「予約4000人待ち」有名学生シェフが卒業後に選んだ進路はフリーランス。「レストランって不自然じゃね?」

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だって、レストランって「不自然じゃね?」

学生時代から「予約4000人待ち」という爆発的な人気を博した学生シェフ、その卒業後の進路は早くから注目を集めていた。「レストランをオープンする気はないの?」「有名店で働くの?」。開業資金を援助したいという投資家や有名店からのスカウトもあった。が、彼が選んだのはフリーランス。理由は、冒頭の通りだ。

「レストランって、一つの空間にせっかくあれだけ人が集まって数時間をともにしているのに、友だちができることってないでしょ? それって不自然じゃね?」。一風変わった角度で世の中をみつめる23歳、ジョナ・レイダー(Jonah Reider)。その感覚は知れば知るほど、驚きの連続だった。

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ジョナ・レイダー(Jonah Reider)

学生寮に住む一般大学生の料理に、大手紙までもが注目

 
 平日の昼下がり、ブルックリンにある彼、ジョナ・レイダーの自宅を訪ねた。電話に応じないので、約束の時間を10分程過ぎたころ、インターホンを押してみた。が、応答がない。しばらく待ってみると、ガチャ。扉の向こうに、上半身裸の彼がいた。どうやら昨晩は某香水ブランドのパーティーに招待され、「家に帰ってきたの朝なんだ」。あまり寝られていないらしい。

 だが、我々を招き入れるや否や、 さっきまでの疲れ顔はどこへやら。「スムージー飲む?」。グラスに注いだスムージーに、数種類のトッピングを手際よく施す。「これは米をローストしたもので、緑色のはアーモンドの実」。あっという間に「おもてなしモード」に自らを切り替えていた。

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 昨年5月まで、オバマ前大統領の出身校でもある名門大学、コロンビア大学で経済学と社会学を専攻していたジョナ。在学中に学生寮内ではじめたノンプロフィット(非営利)・サパークラブ(食事も提供する小さなナイトクラブ)で一躍有名人になった。

 もともとは「一人分を作るより、4、5人分作って割り勘した方がみんなで楽しめるし安上がり!」だからはじめた食事会。ルームメイトや校内の友人たちを集めてワイワイやっていた。しかし、校内紙で「NYで一番のグルメスポットは、学生寮の4B室にあり!」と取り上げられると状況は一転。「ウェブサイトから誰もがサインアップできるようにした」ところ、学生以外の一般人だけでなく、大手紙『ウォールストリート・ジャーナル』や『ニューヨーク・ポスト』『ニューヨーカー』の編集者やフード評論家までもが彼を訪ねにやってきた。

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小汚なシェアハウスから、数億万円のタウンハウスにお引っ越し?

 メディア出演を楽しみながらも、彼はその「過熱ぶり」を冷静にみていた。彼のサパークラブ『Pith(ピス)』が話題になったのは、「僕がシェフではなく普通の学生で、食事をする場がレストランではなく、ある種の閉ざされた世界である “学生寮”の中だから。その意外性がゲストを楽しませた。普通のレストランにはない、新しい体験を求めいる人がたくさんいて、そのニーズに僕のスタイルがはまった。だから評価がよかった」と。

 おもしろいことに、いまから約一年前の大学卒業前に、彼はウォールストリートジャーナル紙のインタビューで「今後の夢」についてこう答えていた。

「できれば、マンハッタンで成功している人が住んでいる大きな家の“余っているひと部屋”に住めたらいいな。で、その人がひらくビジネスパーティーやホームパーティーで僕が料理を担当するっていう感じで」

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 この回答に「これだから最近の若者は…」と苦笑した人も少なくなかったのではないかと察する。しかし、ジョナは「ありえない」と思われた“夢”を実現している。  

 新築4階建の推定数億万円のタウンハウスに移り住んだのは今年の3月のこと。この家のオーナーでヘッジファンドマネージャーの30代前半の男性から「妻と私は仕事でほとんど家にいないうえ、使いきれていない部屋もあるので、もしよかったら我が家に住みながら、場所を有効活用してみませんか」というメールが彼の元に届いたのだという。
 
「最高だよ! 立派なキッチンもダイニングテーブルも自由に使わせてくれるし、僕のキャリアになるなら人を呼んでパーティーをしてもいいって。感謝の持気ちでいっぱい」と言いながら、バックヤードにあるハンモックを無邪気に揺らす。

 週に3日はこの家でサパークラブを開催し、日中の時間はクライアントとのミーティングや食材の仕入れの準備などに当てる。また週に1回、近所の中学生たちを招いて料理を教えるボランティア活動も行なうなど、家主の望み通り、彼のやり方でしっかり家を有効活用しているのである。

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欲しいのはお金ではなく「サポート」

 学生時代から「I am a chef (僕はシェフです)」と名乗るのを避けてきた。理由は「シェフって、料理学校に通ったり、何年もレストランで下積みをしてきた人がやっと名乗れるものだと思うんだ。僕はそういう下積みをやっていないからシェフを名乗るのは気が引ける。修業をしてきた人たちに失礼な気もするし。だから強いていうなら、僕はa cook (料理をする人)かな」。

「でも、最近はたまにシェフっていうこともある」と、少し照れながら話すのは、シカゴのレストラン「Intro」の6週間プログラムに参加し、腕に自信をつけたからだ。地元市の代表的新聞『シカゴ・トリビューン』紙はジョナの料理に「三つ星」をつけ高く評価。「学生にしては(料理が)上手い」ではなく、一人のシェフとして評価されたことの意味はジョナにとって大きかった。  

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 そんな彼がいま、興味を示しているのは「ポップアップ」。昨年、キッチン家電ブランドのサポートで、オーストラリアとニュージーランドを周りながらイベントを開き、各地でコース料理を振る舞った。

「イベントを通じて、その日はじめて出会ったゲストたちが繋がっていく様子をみるのは興味深かった。食事会のあとは参加者全員で地元のバーでハングアウトしたんだ。こういうの、コース料理を出す既存のレストランではありえないよね」

 彼のセオリーはこうだ。人が繋がり合う一番の方法は「一緒に何かを “創る” ことと “消費する” こと」。参加者と一緒に空間を創り、食卓をともにする(=地元の食材を消費する)ダイニング・エクスペリエンスには、その両方が含まれている

 何十年も同じ場所で、変わらぬ味を提供し続けるシェフに敬意を示しつつ、自ら意欲を見せるのは「毎回、異なるテーマで、異なる料理を提供すること」。大学時代から変わらず、「基本的には、食材と光熱費がカバーできればそれでいい」という姿勢を貫く。レストランなら150ドル(16,500円)以上はするであろうコース料理を95ドル(約10,500円)で提供している。

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 欲しいのは、お金ではなくやりたいことを実現させてくれる「サポート」。これだけやるからそれに見合う支払いをください、という単純な方式に則ったアプローチをせずに、「僕はこういうことがやりたいです。あなたの手を貸してくれませんか」と、まだ会ったことのない人に“支援”を募ることに抵抗がない。今回、ジョナはその支援として、住まい兼、自身のキャリアを磨くのに最適な場所を手にしたわけだ。家賃という生活において月々必須の支払いの心配もないから、「思いっきり、好きなように料理に打ち込める」。
 もちろん、ただお願い事をするのではない。相手に「君、おもしろいね」と思わせられるだけの器量はしっかり持ち合わせている。これが、デジタルネイティブの感覚なのか—。なにはともあれ、彼の型破りな挑戦に周りは興味津々なのである。

Interview with Jonah Reider

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Jonah Reider
Pith

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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