第7話「でも、みんなで仲良く暮らすためのモスクなんや」反旗した仲間を迎え、焼き鳥BBQ|香川県モスク計画、祈りのルポ

香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う。
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「香川県にモスクをつくろうとしているインドネシア人がいる」

その噂を聞いた数週間後、私は香川県のx市にいた。グループのリーダーと会い、家にあがったその日から、当初の想定よりもだいぶ重く、深く、そして親密に、計画の渦中に身を置くことになった。これは、香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う現在も進行中のルポルタージュだ。

前回の第6話、危ない物件計画と仲間との白熱会議はこちらから。

「日本人は信じないかもやけど、天国はあるんや」

 みんなでの物件下見を終えて一安心したフィカルさんとI氏と私は、海辺へ行くことにした。工場地帯の奥にある防波堤に座り、海を眺めた。ちょうど太陽が沈む頃だった。穏やかに揺らぐ瀬戸内海は、徐々にピンク色へ染まっていく。

「子どもの頃、よく海で遊んだから懐かしいんや。この先にインドネシアがあるのかな、とか想像するんです」

 この先にあるのは岡山県だと知っているが、海は故郷へつながっていると、錯覚が起こる。 フィカルさんは疲れているようだった。昨日も夜中に何度も目が覚めたのだという。ただでさえ将来が不安なパンデミックに、資金のこと、そして仲間たちのことも考えなければいけない。

「さあ仮契約するよ。頭金を払ったら、物件を使わせてくれるらしいんや。31日にイスラムの祭日があるからその日までに契約したい。たくさん人が来るからお金も集めやすいから。9か月、大変やけど、死ぬ気で頑張るよ」。海の向こうをへ向けるまなざしは、誰の姿を思い浮かべているのだろうか。私は何度したかわからない質問をした。「なんでそんなにモスクが必要なの?」。

「アッラーのためね。それにみんなのため。インドネシア人たちがさみしくならないため。みんなで助け合うため」
「でもね、もうひとつ大切な理由は」とフィカルさんは間をおいた後、言った。「天国に行くためね。いいことしたら、天国いけるやん」

  フィカルさんは続ける。「日本人は信じてないけど、天国はあるね。目に見えているものがすべてじゃないんや。ほんまやで」 と遠い、海の向こうを見つめた。いずれにしても、これで前に進むことができる。やっとだ。もうこうなれば、進むしかない。


自宅い招いてくれた日のフィカルさん。
Photo by Shintaro Miyawaki

とつぜん翻されたパートナーの反旗

 それから数日がたった。パンデミックの影響が、そこかしこに現れはじめていた。知人の飲食店のいくつかが閉店したのもこの頃だ。企業の集団解雇や自殺率の増加などがメディアで報じられ、SNSではラディカルな主張が目立ちはじめ、人間関係がぎくしゃくしていた。私はそんな情報にうんざりしながら「頑張っていたら、誰かが助けてくれる」という物件下見での女性の言葉をかみしめていた。無条件の他人への信頼感は、こんな時だからこそ鮮やかに際立つ。そういえば、フィカルさんは以前、こう言っていた。

「私が日本に来たときは、インドネシア人がほとんどいなくて寂しかった。新しく日本に来る人たちに、そんな思いはさせたくないんや。だからKMIKをつくった」。フィカルさんがリーダーを務めるインドネシア人のムスリムコミュニティKMIKは、駆け込み寺のような役割を果たしている。フィカルさんの後輩のインドネシア人の父親が、病気で亡くなったときのエピソードは忘れられない。
 技能実習生の多くは、どんな状況でも帰国ができない。多額の交通費がかかるし、長期間仕事を休むとクビを宣告されることもある。家族から訃報を聞いても、ただ悲しむしかできないのだ。そんな彼をフィカルさんは家に招待し、仲間たちと一緒に彼の父親のために祈りをささげた。顔も知らない人のために、彼らは祈った。
「大した慰めにならないことは知っているよ。でも、一緒に悲しむことで、彼の苦しみは少し減る。家族のような仲間がここにもいると、実感するからな」。その後、残された家族のために寄付を募り送金してあげた。ほかにも、DVに悩み離婚を決意した友人のために寄付を募ったこともある。彼らの共助精神は相当に強いことを、彼らとのかかわりの中で何度も見ていた。個と全体が、裏表なく繋がりあう世界で、生きているのだ。
 
 だからこそ、私には一つ引っかかっていることがあった。モスク建立計画でフィカルさんと行動を共にしていた男の姿を、昨年末から一度も見ていなかったのだ。私も集会や、フードコートの集金(2話)などで何度も会っていて、ジョイフルの駐車場でお祈りをおこなう信仰心深い男だ。不動産との交渉や内見にも必ず同席し、2019年まではパートナーのように行動を共にしていたのに。硬い結束力を持つグループだからこそ、Bさんが現れなくなった事態は重いものに感じていた。

眠れない日々。Bさんとの戦い

「最悪や。昨日の晩に、ショックすぎて熱が出たね」とフィカルさんから電話があったことで、その懸念は表面化した。Bさんが、フィカルさんに反旗を翻したのである。
 突然、KMIKのグループチャットに「フィカルさんを止めてください。私の学者の友人たちも、みんなそう言っています。絶対やめたほうがいい」と投稿し、メンバーに直電を開始。最悪なことに、グループMの学者の友人にも連絡し、計画をやめさせるように伝えたらしい。Bさんは、2600万円がこんな状況では集まるわけがないので、まず小さな住宅を賃貸し、そこを拠点に資金を貯めるほうがいいという。意見のぶつかり合いは健全だが、みんなで決めたことを突然反対だといわれても困るし、フィカルさんを批判する悪口めいた言葉を陰で言っているようだ。

 すぐさま、グループチャットにメンバーからフィカルさんへの質問が大量に送られてきた。「Bさんはああ言っているけど、どうなのか?」。3100万円への不安と重圧が再燃し、不穏な空気が流れていた。フィカルさんが夜通し質問すべてに丁寧に返答し、メンバーは落ち着きを取り戻した。ひと段落はついたが、グループラインのチャット上でBさんとフィカルさんの言い争いがはじまり、徐々に罵り合いに発展した。それを収めたのはエリサだった。「お兄さん、そんなことしたらお兄さんの格が落ちる。私たちは信じてるから」とフィカルさんに電話で伝えたのだ。

 だが、事態は最悪に陥った。グループMがこのプロジェクトから距離を置くことになったのだ。彼らの主張はこうだった。「KMIKは内部の関係が良くないんじゃないか。こんなに問題が起こるなら、モスク計画は厳しい」。

 フィカルさんはその言い分に納得し、応援してくれたことへの感謝とこれからも仲良くしていきましょうと伝えた。これまで親身に助言をしてくれただけでもありがたいことだ。しかしグループMの離脱はメンバーたちにショックをあたえた。最も拠り所としていた存在に頼れなくなってしまったことで、一度固まった決心が揺らいだのだ。これで、技能実習生や学生が大半を占めるKMIKのメンバーの力だけで、2600万円を集めなければいけなくなった。

 またみんなで話し合いをすることになり、その結果、仮契約はあきらめるということになった。あの物件の購入をあきらめるわけではない。「私たちは大きなバスを買おうとしているんです。みんなで乗って、よい場所に行くために」というフィカルさんの言葉に、何年かかるかはわからないが、みんなで一丸になり寄付を集める意志が固まった。もしその間に借り手がついたらあきらめるしかない。A社長にもそれを伝えた。「まあしょうがないですね。先方には謝っておきます。それより、ここまで来てあきらめたらいかんよ。どんなかたちでもモスクをつくらないとだめよ」と、温かい激励をいただいたようだ。

 数日のうちにこれだけ状況が目まぐるしく変わるとは。書いている私も読者が混乱しないか心配になるが、事実なのだからしょうがない。それにしても、Bさんはなぜそんなことをしたのだろう。KMIKの無謀な挑戦をただ止めるためではなく、チャット上のやり取りや彼の発言から、嫉妬心が見え隠れしているように思う。パートナーのような存在だったフィカルさんがたくさんの人に慕われ、自分の存在が薄まっていく恐怖にとらわれたのかもしれない。完全に憶測なのだが。

フィカルの信念。「仲よくするためのモスクなんや」

 さて、次の問題はBさんの処遇だ。裏工作をし、大切な後ろ盾からの信頼を失わせた。この罪は、相当重い。メンバーからBさんを外すべきじゃないのか。また何か問題を起こす可能性は高い。
しかしフィカルさんはこう言う。

「私もめっちゃ腹立ってたよ。悔しくて仕事中に涙がでてきたしな。でもみんなでやらないと意味がないね。Bさんを仲間から外すなんて、そんなことできん。それに、私たちが揉めてるのを他の人たちが知ったら、モスクができても来たくなくなるでしょ? みんなで仲良く暮らすためにモスクがほしいんや」

 それには不和をどうにかしなければいけない。ほかのメンバーたちもこの1件で疲弊したようで、やる気を失っている人もいる。それに、Bさんへの不信は断ち切れていない。このままでは空中分解が起こる可能性がある。Bさんも参加しづらいだろう。そこでフィカルさんが考え出した解決方法は、バーベキューだった。

「誰かとけんかしても、ご飯を一緒に食べたら仲直りできるんや。一緒に笑うこと。そしたらお互い納得するし、けんかも笑い話になる」というフィカル家に伝わる教えに沿って行動したのだ。そして、バーベキューでともに笑い合ったあと、資金集めの会議をひらき、Bさんにもそのまま参加してもらうという計画を立てた。

 フィカルさんはインターネットでハラルの鶏肉を大量に購入した。そして奥さんや娘たちと協力して、インドネシア風の焼き鳥を100本つくった。鶏肉を細かく切り、味つけをして串にさすという、手間のかかる作業だ。信じられないくらい、人のために働く人だ。

 開催場所は、香川県の東部だった。パチンコ屋の角を曲がり、あぜみちを歩くと、田園風景の中にぽつんとアパートがある。その1室はKMIKのメンバーの部屋で、ほかの部屋にもインドネシア人の学生が住んでいる。駐車場にはバーベキューの台が2つ組まれ、ブルーシートの上に皿やコップがおかれていた。ちょうどお祈りの時間だった。夕日をバックにした彼らの祈りの立ち姿は、神々しかった。カエルの声が聞こえてくる。風で稲が揺れる。遠くから暴走族のパラリラーという騒音が場を支配したが、それでも彼らの集中は切れなかった。


Photo by Shinsuke Inoue

 お祈りが終了すると、フィカルさんたちが私に気づいた。アルムさんの手招きに導かれ、ブルーシートの一角にすわると、 肉、野菜などを皿にのせて持ってきてくれた。
「このタレがいいですか? 」「飲み物は?」とサービスしてくれる。至れり尽くせりとはこのことだ。フィカルさんがせっせと焼き鳥を焼く横で、Bさんも、汗をかきながら働いている。周囲の人たちとも、いつもどおり冗談を言い合っている。本当に彼らの中に不和が起きているのか? 不思議になる光景だ。

 食事が終わり、片づけをしてから、15人くらいが輪になった。子どもたちは、そのそばで追いかけっこをしている。フィカルさんが「Bさんこっちだよ」と、隣に座らせたところで、会議がはじまった。

誰も置き去りにしない、イスラムの知恵

 日が沈む駐車場。街灯が照らす中、いつも通り、手を挙げて発言するスタイルで会議は進行する。議題は「どうやってお金を集めるか。そしてBさんは、これからも参加するのか」だった。Bさんはうつむき加減で、無言で座っている。穏やかな調子で進んでいたが、ある女性が挙手をし、熱っぽく語り始めてから空気が変わった。Bさんの奥さんだ。 彼女もエリートで、プライドは高そうだ。Bさんは奥さんの意見とフィカルさんの狭間で苦しんでいたのではないだろうか。これを境に次々と発言が続き、ヒートアップしてきた。パキスタン、高松。不動産、社団法人。時々、日本語が聞こえてくる。すると、女の子の一人の頬に涙が伝った。
 感極まったのか、泣きながら身振り手振りで何かを伝えている。隣にいたエリサが彼女を抱きしめるが、エリサも泣いていた。この涙はなにを意味するのだろうか。アルムさんが半泣きで通帳をカバンからだして、みんなに見せる。 ほかの人たちも、重い口を開き、Bさんへ言葉をかけている。どういう意味なのだろう? 3100万円なんて絶対に無理だと、いうことなのだろうか? Bさんを非難しているのだろうか? 空中分解してしいそうな、不穏な空気に包まれているように感じた。その緊迫感の中、なぜか浮き輪をつけた男の子が、輪の中心をペタペタと歩いているのがシュールだ。
しばらくすると、沈黙が訪れた。カエルの鳴き声が場を支配する。フィカルさんが突然日本語で叫んだ。

「Bさん、みんなで一緒に頑張るね!」

 力強く手を取り、握手を交わす。その様子にほかのメンバーたちも感極まり目を潤ましている。Bさんの奥さんも、泣いている。
 これはすべてを水に流すことを意味していた。彼らは仲直りし、ともに活動することに決めたのだ。普通ならここでBさんは仲間から外されるだろう。危険因子を排除することは、グループの団結を促すために必要なことだ。しかし、フィカルさんたちはそうはせず、Bさんの居場所を残した。そこに戻るかどうかは、あとはBさん次第だろう。


Photo by Shinsuke Inoue

 イスラム教は部族社会で争いが絶えなかったアラブ地域で、神のもとの平和を目指すために生まれた宗教だ。同じ地域に共存していたユダヤ教徒との友好にも、ムハンマドは工夫を凝らした。教えの中にもたくさんの知恵を残したはずだ。私には、彼らが信仰と呼ぶものが、緻密に計算されたコミュニティーの設計図に見える。祈りの場では、同じ言葉を唱え、同じ動きをし、同じ存在に祈りをささげる。 金曜日はモスクで地域の人たちと、平日は家族で祈りを共有する。こうして宇宙的な一体感を、彼らは日々感じる。1年に一度の断食や喜捨も、絆を深め善意の循環を活性化する行為だということは、前話で触れた。そういった設計図の機能性を高めるのがモスクなのである。そこで子どもたちは大人たちの実践を見て、そしてコーランを読んで、普遍の本質を深層心理に染みこませていく。長い時間をかけて、個と集団の境界を薄めていくのだ。
 共助やコミュニティーというのは、時間と労力の犠牲の上に成り立つものなのだと、彼らを見ていると痛感する。すべてが効率化し、最適化していく社会にとって、彼らの存在はノイズとして扱われがちだが、私には光に見える。

 さて、このような顛末で、物件の仮予約の話もなくなった。しばらくはのんびり進むだろう、私もパンデミックでどう身を振るか考える時間をつくろうと思っていた。しかし、数日たつと、またフィカルさんから電話が鳴った。

「お金の集め方、思いついたね! どんどん進むよ!」。彼らの活動は、勢いづき大躍進を見せはじめる。先に結果を言ってしまうが、ついに2600万円が、フィカルさんと仲間たちのもとに集まることになる。無理難題と思えた資金集めは、会心の一撃、ものすごいスピードで展開を見せていく。そしてそこには、インドネシア人ではないコミュニティの存在も一助となった。そのあたりの話を次回、していく。

▶︎第8話  「1300回の入金」。不思議な寄付と動画制作、涙の演奏会

Text by Daizo Okauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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