あなたはいま山道をハイキングしているとする。片手には飲み干したドリンクの瓶。辺りを見渡すがゴミ箱が見当たらない。
「ゴミは各自持ち帰りましょう」。幼稚園の遠足から言われ続けた常識が頭にはあるのだが、重い瓶を持ち歩きたくない。いけないこととわかっているが、ポイ捨て…。絶対しないという自信、あるだろうか?
悲しいかな、世界中どこの山道にもゴミは存在する。だが、ある二人のバックパッカーがたどった道からは、ゴミが綺麗に消えているという。
ミッション:「ゴミを拾って長距離ハイキング」
“ザ・パックパッカー”といった風貌の男たちは、Seth Orme(セス・オーム)とPaul Twedt(ポール・トヴェット)。「ゴミ拾い」しながら全米をハイキングするプロジェクト「Packing It Out(パッキング・イット・アウト)」を遂行しているバックパッカーたちだ。
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Photo by Joe Dehnert
「ゴミを見つけたら何であっても拾うこと・拾ったら次のゴミ箱まで運ぶこと」というシンプルなミッションを背負い、2015年には米東部を南北にまたがる約3500キロの長距離ハイキングコース「Appalachian Trail(アパラチアン・トレイル)」を5ヶ月かけて完歩。
昨年はメキシコ国境からカナダ国境を結ぶ西海岸のPacific Crest Trail(パシフィック・クレスト・トレイル)にも挑戦したばかりだという。
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Photo by Seth Orme
前人未到のプロジェクトを生み出した26歳のセスに取材を申し込むと快諾、プロジェクトの全貌やバックパッキングの醍醐味を、キャンピングカーの中から話してくれた。
HEAPS(以下、H):こんにちは。もしかしてハイキング中?
Seth(以下、S):ヘイ! いや、いまは地元(ジョージア州)にいるよ。4月に自転車で全米縦断する予定だから、その準備中。
H:4月の旅も、ゴミを拾いながらでしょうか。
S:そりゃもちろん!
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Photo by Nico Schuler
H:徹底していますね。これまで、アメリカの二大長距離コースをゴミ集めしながら完遂しています。一体なぜこのプロジェクトを?
S:数年前アウトドアガイドをしていた頃、ポイ捨てされたゴミを文句を言いつつ拾っていて。で、思いついたんだ。「俺がゴミを拾って、この現状を変えればいいんじゃないか?」と。ガイド仲間のポールを誘ってはじめた。
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Photo by Paul Twedt
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Photo by Nico Schuler
H:ゴミ拾いって簡単そうに聞こえるかもしれませんが実際は大変なことだと思います。それにバックパッカーとしての経験もないとできない。
S:そうだね、俺は大人になってからバックパッカーになった。元々はスケーターで、そのあとはカヤックにはまって。屋内より自然にいる時間の方が長い。昨年は200日以上外にいたし。
H:もはや自然が家。
S:その通り。美しい自然をゴミが台無しにしてしまう。孫の世代のためにも自然は保護されていくべきで。「ぼくらの孫たちがゴミだらけの自然を見る羽目になるって?そんなの絶対いやだ」と思ったんだ。
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Photo by Nico Schuler
H:どちらの旅でも集めたゴミは500キロ以上。「ああ、またか」な定番ゴミは何でしょう?
S:タバコの吸い殻、ビール瓶にペットボトル、空き缶、お菓子の包み紙。トイレットペーパーも多いね。どっかから飛んできた風船もよく拾うよ。
H:もう拾いたくないとゴミは?
S:オムツ!それにビューラーや三輪車なんて変てこなゴミもあったし、革のブーツやマットレスなんてツワモノもいた。
あとこれはすごいと思うんだけど、1970年代の瓶。ガラスは分解されず土に戻らないから。
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Photo by Seth Orme
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Photo by Paul Twedt
H:40年もののビンテージ・ゴミ!ゴミを見つけたときってどんな気持ちなんでしょう。苛立ち、落胆、それとも慣れて何とも思わない?
S:ゴミをたくさん見つけた日は、悲しいよ。その気持ちを俺たちは“trash blues(ゴミの憂鬱)”って呼んでる。ゴミを黙々と拾い続けているときはみんな静かになるしね。でもね、拾ったらゴミはなくなってお終い。だからポジティブに考えてるんだ。
H:そもそも山道にあるゴミ箱の数って十分なのでしょうか。ゴミ箱がきちんとあれば、ポイ捨ても少なくなると思うのですが。
S:いい指摘だね。確かに、全然見つけられないこともある。実際、貯めたゴミを8日間担ぎ続けたこともあったさ。ゴミ箱に加えてリサイクルボックスも設置されたらもっといいよね。
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Photo by Chris Moore
H:体力的にもキツそうですが、諦めようと思ったことは?
S:ないよ。プロジェクトのゴールは、自分のゴミは責任持って管理してとインスパイアすることなんだ。みんなが実践してくれれば俺の役目はいらなくなるけどね。
H:その通りです。“自然がマイホーム”のセス、バックパックの中身教えてください。
S:意外と身軽だよ。水と食べ物で10キロぐらい。それに寝袋、ダウンジャケット、替えの長袖に靴下。ズボンと帽子は着た切り雀。
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Photo by Seth Orme
H:食べ物はどう確保してるんですか?
S:週に1回、麓までヒッチハイクで降りてスーパーやコンビニまで買い出しに行くんだ。ピーナツバターにツナ缶が主食。ポータブルストーブでお米も炊くよ。あとはエナジーバーの「CLIF(クリフ)」も。
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Photo by Nicholas Reichard
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Photo by Chris Moore
H:そのクリフはスポンサーにもなっているようで。アウトドア用品ブランド「Granite Gear(グラナイト・ギア)」や「Sierra Designs(シエラ・デザインズ)」もそう。どうやって大手企業のスポンサーを得たのか気になります。
S:グラナイト・ギアがプロジェクトを気に入ってスポンサーになってくれた。あとの会社へは俺たちの方からメールしてアプローチしたよ。
旅の前に彼らが食料をどっさり送ってくれるんだ。それを何日分かに分けて、通過ポイントの郵便局宛にあらかじめ配送しておく。
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Photo by Seth Orme
H:そんな方法があったとは!食には困りませんね。これまでの武勇伝を教えて。
S:そうだなー。水なしで40キロ歩き続けたこととか?マラソンの距離だよね。あとは54度の炎天下の中、砂漠で15日間風呂なし。野生動物との出会いもあるよ。トカゲにヘビ、クマとかね。怖くないかって?まあ俺たち週1しか風呂入ってないからクマだって近寄りたくないと思うよ(笑)。
H:(笑)。寝るのももちろん外ですよね。
S:うん。日が沈んで夜の8時半くらいに寝床に入る。そして鳥のさえずりで朝5時に起床。腕時計もしていないし、携帯の電源もハイキング中は切ってるんだ。
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Photo by Paul Twedt
H:あくまでも自然との対話を大事に、か。セスが考える、バックパッカーの醍醐味とは?
S:やっぱり山道での出会いかな。そこには浮浪者も元医者もいる。世界中から集まったどんな人種も、さまざまなバックグランドを持った者でも山道では誰でも“ハイカー”なんだ。
それにみんな自分たちのライフストーリーをシェアしてくれる。歩きながら食事をしながら、決して忙しい都市生活では聞けないような世界に一つだけの話を。自分の人生をバックパック一つに詰め込んで、一つの生き物として自然と向かい合いながらね。
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Photo by Nico Schuler
H:そのシンプルさは、ゴミを拾うという行為にも繋がっていますね。
S:俺の信念は、「Action Over Words(言葉より行動)」。意識していなくても一つ一つの行動が知らないところで誰かの行動を変えるかもしれない。
“環境大使(environment ambassador)”としてこれからもゴミ拾いを実践していくよ。来年は海外にも行きたいな。富士山でもゴミ拾いしたいね。
そこに山があるから登る、かのように「そこにゴミがあるから拾う」。シンプリシティの極限に包まれていたものは、自然を愛する男たちの素朴な決意だ。
Packing It Out
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Photo by Seth Orme
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Text by Risa Akita