「クラフト」という言葉に人々が価値を感じるようになって久しい。
オールナチュラル、オーガニック表示みたいなもので、「それなら少々値が張っても仕方ないよね」と、クラフトという言葉は、消費者はお財布の紐を緩める作用がある。
「だって、クラフトですもの」。
だが、実際のところ、誰が決めたかわからない価値基準。しっかし、高い。ときに失笑、いや、悪態の一つもつきたくなるというもの。
上質なナニソレも程々でいいのでは? という心情と金銭事情にピタリとはまる久々のヒットがコレ。安くで速くて美味い!「ドラフトでいただく、クラフトカクテル」である。
世界初!ドラフト・カクテルバー
バーはここまでミニマルになれるのか。
壁一面にびっしりと並べられた無数のリカーボトル。それがバーの象徴だと思っていた。だが、ここにはない。壁に並ぶのは、26本のドラフトレバー。整然と一寸のブレもなく無機質に並ぶその様、一切の無駄を削ぎ落としたミニマル感たるや…。
外観はこんな感じ。
「カクテル作りはサイエンス」だと聞く。サイエンスならではの、理科学的美観にインスピレーション受け「科学的探究を具現化した」という空間は、実験室さながら。
今年オープンしたばかりの世界初のドラフト専門カクテルバー、『Yours Sincerely(ユアズ・シンシアリー)。ここではビールはもちろん、20種に及ぶカクテルも、すべて生(ドラフト)でサーブされる。しかも、グラスではなく、ビーカーで。
トレンドとは違う。リーズナブルなクラフト
「トレンドのクラフト・カクテルブームとは違う、“クラフト”をやりたかった」と話すのは、オーナーのジュリアンとダーレン。
「クラフト・カクテルブーム」とは諸説あるが、新鮮な果物や野菜、ハーブなどを使ってカクテルをつくるスペシャリスト「ミクソロジスト」たちが生んだ、と言われている。
当時は、「今までのカクテルの概念を覆す!」「まるで食事のようなドリンク」と、それはそれは大いに湧いた。その影響で、生ビールとソーダしか置いていないような普通のバーでさえ、気の利いたカクテルのひとつかふたつは出すようになったほどだ。
ジュリアンとダーレンも、一度はそんな時代の波に乗ろうと、2012年にここブルックリンのブッシュウィック地区にバーレストラン『Dear Bushwick(ディア・ブッシュウィック)』を創設。
「僕の生まれ育った英国スタイルのクラシックバーと料理がテーマの店。当時はまだ、荒れた“倉庫街”のイメージが強かったブッシュウィック地区だけれど、こだわりの強そうなアーティストたちが少しずつ移り住んできた頃でね。そういう人たちの需要にマッチすると予想していたんだ」とジュリアン。しかし、数年経ってみて「あることに気づいた」という。
「ブッシュウィックの人たちが本当に求めているものは、小洒落たクラフトカクテルじゃないのかも」
フレンドリーを謳うなら、価格もフレンドリーで
高品質の材料、テクニックを駆使して生み出される手の込んだカクテルが、素晴らしいのは間違いない。だが問題は「提供価格が高くて、作るのに時間がかかること」。
「こだわり具合にもよるが、だいたい価格はスタンダードの2倍、作る時間は3倍かかる」とダーレン。
オーダーが入ってからフレッシュフルーツを切って、それらをスマッシュして、様々なリカーやシロップを調合して、シェイクして、グラスに注いだ後、また何かをトップに散らしたりスプレーしたり。手が込んでいる分、当然これらの一連のパフォーマンスも、価格の一部に加算されているわけで…。確かにマンハッタンのイカしたミクソロジストバーなどでは、「カクテル一杯15ドル〜(約1,500円〜)」が相場。
「その半額でビールが飲めるってときに、誰がカクテルを頼みたいか? って話でさ」。うん、その通りである。
この界隈に住むアーティストやミュージシャンがが気軽に手を出せる「アフォーダブルな商売じゃないと意味がない」という気づきが、この新感覚のクラフトカクテルバーを生み出す原動力になったという。
エスプレッソ風味のカクテル。ビーカーの取り出しからサーブまで15秒足らず。
そのドリンク、まさかパフォーマンス代込みですか?
「ドラフトカクテル」のアイデアの源泉はロンドンにあった。約2年前、二人はロンドンのバーを巡る旅行中に、「White Lyanという人気のバーで、彼らが提供していたpre-mixed(事前に原料となるリカーを混ぜてある)のカクテルに着想を得たんだ」。
混ぜられるものを先に混ぜておくことで、カクテル作りを短縮かつ簡略できるだけでなく、バーの冷蔵庫にストックするリカーの数も減らせ省スペース化が可能。
「安くて速い、そしてミニマル!これだ!」
安かろう悪かろう。それが昔ながらのダイブバーだとしたら、「うちは、それとラグジュアリーの間」と話す。松竹梅の「竹」狙い、といったところか。いや、「竹」とて、美味しく、非常にコスパが良い。スパイスやフレッシュフルーツを使ったカクテル20種はすべて、オリジナルのクラフトドリンクでありながら、どれも一杯8ドル(約800円)。マンハッタン相場のおおよそ半額なのだから。
高級リカーだろうが、無農薬フルーツを使おうが何だろうが、カクテルとはミックスドリンクである。その「“ミックス”を、オーダーが入ってからやるか、先にやっておくかの違い。どちらにせよ結果的に、美味しければいいわけで。で、できれば安い方が嬉しい」。
美味しくて、速くて、値段がほぼ半額になるのであれば、パフォーマンスフィーなしの後者がイイ。そんな消費者の心情に、彼らのドラフトカクテルはピタリと寄り添う。
カクテル界のNew Wave、となるか?「どうだろうね。これはあくまで消費者にとっての一つの新たな選択肢になれば、という想いから生まれた、アンダーグラウンドカルチャーかな」。
壁に並ぶレバーを引くと、カクテルが出てくる摩訶不思議。そういえば、小学生の頃、給水しようと蛇口を捻る度にこんなことを思った。「水だけじゃなくて、オレンジジュースや麦茶も出てくればイイのに」。ビールだけじゃなくて、カクテルも。どこか通じるものを感じる。
Yours Sincerely
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Photographer: Hayato Takahashi
Text by Chiyo Yamauchi