでもあるジョンとドーンはソーシャルエクスペリメントともパブリックアートともとれるような型破りな発想から、社会派レストランを生み出した。
FBIも立ち入れない未知の領域のご飯も
2010年のオープンからこれまで、6ヶ国の郷土料理を紹介してきたコンフリクト・キッチン。メニューの例を挙げてみると…。
・アフガニスタン:ラムの蒸し煮、Kabuli Palow(カブリ・パロウ)
・キューバ:芋のおかず、Yuca Con Mojo(ユカ・コン・モホ)
・北朝鮮:冷麺、Naengmyeon(ネンミョン)やビビンバ、甘い飲み物のデザートSujeonggwa(スジョングァ)
・パレスチナ:ひよこ豆のハマス、中東のサンドイッチShawarma(シャワルマ)
・ベネズエラ:シーフードのマリネ、ceviche(セビチェ)やお米のプディング、Arroz con leche(アロス・コン・レチェ)
どれも美味しそう。しかも安いものでは2ドル(約220円)、メインでも10ドル前後(約1100円)と誰でも気軽に試すことができる価格だ。
現在はインディアン部族国家「イロコイ連邦」の伝統料理をフィーチャー中。独立国として国連から治外法権が認められているイロコイ連邦は、FBIも立ち入りできないとされる未知の領域だ。一方で固有文化や人権の軽視も問題視されるコントラバーシャルな場所でもある。
「できる限り現地を訪れ、地元の人から食文化や作り方を習います」。コンフリクト・キッチンは過去にイラン、キューバ、パレスチナまで実際に足を運び、地元アーティストやコミュニティメンバー、シェフと交流、伝統料理を学んできた。
「食から食、家から家を渡り歩き、本当の味に触れました。そしてどの国にも“食でもてなす文化”がありました。アメリカにいると忘れてしまう大切な文化ですね」
北朝鮮亡命者の声も。現地人の本音をシェア
食を入り口に国を知る。しかし舌だけで歴史や文化は学べない。コンフリクト・キッチンが掲げるコンセプトのキーは、料理をくるむ“包み紙”に隠されていた。そこには各国で集めてきた生の声がびっしり。
「現地でのインタビューはコンフリクトキッチンの要です」。そう彼らが語るように、お客に渡されるパンフレットには食文化だけでなく、恋愛や結婚観、宗教、経済、メディア、女性の在り方、アメリカへの思いなどトピック毎に、現地の人の正直な意見が掲載されている。
アフガニスタン編ではタリバンやアルカイダ、キューバ編では社会主義、パレスチナ編ではイスラエルとの関係、ベネズエラ編では故チャベス大統領の独裁政権についてなど、ちょっと触れてはいけない話題にも言及。
入国できなかった北朝鮮編では韓国に住む脱北者に接触し、北朝鮮での子ども時代や亡命のストーリー、韓国で送る第二の人生について語ってもらうなど本格的なインタビューを行った。
あくまでも歴史の教科書やニュースでは得られない意見、その国民しか語ることができない本音だ。そこでやっと、どれだけ自分の知らない事実がそこにあったのかとハッとし、「もしかして….」と偏見を疑いはじめる。
対話ならなんでも歓迎?
彼らが目指す“食に触発されて生まれる対話”は、確実に実現されている。お客たちの会話は、料理名の発音の仕方からその国に対して持つステレオタイプについてまで、どんどん広がっていく。
だが時としては対話は思わぬ方向に向かったことも。昨年のパレスチナ編では、保守的なユダヤ系住民から「お前たちは反イスラエルなのか」と猛抗議を受け(パレスチナと対立するイスラエルはユダヤ系のため)、殺害予告まで届き一時店をクローズしたこともあった。
それでも彼らが続けていく理由。それは「知らない国について好奇心を持ってもらい、偏見を取り去ってもらいたい」という強い意思と、「食を通してその国のことがもっと身近に感じられた」というお客の理解が呼応するからだ。
舌は嘘をつかない。美味しいものは美味しい、それがどこの国の料理であっても。スポーツや音楽が世界の共通言語といわれるように「食」も通訳がいらない言語の一つ。
美味しい食をまえにゆるんだ偏見と差別に、そっとナイフを入れるようにその国の本音を差し込む。人間の本質を突いたキッチンは、無知の知を自覚させて壁を崩し、先入観を理解に変えるひとさじをくれるのだ。
Conflict Kitchen
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All images via Conflict Kitchen
Text by Risa Akita