「誰の承認も必要なく、誰もが入れる場所」かつて“雑居ビル5階”ではじまった映画館アップリンクが夢見るもの

映画を上映することは“世界が一辺倒になるのを避ける一つの手”だ。「映画館というプラットフォームで、偶然の出会いを含めた広さで、知らなかった世界を知らせることもできると思うんだよねえ」
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オールオアナッシング。心臓もそりゃ痛む。

 “未来の”という言葉を使う限りは、どんなに綿密な事業計画書まで筋書きを引こうと、今日のうえでは夢を見ることだ。

 夢。そんなロマンずきのする言葉の方が、彼の計画する映画館ビジネスには似合う気もする。31年前に雑居ビル5階にて、一人で映画の配給をはじめる。のち渋谷アップリンクを設立。現在、「未来の映画プロデューサー」を肩書きにのせる浅井隆(63)が、次の映画館を吉祥寺パルコの地下2階に進めているわけだが、ただ新しい映画館をつくりたいわけではないらしい。

「誰もが入れる場所というのを、映画館でつくる。そこを中心にしてたのしい街をつくる。そう、僕はね、街がつくりたい」。そう僕は街がつくりたいと漕ぎ出すオールは、2,500万円。57日間で、2,500万円をクラウドファンディングで調達しようと動いている。残り5日。あと、240万円。選んだのはオールオアナッシングなので、目標金額に達しなければ一円も入らない。「会社はじめて31年、味わったことのないプレッシャーだよねえ」と、ここのところ心臓が痛いらしい。

“まだ知らない”を雑多に詰めこむ映画館。

 アップリンク渋谷。日本一小さい映画館としてスタートしてからすっかり渋谷の街に馴染んだ映画館は、2006年*からそこにある。自社で配給した映画を上映しながら、ロードショー館(複数のスクリーンを持つ大型映画館)の2番館の役割も果たし、監督から直接持ち込みのインディーズ映画もあるから、カオス的にラインナップが充実している。



*映画館設立は2005年。翌年に現在の宇田川町に移った。

 昨年、各国の映画祭で上映された、ショッキングな映像を含むISと市民ジャーナリストの闘いを描いたドキュメンタリー映画『CITY OF GHOSTS(ラッカは静かに虐殺されている)』を配給し封切りしたのは、やはりアップリンクだった。「まあね、 映画を流すにはビジネスとして成り立つかどうかが大事だから、マーケットを見ないと」と浅井は答えた。だから、スタッフには“戦争映画を探してこい”というオーダーになるんだけど、と交えつつ「こういう映画の監督や演者とすぐに繋がるのは僕ら配給会社で仕事をしている人間の特権。そうすると、僕らはそこの中の人たちのことを伝えるためにも正義感とか義務感は持つ。いろんな映画を、ちゃんと配給しなきゃって」。設立当時からドキュメンタリーには特に力を入れてきた。

 シネコンでは流れない小さな作品も含めて、あらゆる世界が舞台の、あらゆるテイストの作品を扱うということは「世界にはこういう映画もあると見せる。それは、日本以外の世界にはこういうことがあると見せること」。シネコンでかからない映画を上映することは「世界が一辺倒になるのを避ける一つの手」だと、浅井は10年以上も前から言い続けている。


『ラッカは静かに虐殺されている』
他、過去の上映作品より。




 アップリンク渋谷に劣らず映画のラインナップを多様にしていくために、現在建設中のアップリンク吉祥寺(株式会社パルコと共同事業)も、計300座席を、29、52、58、63、98席と分割した5スクリーンを用意。一つのスクリーンをダウンサイズすることで、100席1スクリーンだったらかけられない作品も取り扱える。少ない動員数でも満員にしてロングヒットの可能性も狙える。ミニシアターよりも小さい、マイクロシアターならではのビジネスだ。

「それから、インターネットって、いろんなことを知れるようでいて実は、一つのことを深く掘ることはできるけれども、広く知る、偶然のものまで知るということは意外とできないよね。検索するとアルゴリズムが教えてくれるから便利なんだけど、限られた大きな掌のうえにいるようだとも感じる。それを、ラインナップを充実させた映画館というプラットフォームで、偶然の出会いを含めた広さで、知らなかった世界を知らせることもできると思うんだよねえ」。




吉祥寺は「ダウンタウンっぽくておもしろいから」

 吉祥寺というと、87年にアパートの一室ではじまったアップリンクが初めて配給した作品『エンジェリック・カンヴァセーション』を上映した場所でもあり、縁がある。それから「吉祥寺は、都内でもまだまだおもしろい街だと思う」と浅井。人が他の場所から働きに来る、遊びに来る、というのではなくて、カフェに行ったりライブを見たり遊ぶ場所でもあり人が住んでいる場所でもある。遊ぶ人と住む人が混在しているのが、ダウンタウン(下町)っぽい吉祥寺のおもしろさだと。その混在した街で、映画館ができることについて考えている。「いまは、街すら細分化されているじゃない? あそこはあれ、ここはこれって。綺麗に整理整頓されたデパートみたいにさ。ありとあらゆるものが『これが欲しいものでしょ?』と親切におすすめされる。僕は、いろんなものがごちゃ混ぜで何があるかわからない場所も必要だと思う」。違和感とか異質がはじかれやすい現代だからなおさら、そんな場所が必要だと話す。

 便利さも親切も、自分の感覚で振り切って。知らない世界を探しに行く場所を、映画館として吉祥寺につくる。パソコンで自宅にて映画を見る現代に、「社会の中でわざわざ映画を見にくる場所」であるために椅子や音響にも徹底的にこだわった。「時間を費やしてもらうなら、そういったホスピタリティを感じられるところにしないと。来る意味がないと、場所として意味ないよね」。


初の配給作品、『エンジェリック・カンヴァセーション』。

 先述の、小さく区切った5スクリーンは、それぞれがテーマを持つように仕上げた。そのうち、29席のスクリーンのテーマはLGBTのシンボル「レインボー」。全7列の椅子を虹色に配色し、レインボーカラーの配列にした。LGBT作品はここでの上映を考えているとのこと。また、若者に対しての割引の呼称を、学生料金から「ユース料金」にするとも話す。いま求められているもう一つのホスピタリティとは、それぞれが「自分が行く場所」だと感じられること。街のシンボルになるなら懐は深い方がいい。そのあたりもアップリンク吉祥寺は時代の匂いをよく嗅ぎわけている 。
 アップリンク渋谷の方になるが、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』に、英語字幕を入れて上映する予定だという。「カンヌで一等賞取った映画だから、日本にいる日本語がペラペラでない人たちでも見たい人いると思うんだよねえ」。

 “誰もが”来られる場所をつくろうとする浅井はこう話す。「映画館を、街の文化的なハブにしたい。誰もが来られる場所だよ。この年齢層、男女はこれくらいとかをマーケティングで集めるとかじゃない。何か共感する部分があれば同じ場所にいる」。そして、「入るために誰かの承認を必要としない場だ。チケットを買えば、誰もがそこに入れる。アップリンク吉祥寺を、そんなプラットフォームにしたい」。これも、浅井のいうところの「一辺倒でない世界を作る」ということだろう。同じ興味さえあれば老若男女が自由に集まる。たった一人で来ても入れる場所。大きなスクリーンをみんなで一緒に見つめるのではなく、それぞれが好きな小さなスクリーンにわかれて、それぞれが見たい作品を鑑賞する。自由と勝手と好みが混雑する映画感。そんなものがあるのなら、街はきっと猥雑になっていく。


完成の予想図。


模型。

 人もカルチャーもごちゃまぜの街とは、昔、浅井自身が見てきたニューヨークやアムステルダムやロンドンのダウンタウンのような、いろんな情緒が混じる街だ。誰もが来られる映画館をつくることで 、均質化されていない街を見てみたい。それが、映画館というビジネスを実現して見てみたい浅井の夢だ。

あのさ、映画館ってさ、映画ファンにとってぶっちゃけどうでもいいものなのよ。あんな真っ暗な中に入って出てくるだけでしょ。記憶ってのは、“観た映画”についてなんだよ。でも、僕はいま、映画館っていう記憶を残したい。ネットフリックスとかで映画が簡単に見られる時代には、それが大事だと思う。あの映画館に行ってたのしかった、という記憶を持って欲しい」。そして“あの街のあの映画館”は、街の記憶になる。

 最後、スクリーンから現実世界に戻るように、本日の現実に戻る。「お金集まんなくても、もう映画館のオープンは決まっちゃってるし、なんとしてでもやるんだけどね」。アップリンク吉祥寺は残り5日も気張ってファンディング中だ。

(敬称略)

Interview with Takashi Asai

■浅井隆(あさい・たかし)
アップリンク代表/未来の映画館プロデューサー。

1987年、有限会社アップリンクを設立。デレク・ジャーマン監督作品をはじめ、国内外の多様な価値観を持った映画を多数配給。2005年には渋谷区宇田川町に映画館、ギャラリー、カフェレストランを一か所に集めた総合施設「アップリンク渋谷」をオープン。2011年にデジタルカルチャーマガジン「webDICE」、2016年には動画配信サービス「アップリンク・クラウド」をスタートし、映画を中心とした様々なインディペンデント・カルチャーを発信し続けている。

Photos via Uplink
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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