ベジタリアン、ビーガン、グルテンフリー。健康志向の高まりとともに、いろいろ食生活が市民権を得ている現代。ベジタリアンにはとりあえずサラダかポテトを勧めておけばよかった時代が終わったように、アルコールを飲まない人に甘いソーダかジュースを用意しておけばよい時代も終わろうとしている。アルコールをガブ飲みしない若者が増えているいま、レストランやバーは売り上げを伸ばそうと苦心。そんな中「ノンアルコールドリンク」に解決策を見出そうとする動きが年々顕著になってきている。英国で生まれた世界初のクラフト・ノンアルコールスピリッツも、着々とバーに進出している。
世界初のクラフトノンアルコールスピリッツ『シードリップ(Seedlip)』, Photo via Deedlip
週に缶ビール3缶分以下しかアルコールを飲まない
ベジタリアン、ビーガン、グルテンフリー。ベジタリアンやグルテンフリーのオプションを用意するレストランが増えているように、「アルコールを飲まない」という“ライフスタイル”も市民権を得ようとしている。というもの、ミレニアルズやジェネレーションZ世代では「アルコールを飲まない」ことがさほど珍しいことではなくなってきているからだ。「できればアルコールにお金を使いたくないし、それほど飲みたくもない」という声は年々大きくなっている。
若者の酒離れが特に話題になっているのが、あろうことかパブ文化発祥の地、英国だ。2017年に発表された英国のミレニアルズ調査によると、1週間のアルコール平均摂取量は5ユニット。日本で売られている350mlの缶ビール(5%)が1缶あたり1.75ユニットなので、5ユニットというのはたったの「ビール3缶以下」を示す。750ml入りのボトルワイン(13.5%)は約10ユニットなので、5ユニットだと一週間かけて二人でやっとボトルを一本空けるペースということになる。
健康志向の影響か、過去5年で「アルコールをやめる利点」についてのグーグル検索率は約70パーセントも上がっているという結果も。16-24歳のジェネレーションZ世代は、約5人に1人が「アルコールを飲まない」と答え(英国では親が同伴していれば16歳からビールやサイダーなどの飲酒が可)、66パーセントが「アルコールを飲まなくても、ソーシャルライフに影響はない」と回答している。
ミシュランでも取り扱い増える「ノンアルコール・スピリッツ」
思えば「Mock(マネ、模造、偽の)」+「Cocktail(カクテル)」を組み合わせた造語、「モックテル(Mocktail)」ことノンアルコール・カクテルの流行も英国発信だったっけ。最近はそのクオリティもかなり向上しているらしく、ジュースとシロップとソーダの混ぜ物だったのはもうだいぶ過去の話だ。いまは「かつヘルシーでおいしい」ことが当然のように求められいることから、酒類販売業者は材料を「グルテンフリー」「ビーガン」「低糖」「オーガニック」といった高品質へとシフトさせる動きが強まっている。
米国でも英国でも、若者のアルコールの消費量は減っているものの、高品質で高めの商品の売れ行きは悪くない。これは量より質へのスペンド・シフトだといわれており、アルコールをまったく飲まない、もしくは飲めない人が増えているというよりは、量は飲まないが高品質でおいしいものは飲むという人が増えているとの見方が強い。クラフトビールブームの影響で、材料にこだわった個性豊かなクラフトスピリッツが次々と登場し、ついには英国で世界初のクラフト・ノンアルコールスピリッツも英国で生まれた。
Seedlipでつくる実際のカクテル。Photos via Seedlip
そのクラフト・ノンアルコールスピリッツ『シードリップ(Seedlip)』の創業者ベン・ブランソン(Ben Branson)はこう話す。「アルコールを飲まないときに、レストランやバーで飲みたいものがないというジレンマを解消したかった」と。「もともとファーマーだった」というベン、農園のスペアミント、ローズマリー、タイム、スイートピーなどのハーブや、キュウリやレモンなどの野菜や果物を用いて、いままでにないスピリッツを作れないかと考えた。2015年にたった一人ではじめた「無添加」「カロリーゼロ」「シュガーゼロ」のノンアルコール・スピリッツは、いまや世界各国のミシュラン星付きレストラン100店舗以上、またハイエンドホテルやバーで取り扱われるまでに。英国以外にもオーストラリアや米国へと市場を拡大させ急成長を見せている。なにより注目すべきは世界最大の蒸留酒メーカー『英ディアジオ(Diageo)』がこのノンアルコール・スピリッツに投資をしていることだろう。同社は「売り上げの成長率は非常によく、これからさらなる飛躍を期待している」という見解だ。
猫も杓子も「インクルーシブ」の時代
Photo by Igor Ovsyannykov
「アルコールを飲まない」食生活が市民権を得はじめたもう一つの大きな理由は、「インクルーシブ」が合言葉の時代だからではないだろうか。人種・宗教・性別、ライフスタイルの違いによる偏見・差別をしない姿勢。そして「すべての人たちに開かれたインクルーシブなコミュニティを作っていきたい」というセリフ。それは、いまや飲食店に限らず、大手メゾンブランドからスタートアップ企業まで至る所で叫ばれている。
『シードリップ』も「ノンアルコール・スピリッツは決して禁酒を推めるものでも、アルコールに取って代わるものでもない」と強調し、バーやレストランはアルコールを飲む人だけが楽しめる場所ではなく、飲まない人も同じように自分が飲みたいものを飲めて楽しい体験ができる場所であるべきだと語る。つまり、ソーシャルライフを楽しむ人たちの新たな選択肢になることを目指しているので、バーにとって脅威ではなく味方である、と。
飲む選択肢があるなら「飲まない」もあって当然?
ミレニアルズといえば「量より質」そして「モノよりコト」への消費、効率や合理性を好む世代。さすがにバーカウンターで「経験を買いに来ました」とは言わないかもしれないが、「飲み過ぎはカラダによくないし、お金の無駄遣い」「次の日の仕事のパフォーマンスに差し支える。身体は資本だからね」といったオチのない正論を気後れせずに言えてしまうのもミレニアルズの特質の一つではないだろうか。「自分が正しいと思った道を突き進むのがクール」。そういった感覚も、より多くの人を「アルコールを飲まない」という選択に導いた一因なのではないかと思う。また、それは同時に自分は飲むが「飲まない」という人への配慮も育ててきている。
かくいう私もアルコールを飲まない(飲めない)ミレニアルズだが、10年前の日本でこんな正論でしかないことを言った日には「これだから酒を飲まない奴はつまらないんだよ」と罵倒されかねなかったっけ。思えばあの頃は肩身が狭かった。インクルーシブ、ダイバーシティの時代よ、有難や。
———-
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine