スイス、チューリッヒ。湖から流れだすリマト川からほど近い場所に建つのが、国内最大規模のコレクションを誇る美術館、チューリッヒ美術館(Kunsthaus Zürich)だ。1787年から歴史をつむいできたという同館では現在、医学と芸術にフォーカスした展示会「TAKE CARE: ART AND MEDICINE」が開催されている。対照的にも捉えられるこれら二つの分野は、肉体的な人間性と人間の精神をどのように表現しているのだろうか。
展示において設定されているテーマは「医学発展の黄金時代」、「疫病と大流行」、「予防医学、補完医学、自己治癒」、「診断と病院のシステム」、「薬剤学と最先端の研究」など。表現媒体も多岐にわたり、絵画、彫刻、映像、空間インスタレーション、パフォーマンスなどさまざまなメディアを通して、病める身体をめぐる幅広い言説とその魅力的な移りかわりが表現されている。あいいれないようにも見える「医学」と「芸術」だが、身体と精神、病気と回復、信仰と科学というように、たがいに絡みあった関係性を解きほどくため、芸術が重要な役割を果たしている。
脳を手にとって眺める男性をダイナミックな筆使いで描いた『Progressive Young Doctor Contemplating Filth』では病院で日常生活を送る人の苦悩が表現されている。膝から下の脚の模型にファーのような装飾がなされている『Sarah Bernhardt‘s Leg』では、標準的、または理想的とされる身体像を掲げる社会的圧力への苦悩が作品に落としこまれている。また、作者が自身の子どもを等身大に再現した彫刻『Innoscience』は作者が普段から服用している薬を画材として作られたもので、生命を維持していくための手段に関する問題提起がなされている作品だ。
人の体をその中心においた学問、医学。肉体と精神に対峙して生みだされるアートを目の前にしたとき、芸術は私たち自身の体の細部に宿っているのだと思うだろう。あらゆる姿の体も、それを取りまくどんな思想も、表現されることで医学という領域を超えた声を持つ。会期は7月17日まで。
Progressive Young Doctor
Contemplating Filth, 1985
Oil on canvas, 180 x 150 cm
Private collection, photo: Lothar
Schnepf; © Estate of Martin
Kippenberger, Galerie Gisela
Capitain, Cologne
Bernhardt‘s Leg, 1999
Mixed media
Owned by the artist,
© 2022, ProLitteris,
Zurich*
series ‘Chemical Life Support‘, 2004
Polymer wax and medicines,
25 x 68 x 32,5 cm
Courtesy of the artist, © Marc Quinn
1992–1994
Bronze, painted with oils, mixed
technique, with accessories,
127 x 119.4 x 63.5 cm
Courtesy the Estate of Duane
Hanson and Gagosian, photo:
Robert McKeever, © 2022,
ProLitteris, Zurich*
16-mm film transferred to HD video,
colour, audio, 18’16”
Courtesy of the Hammer Estate and
Electronic Arts Intermix (EAI), New
York, and KOW, Berlin
© Hammer Estate
4, 2017
Egg tempera, oil and acrylic on
canvas, 94 x 41 cm
Private collection
© 2022, ProLitteris, Zurich*
18th century
Various media on deerskin,
75 x 54 x 1 cm
Loaned by the University of
Zurich, Institute of Evolutio-
nary Medicine (IEM)
ments in treating cancer using
X-rays, 1908
Oil on canvas, 119 x 95.7 cm
Musée de l’Assistance
Publique – Hôpitaux de Paris
photo: AP-HP/musée – F. Marin
Meret Oppenheim, Glove, 1985
Parkett-Ed. Nr. 4, Gloves made of goat
suede, hand-piped and screen printed,
ca. 21.3 x 13.2 cm
Kunsthaus Zürich, gift of Ursula Hauser,
2004, © 2022, ProLitteris, Zurich*
Ophthalmological Models, around
1928/1930
Oil on wood, 49.9 x 40 x 0.8 cm
Städtische Galerie im Lenbachhaus
and Kunstbau Munich, © 2022,
ProLitteris, Zurich*
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Text by Iori Inohara
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine