「昨日たまたまこんな記事を見かけたんです、『最新のロゴトレンドはこれだ!』。思わず笑ってしまいました」
“企業の顔”とも呼べる「ロゴ」。街中の巨大広告からスマホの小さな画面にまで姿を見せる企業のロゴは、一瞬にして人の目に飛び込み、人の頭に居座る。企業にとってロゴは何にも変えられない力をもっており、世界を股にかける大企業であればなおさら、その力は絶大だ。
誰もが知る数々の大企業の“顔”を手がけて60年。ロゴデザインの歴史を築きあげ、最新の流行には目をくれずに、ひたすら第一線を走り続けているデザイン事務所がある。
世界一流企業ロゴ、万博展示も手がけた“ロゴ界のゴットファーザー”
石油会社「モービル」、大手デパート「バーニーズ・ニューヨーク」、世界的銀行「チェース」、老舗雑誌「ナショナル・ジオグラフィック」、米三大テレビ局の一つ「NBC」、かつてアメリカの繁栄を象徴した航空会社「パンナム」、有名大学「NYU」、日本の生命保険会社「ニッセイ」。いずれも世界的大企業・大学だが、これらすべての“顔”を手がけたデザイン事務所が「チェーマイエフ&ガイズマー&ハビブ(Chermayeff & Geismar & Haviv、以下CGH)」だ。“企業ロゴ界のゴットファーザー”との異名をとるグラフィックデザイナーのアイヴァン・チェーマイエフ(Ivan Chermayeff)とトム・ガイズマー(Tom Geismar)によって1957年に創業。企業ロゴだけに留まらず、日本でも大阪の水族館「海遊館」の外壁や1970年に開催された大阪万博・アメリカ館内の展示に携わるなど、ロゴ界レジェンドのシゴトは多岐に渡る。
Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
日本の生命保険会社「ニッセイ」のロゴ。Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
万博での展示。
惜しくも昨年12月に逝去したアイヴァンのネームプレートやアートワークがまだ残るニューヨークのオフィスにて、“デザイン界のゴットファーザー”ことトムと、同社に新風を吹き込むべく2013年に新たなパートナーとしてその名が社名に刻まれたグラフィックデザイナーのサギ・ハビブ(Sagi Haviv)が迎えてくれた。大部屋に通してくれ、心地よい緊張感のなか二人と向き合う。企業ロゴ界のゴットファーザーが60年にわたって極める、「いいロゴ」について口を開いた。
左がトム・ガイズマー、右がサギ・ハビブ。
「ロゴはシンプルに」でパラダイムシフト。時代の数歩先を走っていた二人のデザイナー
「デザインが存在しなかったわけではない。だが、たとえばタクシードライバーに“お兄さん、なにやってる人なの?”と聞かれ、グラフィックデザイナーだ、と答えたところで1時間は説明が必要。そんな時代だった」ー故アイヴァン・チェーマイエフ
時は1950年代後半、戦後のアメリカ。ロゴ界のゴッドファーザーたちがCGHを立ち上げたのは、経済が繁栄し大量消費社会が生まれた“アメリカ黄金期”だった。「広告やテレビの出現で、多くの企業が自分たちのイメージについて意識しはじめました。つまり彼らには“いい顔”が必要になったわけです」と、トムは60年前を回想する。
若かりし頃のトム(左)、アイヴァン(右)。
本の装丁やレコードジャケット、歯医者のロゴデザインまで「できるものはなんでもやっていた」設立当初の事務所に、ある人物から依頼が届く。「ミスター・ロックフェラー(ロックフェラー財閥の第3代当主)からの『チェース銀行のロゴをもっと抽象的にデザインできないか』という依頼でした」。そこでトムとアイヴァンは、従来の込み入ったデザイン(世界地図の上に地球の絵が添えられている)を一新、余計なものは一切そぎ落とした八角形のロゴへ。ロゴというものの大半が、小さな型枠の中にありったけのシンボルを詰め込みごちゃついたもの(たとえばアップルのオリジナルロゴは“ニュートンがリンゴの木の下に座っている”という複雑なデザイン)だった当時、八角形のみのロゴは、晴天の霹靂(へきれき)だった。
「ロゴをシンプルに」でパラダイムシフトをやってのけた事務所のもとに、次々依頼が舞い込むようになる。「実は初期のころ、日本の家紋にも影響を受けました。どれもシンプルで簡潔、そして独特ですからね」
チェース銀行のロゴスケッチ。
モービルのロゴスケッチ。
「Best Logo Says Nothing(最高のロゴは何も語らない)」—サギ・ハビブ
石油会社に、銀行、美術館、大学、非営利団体。CGHのクライアントは様々だが、どのクライアントにも同じアプローチをとるという。「どんな企業でも団体相手でも、我々のデザインプロセスは問題解決(problem-solving)です。その企業ロゴの持つ“問題”はなにかを突き止める。そのためには、デザインについての徹底的な調査とクライアントとのインタビューが欠かせません。まあ、インタビューといっても、質問事項なしのカジュアルな会話ですが」とトムは話す。
米国、吉野家「アメリカ人に伝わらないロゴ」
たとえば、米国にも約100店舗を展開する牛丼店「吉野家」からの依頼。オリジナルロゴはお馴染みの通り、牛を表す大きなY字の角、どんぶり、それをぐるっと囲む“横綱”を示すしめ縄など日本人には理解できるものだが、米国人には少しわかりにくい。さらに、米国での食肉消費は鶏肉が一番多いため、牛のシンボルも嵌(はま)らない。このような事情を踏まえたうえでの吉野家米支部の希望はシンボルの簡略化だったが、事務所は考えた。アップルの“ニュートンのストーリーをりんご化”のような簡略化は、吉野家の場合には当てはめられない(そもそもピンとこないので、単純にしめ縄だけにするのも意味をなさない)。そこで彼らがとった策は、100年以上継承されてきたオリジナルのしめ縄ロゴも残しつつ、それとは別にシンプルなレターマークのロゴを新規制作、というもの。どんぶりに彼らのアイデンティフィケーション「y」を挿入したロゴをつくり、オリジナルのしめ縄ロゴとともに、シチュエーション別で使い分けられるようにしたのだ。店舗外や名刺の表など、人の目に触れる時間が限られているのものには一目で頭に残りやすいレターマークのロゴを、店舗内でお客さんがゆっくりロゴを眺められるシーンでは、その説明とともにしめ縄ロゴをおいた。
オリジナルロゴ。
新たに加わったロゴ。
「人々に『好きなロゴは?』と聞くと、『アップル』『ナイキ』などが返ってくると思います」。サギはこうたとえだした。「彼らは、ロゴそのもので判断しているのではなく、自分たちの好きなブランドのロゴをあげているのです。アップルのロゴは自分たちのプロダクトについて何も語っていません。ナイキも然り。あくまでロゴはアイデンティフィケーションに過ぎず、会社の哲学を語るものではないのです。ロゴが伝えるのは、その企業が“何をやっているのか”ではなく、“誰なのか”。最高のロゴは何も語らないのです」
そうは言っても、ロゴにあらゆる情報を詰め込みたがる企業が多いのも事実。そういったクライアントに対しては「ロゴをあまり“重たく”していけません。“軽い”けど力強いインクにアイデア、記憶に残るロゴをつくらせてくださいと諭します」。さらに、CGHはクライアントに一切スケッチ状態でのロゴは見せない。「デザインを完成形にした状態で、“良いロゴ”か“もっと良いロゴ”しか選択肢をあたえないのです」。そしてクライアントにはこう聞く。「『あなたの会社のアイデアやフィーリング、人柄をシンプルなマーク一つだけに落とし込むとしたら、何でしょう?』。ある会社の答えは、『ダイナミック』でした。我々は、彼らのロゴに“力強い線”を一本引きました」
同社60年の歴史をまとめた本の装丁。今年春に出版予定。
「いつの時代も、ロゴのトレンドには目をくれないように心がけてきました」—トム・ガイズマー
CGHが辿ってきた60年、社会情勢とともにビジュアルプレゼンテーションは変遷してきた。新聞広告にテレビの普及、パソコンの出現にスマホ全盛期。日々スマホやSNSでロゴを見ている消費者の目も肥え、ロゴに意見を持つようになってきた。「もちろんその時代時代で、ロゴのトレンドというものは存在したと思いますが、我々はいつの時代もトレンドやスタイリッシュさ、アバンギャルド性には目をくれないように心がけてきました」。トムが言い切ったあと、サギが続ける。「我々がこれまでに手がけたロゴをズラーっと並べてみても、どれがどの時代にデザインされたか言い当てられるでしょうか?* それはとても難しいでしょう。これこそがまさに答え。いいロゴは、時代に左右されることなく、その息はとても長いのです」
*チェースのロゴは1964年、ナショナル・ジオグラフィックのロゴは2003年にデザインされている。
シンプルなロゴは、道端の大きな広告やスマホの親指大の小さなアイコン、3D仕様とプラットフォームは変われど、クオリティは変わらない。「ロゴによって、社会に広がる“ヴィジュアル・ランドスケープ(視覚的な風景)”を磨いてこれたなら本望だ」というプロフェッショナルたちに、“いい企業ロゴ”とはをいま一度、聞いてみた。「その一に、『そのロゴが企業のパーソナリティーや思想に適っている』ということ。その二に、『独特で特徴的、人々の記憶に残るデザイン』。ところでこれは、“風変わりな”だけではダメですよ。一瞥しただけで、見た人が描写できるものでなくてはいけない。そしてその三、我々が最も重きをおく要素、『シンプルかつ完璧なシルエットを持っているか』」
Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
Image via Chermayeff&Geismar&Haviv
ようやく時代が彼らに追いついたのだろうか。最近は専らフラットデザインにシンプルなロゴを目にする。だが、これも彼らには関係がないだろう。従来の伝統に固執することなく、一過性のトレンドにも微塵も動じず、“いい企業ロゴ”を生み出し、社会に広がる風景を視覚的に改良してきた。それも、60年にわたって。その気概は、まさに“企業ロゴ界のゴットファーザー”と呼ばれるに相応しい。
Interview with Tom Geismar and Sagi Haviv from CGH
Photos by Keisuke Tsujimoto
Text by HEAPS and Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine