「NYミシュランの95パーが顧客」行商からのぼり詰めた“トリュフディーラー”の高級きのこ販売ルート

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カゴいっぱいに入れた野菜を背負って売りあるく“行商のおばさん”ではないが。その昔、リュックサックにある高級食材を詰め込んで街中の一流レストランの戸を地道に叩き続けた青年がいる。いまではニューヨークのミシュラン店の95パーセントを自分の顧客にしてしまった

「鼻がなくなったら商売あがったり」。鼻が商売道具、15歳で一目惚れしたトリュフでのぼり詰めたトリュフディーラーの話だ。

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NYミシュラン店が惚れる25歳の“トリュフディーラー”

 高級フレンチ、ハイエンドイタリアン、ミシュランレストランなど、一流レストランに欠かせない食材が「トリュフ」だ。キャビア、フォアグラと並んで世界三大珍味、その姿と高値がつくことから“黒いダイヤ”とも呼ばれている超高級きのこ。グルメの最高峰が集まる街・ニューヨークの高級店の信頼を一気に集めるのが、今回の主人公、トリュフディーラーのイアン・パーカヤッサ(Ian Purkayastha)である。

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トリュフディーラー、イアン・パーカヤッサ

 15歳ではじめてトリュフを口にしたときから、トリュフがライフワークになった。舌の肥えた少年は「トリュフは美味い!」に止まらず、ネットでトリュフを取り寄せて地元のシェフに売りさばくように。足掛けすでに10年のトリュフビジネスマンだが、現在25歳とまだまだ若い。海外から旬のトリュフを取り寄せ自社の倉庫で慎重に保管、ニューヨークにある95パーセントのミシュランレストランに売りさばく。顧客のなかには、東京にも店舗をもつ有名仏シェフのジャン=ジョルジュ・ヴォンゲリヒテンや、ニューヨークラーメンブームの火付け役デイヴィッド・チャンの名も。

 トリュフというニッチなマーケットで、いかにして販売ルートをつくり、そして最高峰シェフたちを顧客につけてきたのか。トリュフディーラーの仕事術なるものを、独特の匂い漂う“トリュフ眠る倉庫”にて探る。

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トリュフの命は「7日間」、旬は週単位で変わる

 ニューヨーク・クイーンズ区にある倉庫。「FREEZER(冷凍室)」とサインが掲げられた銀の扉がガラリと開くと、冬のような冷気が漏れてきた。棚に鎮座する真空密封袋の中身は、黒と白のトリュフだ。「白は黒より高くて、1キロで6000ドル(約68万円)。ピーク時は週に20万ドル(約2,200万円)の取引になることもあります
 トリュフの育つ主な地域は、フランスやスペイン、イタリア、セルビアなどのヨーロッパ。石灰質の土壌で育つ地下生型の菌類で、まずは嗅覚の優れた犬を連れるトリュフハンターたちによって探し当てられる。通常の黒トリュフ採取時期は1月から3月、6月から9月にかけて、希少な白トリュフは10月から1月。イアンは、イタリアとハンガリーのトリュフブローカーと提携し、彼らがトリュフハンターから集めてきたトリュフを取り寄せている。トリュフの扱いづらさの一つに、まずはその旬の移り変わりの早さをあげた。

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トリュフの旬は、週単位で変わります。その時期の天候によってベストなトリュフが採れる土地が変化するので、ブローカーとの緻密に連絡が鍵ですね。今週はここの産地のトリュフがいいから注文しよう、みたいな感じで」。密な連携で週に2、3回仕入れたトリュフ、その保存もまた難しい。一番大事なのは室温だ。「トリュフの保存可能日数は、わずか7日間です。98パーセントは水でできているので、一週間を過ぎると水が蒸発してやわらかくなってしまいます」。旬も週ごと、賞味期限も7日間。トリュフは1週間が肝らしい。

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初トリュフはeBayで。ただし売り出し方は「行商スタイル」

 15歳の青年のビジネスは、レストランでの旨味体験に痺れ「通販サイトeBay(イーベイ)で個人購入」したことからはじまる。注文しすぎて余ってしまったトリュフを地元アーカンソー州のシェフたちに売り歩いたのが“初商売”に。「当時そんなに友だちもいなかったので、トリュフに熱中する毎日でした」。高校生になっても学生とトリュフビジネスマンの二足のわらじ生活は続き、オンラインで知り合ったイタリアのトリュフディーラーと連携。トリュフ売りとして米マーケットを任された。その後「高級レストランが星の数ほどあるニューヨークの方が需要がある」と7年前(つまり…18歳)に移り住み、数年後独立。トリュフディーラーなど皆無だったニューヨークのマーケットを開拓していった。

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 トリュフディーラーなど存在しない当時は、シェフたちが個々にネットでトリュフを取り寄せていた。先手必勝か、その誰もいないところに「トリュフディーラー」として入り込み、ほぼ全ミシュラン店の信頼を勝ち得てしまった。デジタルネイティブ世代だからテクノロジーを駆使して? と思いきや、意外にも「まずは、レストラン一軒一軒の扉を叩いて営業しました」と足を使って新規開拓。トリュフをバックパックにつめこみ、地下鉄に乗ってマンハッタンへ。料理店の裏口にまわって、商品(トリュフ)を見てくれないかシェフに頼み込み、自身が仕入れる新鮮なトリュフのよさについて熱弁、匂いを嗅がせる。「ランダムに売り込みが来るのを嫌がるレストランはいまでもありますが、だいたいこのような営業で顧客を増やしていきました。最初こそ若すぎる年齢に怪訝なシェフもいましたが、ぼくの腕を知れば大丈夫です」。

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シェフ一人ひとりの好みに合わせて、トリュフキュレート

 変わった若者が懐に入りやすいことはある。だが、相手は一流シェフで職人世界、一度でも質のいまいちなトリュフを提供すれば関係の終わりはすぐ見える。顧客開拓もそうだが、さらに賛するべきは顧客との関係維持をしてきたこと。それも、特に移り変わりが早いとされる食の業界でだ。

 18歳から25歳までの7年間、毎週毎週「旬のトリュフ」を仕入れ続けてきたこと。その実績もさることながら、彼のマメさも信頼の肝だろう。毎週日曜配信のニュースレターには、その週に入荷した旬のトリュフを紹介。注文を受けたらバンに乗り、顧客の元へトリュフを届ける。シェフ一人ひとりに合うよう見定めたトリュフを、だ。
 トリュフのサイズや形はバラバラだ。綺麗なまん丸にいびつな形(ちなみにイアン曰く、いびつな方がいい匂いがするらしい)。トリュフは主にパスタに使用されるためスライスするにも関わらず、シェフの中には綺麗な見た目にこだわる人も多い。「形を気にするシェフ、匂いにこだわるシェフ。彼ら一人ひとりの好みをメモし、そのシェフにベストなトリュフを選定する。シェフの中にはトリュフの知識があまりない人も多いので、できる限り“educate(伝授)”してあげるんです」

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 一人ではじめたビジネスも10人の従業員を抱え、深夜までカスタマーサービスにも対応できるようになり、信頼はさらに厚い。いまでこそシェフの方からアプローチされる人気者のイアンだが、はじめはトリュフを背負って「トリュフいりませんか?」と歩いてまわる飛び込みのセールスマンだった。あれ、とサザエさん家の勝手口に回って「お醤油切れてないですか?」と御用聞きする三河屋さんのサブちゃんを思い出してしまった。高級レストランの一流シェフたちの懐に入りこんだアナログ戦法、古典的な高級食品トリュフに古風な男あり、か。

Interview with Ian Purkayastha


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Photos by Hayato Takahashi
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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