世界のダイヤモンドの取引地としての歴史を持つ街、ベルギーのアントワープ。活気あふれるこの港町は、バロック期に名を馳せた画家、ルーベンスの故郷として知られる芸術都市でもある。
この地に建つフォトギャラリー「GALLERY FIFTY ONE」にて今年展示された『Vivian Maier Street Life』には、ある市井の人がシャッターを切った作品が並んだ。
カメラの主は、ヴィヴィアン・マイヤー(Vivian Maier)。1950年よりニューヨークとシカゴで、乳母として働き生きた女性だ。仕事の余暇にカメラを片手に街にくりだして、街角の風景、通りで出会った人、建物の細部、とある日の新聞の見出しから標識まで、当時のストリートライフをつぶさに捉えた。『Chicago, 1961』に映る、ピンヒールに伝染したストッキング。キャリアウーマンの細部だ。『Self-Portrait, 1954』は、足元に落ちた鏡に女性のやわらかな表情が映る。
1950年代初頭から1990年代なかばまで、残したネガは12万枚以上。それらの作品は2007年にシカゴの歴史家であるS.A.M.A.氏によって偶然発見されるまで、ほとんど世に出ることはなかった。
誰も知らない謎多き乳母の写真家が見つめたのは、社会体制、政治体制が大きなうねりを見せた時代の、都市生活の日々の小さな部分たちだ。
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Text by Iori Inohana and HEAPS
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine