「欲しいのは自由ではなく仕事」“もう一つのノマド生活”、米国の高齢者は季節労働を求めて巡回する

普通の生活じゃ物足りない。必要なものをバン(キャンピングカー、RV)に詰めこんで、冒険に出よう。情熱の矛先は「旅」—そんな「流行りのバンライフのイメージとは似ても似つかぬものでした」。そのノマドたちの多くは65歳以上の高齢者、悠々自適なリタイア生活ではなく、季節の肉体労働を求めてバンを走らせる

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リタイアできないから、ノマド生活で季節労働

 昨年9月に出版された話題の本『ノマドランド(Nomadland)』に出てくるノマドは65歳以上の高齢者。米国に生まれ育ったミドルクラス(中産階級)の人々だ。一見するとキャンピングカーで旅をしながら悠々自適なリタイア生活を送っているよう。だが、彼らが旅で求めているのは「自由」でも「絶景」でもなく「仕事」だ。夏季はレジャー施設のトイレ掃除やチケットのもぎり、冬季は底冷えのするAmazon(アマゾン)の倉庫内を歩きまわり、一日約10時間の労働をこなす。高齢でも雇ってもらえる仕事があるならどこへでも。米国ではミドルクラスでも“リタイア”は、贅沢な夢になりつつある。

 彼らは好き好んで家を捨てたのではない。諦めざるを得なかったのだ。「家はもっとも大きな出費ですから。生き延びるためにはそこから削らないと」。物心ついた頃からずっと「生活していくこと」が優先でやりたいことは二の次だった。米マクドナルドに16歳から45年間も勤めあげ、念願のマイホームを手に入れた、と語るチャックという高齢の男性。だが、65歳を目前に着々とリタイア生活の準備を進めていた矢先、サブプライム住宅ローン危機*、その後リーマンショックなど連鎖的に世界的金融危機でほとんどすべてを失った。家を売却してもローンを返済し切れず、おまけに老後の生活資金のために投資していたお金もパー。親族もチャックの状況を救えるほどの金銭的余裕はない。仕事を探すも高齢であることを理由に断られ、2011年に自己破産した。

*2000年代前半からおこった住宅購入(投資)ブームにおいて、低所得者・低信用者を対象とした住宅ローン<サブプライムローン>が登場。06年頃からローンを返済できない人が急増、不動産価格も暴落していき住宅バブルは崩壊。そこで被った損失を挽回できないヘッジファンドと銀行が破綻した。

 その後、彼は妻の兄弟から96年製のほとんど壊れかけた中古のバンを500ドル(約5万5,000円)で買い取り路上生活をはじめた。ユタ州のキャンプ場で夏季限定の掃除の仕事に従事していたころ、Amazonの巨大倉庫で働くキャンパーフォースプログラムのことを知った。配送が忙しくなる秋からクリスマス頃までの倉庫での季節労働だ。

 シフトは一日10時間。固いコンクリートの上を一日に21km以上、ハーフマラソンに匹敵する距離を歩きまわる肉体労働。時給は州により異なるが、12ドル(約1,300円)が相場だ。チャックはいう。「もちろん楽ではない。だが80歳の人がこなしているのをみて、彼にできるのなら70歳の自分にもできるはずだと励まされた」と。

 近年、米国ではチャックのようにリタイアできないミドルクラスの高齢者が増えている。『ノマドランド』の著者、米国人ジャーナリストのジェシカ・ブルーダー氏は、世界的金融危機が米国のワーキングプアにもたらした影響を調査すべく、3年の時間と約2万5千㎞もの距離をノマドワーカーたちとともにし、その取材記録を本にまとめた。

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『Nomadland』Jessica Bruder

「底冷えのするAmazon倉庫での肉体労働は過酷ですが、それでも室内。シュガービーツの収穫など吹きさらしでの野外季節労働よりは続けやすい。また、彼らの宿泊地である駐車場は倉庫の目の前なので通勤しやすく、残業代や電気、水道代も支給されます。あと、鎮痛剤も」。倉庫内の壁には「Free(無料)」の張り紙の前に鎮痛剤(イブプロフェン)がぶら下がっていたという。「イブプロフェンなくして今日のAmazonなし」

 

出会った高齢ワーキャンパー「約95パーセントが白人」

   
 仕事(Work)を求めてキャンピングカーを走らせるチャックのような季節労働者を「ワーキャンパー(workamper) 」と呼ぶ。フェイスブック上のAmazon倉庫で働くワーキャンパーのコミュニティページには「この仕事はたくさん歩くのでダイエットに最適!(疲労で)食欲も抑えられるんだ」など、過酷な状況を笑い飛ばすブラックユーモアの効いたコメントが並ぶ。

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 現場を体験したジェシカ氏は「その場を楽しもうとする彼らの明るさ、タフさには何度も驚かされた」と振り返る。オフの日もただ横になって労働で酷使した身体を休めるのではなく、みんなでカジノや観光ツアーに参加する人たちも少なくなかったそう。寒い夜はみんなで焚き火を囲んで暖をとり、風邪をひけば看病し合い、モノがなければわけあう。誰かのバンが壊れれば寄付を募るなど、高齢ワーカーたちの間では確かな友情も育まれていたという。

 彼女が出会ったAmazon倉庫のワーキャンパーは、リタイアできない高齢者、もしくは20代前半の若者という2つのグループで構成されていた。高齢のワーキャンパーに関しては「ミドルクラスの米国白人が約95パーセント」。つまり、社会経済的な性質を同じくする、価値観やバックグラウンドが似た者同士。それが少なからず彼らの仲間意識を芽生えやすくしていたのではという。

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 同書は、一部の評論家から「似たような白人高齢者しか取り上げていない」という指摘もあったが、彼女のいうところでは「そもそも米国のRV(キャンピングカー)カルチャーは、白人文化としてはじまったもの」。その理由は、RVを生産する企業がミドルクラス以上の白人をターゲットにしてきたことと、もう一つ、「最近流行りのバンライフもふくめ、路上で寝泊まりする行為は、攻撃されたり警察の取り締まりにあうなどリスクを伴うもの。この国でそういったリスクにあいやすく、また、あった場合によりひどい目にあう可能性が高いのは有色人種であるのはいうまでもありません」。そんなリスクがあることすら考えずに『やってみよう』と行動する人が白人に多いのは偶然ではない。家を失ったから「じゃ、キャンピングカーで生活しよう」という発想を持つこと自体が「米国白人らしい」という見方もできる。
 また、Amazon倉庫の仕事をはじめ多くの季節労働は経験不問だが、誰でも働けるわけではないという。不法就労者はもちろん、ドラッグテストに引っかかれば不採用。住所不定だと断られることもあったそう。といっても、ノマド生活を送る労働者は住所を持っていない人も多いのではないか。「そこらへんはサブカルチャーコミュニティのネットワークでなんとでもなったり」とジェシカ氏。なんでも住所不定者の駆け込み寺的なモーテルがあり、そこに数日滞在すれば住所がもらえるとか。身体に残りやすいマリファナをドラッグテスト用にクレンズする方法もあるのだというから興味深い。

高齢者を積極的に雇うAmazonと、死の直前まで肉体労働を続ける高齢者

 家を失い季節労働をフルタイムでおこなう人たちがいる一方で、帰る家を持ちながら「ライフスタイル」として自らの選択で行なっている人たちもいる。ただ、前者のリタイアできないフルタイム労働者の中にも、仕方なく季節労働者に“転落”したのではなく「自ら選んだ」という人が少なくない。「自分たちは無力な犠牲者でもルーザー(負け犬)でもない」と。これについてジェシカ氏は「彼ら多くは老後のための貯金ができるほど高給取りではなかったにしても、若い頃から仕事を手にしコツコツと続けてきた生活能力のある人たち。ホームレスになった時点で選べる選択肢は限られていたとはいえ、“自分の身は自分で守れる”というプライドがあるのだと思います」と語る。

 実際、高齢ワーキャンパーの働きっぷりは極めて模範的。ルールを守り遅刻も少なかったという。「それもAmazonが積極的に高齢者を季節労働に雇う理由の一つでしょう」。ただ、働く高齢者にとって、一日10時間の肉体労働を80、90歳を迎えても未来永劫、続けられるという保証はなく、そんなことは企業にしてみれば知ったことではない。肉体労働できる人を雇う、それだけのことだろう。ジェシカ氏の3年に及ぶ取材の中で出会った人の中には、途中で亡くなってしまった人もいた。肉体労働が直接の死因ではないにしても「死の直前まで馴染みのない地で路上生活をしながら季節労働をしたい人など、いませんよね」。


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 リタイアするには、貯蓄や運用できる資産などなんらかの収入が不可欠だ。2017年の調査結果によると「米国の18歳以上の50パーセント以上が、貯金額1000ドル(約11万円)以下」。割合は年代別でみると次の通り。25-34歳(61%)、35-44歳(54%)、55-64歳(49%)。
 貯金が約10万円を切っているということは、病気や怪我など何かあれば、すぐに借金生活に転じてしまう可能性が高い。こういった結果からも、同書で取り上げられていたリタイアできない、さらには家を諦めざるを得ないノマド高齢者の数は今後、確実に増加すると予測されている。

 近年、キャンピングカーでノマド生活を送ることが「なんだか楽しそうなオルタナティブスタイル」として認識されていることにも彼女は警告を鳴らす。「そのオルタナティブな生活スタイルはあくまでレジャーであり、生活が厳しくなったときの持続可能な代替え案ではありません」。いくら働いても家も保険も手に入らない、そんなワーキングプアが拡大している現実から目をそらすのは危険。「いざとなればノマドになればいい」と思わせるような情報は「なんだかおかしい」と疑う目をもつ一助になれば、と語った。

Interview with Jessica Bruder

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Jessica Bruder(ジェシカ・ブルーダー)

Photos via Jessica Bruder
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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