第4話「突然現れた、謎の富豪 」物件探しで触れた差別とリアル【後編】|モスク建立計画、団地で生きるムスリムと祈りのルポ

香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う。
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「香川県にモスクをつくろうとしているインドネシア人がいる」

その噂を聞いた数週間後、私は香川県のx市にいた。グループのリーダーと会い、家にあがったその日から、当初の想定よりもだいぶ重く、深く、そして親密に、計画の渦中に身を置くことになった。これは、香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う現在も進行中のルポルタージュだ。

第4話は、モスクの物件探しの始動。そこで見えてきた地方都市の団地で生きるムスリムたちのリアル。前編はこちらから。

「あなたは、公安ですか?」突然の質問にたじろぐ

 気分転換にまたジョイフルでお茶をすることにしたのだが、何度も何度も、あの親父の目が脳裏に浮かんでくる。
 フィカルさんは、いや多分他のインドネシア人や移民たちもあの目を向けられることがあるのだろう。ジョイフルにはちょうどヒジャブを被った女の子たち、ブラジル系の家族、ベトナム人女性の集団もいた。彼らもそういった経験を積み重ねるうちに、同じ国籍の人とだけ過ごすようになったのかもしれない。比較的都市部の高松市の中心地でさえ、アジア系の移民が日本人と一緒にいるのをほとんど見たことがなかった。来日前は、少なからず日本人との交流を楽しみにしていたはずだが。

 そんなことをぼんやり考えていると、日活俳優のような顔立ちのプトラくんが現れ雰囲気が一変した。「今日もイケメンやなあ」と褒めると「そうね、この人イケメン」とフィカルさん。プトラくんは「フィカル兄さんこそ、イケメンやんか」と返す。冗談か本気かわからない2人のおだてあいに肩の力が抜けた。

 聞けば、プトラくんのところはもうしばらくすると子どもが生まれるらしい。相手はインドネシア人。来日したときの研修で出会い、数年間は別々の土地で暮らしたが、遠距離恋愛を経て結婚に至った。出産への喜びをしばらく語ったプトラくんだが、次に彼が発した言葉にまた緊張が走ることになった。

「あなたは、公安ですか?」と私に言ったのである。

 質問を繰り返す私への冗談だったのかもしれない。しかし動揺した。そんな疑惑をかけられたことはなかったからだ。私が公安警察だとすれば、彼らがテロリストだと疑い近づいている?
「いや、そんなわけないでしょ?」と強く否定した私の狼狽に気づいたフィカルさんは、申し訳なさそうに説明してくれた。

「実は他の人にも、そう聞かれたね。インドネシアには公安が多いからね。でもね、もし公安やったとしても、私たちは隠すことなんかひとつもない。逆に公安やったほうが、私たちの本当の姿を理解してくれるやろ? 仲良くなる自信があるし、困ったら助けてくれるかもしれんし、全然気にしてないよ」

 確かに、突然現れた日本人が根掘り葉掘り彼らの活動について詮索している現在の状況は、彼らにとっては不自然だ。だとしても、公安警察だと勘ぐるのは、飛躍しすぎだと感じた。イスラム教徒は監視される対象になるかもしれないと、多少は感じながら暮らしているということだろう。

「でも、ここ半年くらい変な人からメールが来るんや」と、フィカルさんがいう。自称インドネシア人とのやりとり。そのメールはすべてひらがなの拙い日本語なのだが、フィカルさんやその友人のプライベートにやけに詳しいし、のらりくらり情報を聞き出そうとしているようにも見える。だが誰に聞いても、そんな男は知らないと言うのだそう。「みんなで集まる日に遊びに来て」と何度誘っても、何やら理由をつけて、絶対に来ない。

「うーん、確かに不自然だけど、そんな変な日本語を送ってくるかな?」と私がいう。「わたし あなた すき」とかそういうレベルなのだ。「まあ、そうね。考えすぎやわ」と2人。

 実際2010年に、公安警察がムスリムコミュニティーを監視し、収集した個人情報がインターネットに流出した。ムスリムというだけでテロリスト予備軍と定め、捜査したのではないかという議論が起こった記憶がある。だが、いまも、しかもこんな田舎であるのだろうか? 

 目の前にいる虫をも殺せなさそうな2人のゆるキャラを見て、はてなマークが脳内に溢れかえった。
 

モスク完成が目前に!突然現れた、謎の富豪ムスリム

 それから何の進展もないまま2ヶ月がすぎ、2019年の秋を迎えていた。香川県は瀬戸内国際芸術祭で湧き上がっていた。世界中から観光客が訪れることもあり、多様性という言葉をよく耳にする時期だ。

 私はといえば、別件で繁忙期に突入し、フィカルさんたちとすっかり疎遠になってしまっていた。連絡がまったくないので、もう計画は頓挫したのかな? とさえ思っていたが、突然フィカルさんから新たな展開を告げる着信があった。

「実は県外のムスリムの偉い人が寄付してくれることになったんです」
「おー、それは良かった。少しは助けになるね。50万円くらい?」
「いえ。3500万円くらいです」
「え!!!???」

 私は変な声を出してしまった。

「だから土地を買って、こんな感じの建物を建てようと思うんです」と送られてきた画像は、豪華な装飾をまとった石のモスク。スポットライトで全景が照らされている。だめだフィカルさん、これは3億円をくだらないだろう。完全に舞い上がっている。

 早く現実を伝えてあげなければ!と、すぐに落ち合うことに。いつものジョイフルへ向かった。

「あの写真の建物は無理やで。3500万円だと土地を買っても、プレハブしか立てられないと思うし、物件を購入する方向で進めた方がええよ」と伝えると「えー、そうですか」とうなだれてしまった。

 それにしても一体どんな人が3500万円も寄付してくれるのか。その謎のムスリムは、インドネシア人ではなくパキスタン人。関西の都市部に住む富豪で、巨大なムスリムコミュニティーの主要人物だという。フィカルさんはその謎の富豪に直接会ったことはないが、「社長」と呼んで慕っている日本在住歴30年のパキスタン人が仲介してくれたのだという。しかしそんな頼りない縁で、そこまでの大金を出してくれるのが信じられない。

「私、ラッキーね。香川県でモスクのために頑張ってるムスリムは少ないから、神様が見つけやすかったんや」

 何はともあれ、これで選択肢が一気に増える。ほぼモスクができたようなものだとばかりに、意気揚々と夢を語りはじめたフィカルさん。“完成したらテレビの取材を受けたい、そうすれば日本人からの信用も得られるはずだ” “駅にお祈りができる小さな部屋をつくってもらうために、鉄道会社の社長にお願いをしたい” などなど。次々と夢を語る彼の瞳には、輝かしい未来が映っていた。天にも昇るような、とはこのことか。

「で、良い物件はあるの?」
「この物件を見つけたんですけど、どう思いますか? A社長にも相談したら、知り合いの不動産屋の持ち物件なんやって。3500万円らしいわ」

 その物件は、もともと中古車屋だったようで、1階は展示室。80人は収容できる広い空間だ。2階の事務所も広い。おまけに周囲に住宅は少ないし駅も近い。駐車場として使えるスペースもあり、国道に面している。かなり広い敷地だ。

「知人の不動産屋に評価額を調べてもらったら2500万円でしたから、ちょっと高いですね。でも私は、あの建物がいいです。高いっていうても3500万円ね。上手くいきそうです」と、フィカルさんは笑顔満面で帰っていった。「次に連絡するのは、契約が決まったときかもね」と言い残して。
 

またもやどんでん返し。業界の大物へ、ビデオメッセージを送る

 1週間後、突然ジョイフルに呼び出された。購入決定か!? と急いで向かったのだが、隅っこの席に俯いて座るフィカルさんの周囲は、どよんと淀んでいた。先日までは浮かれきっていた様子との落差に思わず笑いそうになったが、事態は深刻のようだ。

「そのお金持ちの人が、評価額に合わないことに文句言ってるんや。私、何度も説明したね。やっと出会えた物件。あんな良いのないって。でも『君は騙されとる、評価額以上になる場合は一円も寄付しない』って言われたんや」

 どうしようか、と頭を抱えている。いまいちことの経緯をつかめないが、謎の富豪は不動産業界にも精通しているようで“自分が正しい”と言い張っているようだ。

「もう方法は一つしかない。A社長にもっと安くしてほしいって、お願いしに行きます」と勢いよく立ち上がった。「え? 1000万円もまけろってお願いするの?」と言う暇もなく、超速で会計を済ませ、A不動産へ。

 事情を説明すると、A社長はしばらく考えてこういった。

「その物件を持っている不動産屋さんのS社長は、業界のドンやから、お願いをしにくいなあ。1000万円も下げろって、失礼やんか。そや、携帯でメッセージビデオを撮ろう。事情を自分で説明したら、もしかしたら熱意が伝わるかも」

 A社長の名案にフィカルさんは賛同した。「でも私、人前で喋るのほんまに苦手ね。原稿をかいてくれませんか?」というので、私は紙に原稿を書いてあげた。それを何度も読みあげ、練習するフィカルさんはすでに緊張しているようだった。

「私たちは、インドネシア人です。頑張ってお金を貯めました。2500万円なら支払えそうです。日本での暮らしを良くするために、なんとかモスクが欲しいんです。宜しくお願いします」

 少し拙い日本語に、高い音域の声と讃岐弁のイントネーション。そして憎めない笑顔。もしかしたら想いは届くかも! と思わせる何かがある。いや、1000万円の値下げなんて、どう考えても難しいとは思うのだが。5回目のテイクで、やっと納得のメッセージビデオが撮影できた。あとは返事を待つのみだ。

 A社長にお礼を言うと「こないだのカレー、美味しかったからお返しや」と粋なことを言う。仲介人のKがフィカルさんの会合に参加したときにインドネシアのカレーを食べて感動したらしく、わざわざタッパに詰めてA社長に持っていったらしい。義理と人情の優しい世界。そしてカレーパワー、おそるべし。


フィカルさんの家での会合。第1話より。

 なんのレスポンスもないまま、季節は冬を迎えた。私はもう諦めていたが、フィカルさんは、いまかいまかかと返事を待っていた。そんなある日。「不動産界のドンが会いに来てくれる」という連絡があった。集合場所はA不動産。もしかしたら値段交渉に応じてもらえるかもしれない。

 交渉前にジョイフルで会ったフィカルさんの表情は、やつれていた。無理もない。インドネシア人、パキスタン人、日本人という、それぞれに個性的な文化を持つ人たちの間で交渉をしているのだ。想像しただけで頭がくらくらする。ムスリムは同じ教義を共有しているが、その地域によって、人々の性質の傾向は違う。熱帯と乾燥地帯では、食事も、文化も、習慣も、生きるための処世術も異なるので当然だろう。

「みんないろんなことを好き勝手にいうから、嫌になるね。でも私は頑張るよ。頑張るしかない。寄付してくれた技能実習生たちが帰国しないうちに、モスクをつくってあげたいしな」と、自分を奮い立たせた。

 A不動産には、珍しくビシッとしたスーツ姿のA社長がいた。少しピリピリしている。フィカルさんも落ちつかない様子で机の周りをうろうろしていた。

 数分後、真っ白な高級車が駐車場に停まった。ついに不動産界のドンと言われるS社長が現れたのである。柔和な表情の紳士的な振る舞いの人だが、百戦練磨感が滲み出ている。フィカルさんが硬い表情で笑いかけると、S社長はニヒルに笑った。さてフィカルさんは、事の顛末といまの状況を熱っぽく語った。意外にも話をじっくり聞いてくれるS社長。おお!もしかしたらいけるかも? と思ったが、返答は望ましいものではなかった。

「残念やけど、2500万円は無理ですね。3100万円までなら頑張れるかもしれません」
 私なんかは400万円も安くなったので驚き、満足してしまった。だがフィカルさんはそれでも食い下がり、説得を続けた。

「私たちは日本人に誤解されてるね! どうにかするためにも、モスクが欲しいんです! みんな待ってるんです。なんとかなりませんか?」

 少し手が震えている。よほど緊張しているのだろうが、その震えは胸に迫るものがあった。頑張れ! 頑張れフィカル!しかし、やはり1000万円の壁は高い。

「3100万円以下はちょっとねえ。仲間と相談してそれでも大丈夫なら、電話してください」と言い残し、S社長は帰っていった。

「はあ。無理だったか。普段は使わん頭使ったから、疲れました」と、放心状態のフィカルさんを、A社長が慰める。

「フィカルさん、よう頑張ったよ。もっと小さな物件にしようや。探しとくけんね。自分たちでお金をだして買った方が、自由に使えてええと思うよ」

 確かにその通り。冷静な大人の意見だ。無理をして背伸びをする必要はない。まず小さなモスクからはじめたらいいじゃないか、と思うも、フィカルさんは言う。「私は絶対に諦めんよ。あの建物を買う! 3100万円を自分たちで集めるね。自信があるよ。自信がないと言わないね!」

鉄のように硬い、フィカルさんの決意。そして迎えるパンデミック

 慰めついでにジョイフルでコーヒーを飲むことになったのだが、興奮がおさまる様子はない。「私は絶対に諦めんよ!」。フィカルさんのその大きな声に、周囲の人たちはこちらを見た。しかし、どうやって?

「インドネシア大使館の偉い人に連絡する。その人に後援してもらえると、寄付してくれる人が増えるやろ」

 だが、そもそもインドネシア大使とフィカルさんは知人ではない。

「いや、それでも厳しいんじゃないかな? 3100万円でしょ? 僕はイスラム教徒じゃないからわからないけど、日本人の感覚だったら無理。絶対に無理だと思う。3100万円が日本でどれほどの価値があるかわかる?」

「わかってるね。でもここまできたら諦められないね!」

 声を荒げ、目を見開いた。すごい眼力だったが、まだ300万円しか貯まっていない状況では、その言葉は空疎に響いた。
 私は諦めるように説得した。3100万円という大金は、彼の首を絞めかねない。いまでさえストレスで疲弊しているのだ。しかし彼の意志は鉄のように硬い。あまりの頑なさにこちらも少しイライラが募ってきた。なぜそこまで?

「よく考えたんやけど、モスクを宗教法人にしたいね。日本の国から認められたことになるでしょ。これ、めっちゃ大切なことよ。立派な建物で、駐車場がないとダメらしいんや」

 そのためには、まずは社団法人として3年間活動するのが近道なのだという。なんとフィカルさんはすでに社団法人の設立について司法書士に相談を開始していた。彼は本気だ。本気で3100万円を集めようとしている。

 確かに、日本社会から信頼を得て地域に溶けこむためには、自分たちが何者かを明確化する必要があるが、この男、そこまで考えているとは。私は自身の経験を、彼らの状況に重ね合わせていた。10代の頃にイギリスの田舎町で暮らしていた時のことだ。

 そこでは、アジア系だというだけで見下されることがあった。路上や大学内で、黄色人種という枠の中に押し込まれ、言葉や視線による差別を体験した。存在しないもののように扱われ、自分の名前と顔が奪われるような感覚に陥ることもあった。その時に蓄えた劣等感は20年たったいまもまだ心のどこかに残っている。

 一方で、この国はどうだろうか。外国人という雑なくくり。商店街での冷たい視線。信仰を理由に向けられる疑念。その小さくも心に刻まれる差別は、ボディブローのようにダメージを蓄積する。そして彼らを孤独の檻に閉じ込めていく。

 処方箋となるはずの多様性という耳障りのいい言葉は、消費され続け、形骸化しまった。それどころか、枠の中の複雑なリアリティーを覆い隠し、(誰かが定義した)多様性の網目からこぼれ落ちる存在をさらに孤立させている。そう思うと、彼らにとってのモスク建立は、ささやかな存在の証明の意味もあるのではないだろうか。一人ひとりが異なる名前と顔を持つ、個人であることを示すための。

 私たちは会計を済まし、ジョイフルの外に出ると、肌寒い風が吹いた。2019年の12月15日だった。

「ふー、日本の寒さは身にしみるわ。でも私は諦めんよ。来年は絶対にうまくいくね。何か進んだら連絡します」とフィカルさんは宣言した。

 こうして2020年を迎えることになる。モスク建立計画は誰も予想していなかったパンデミックに、日本社会と等しく巻き込まれていくのだ。そして、モスク建立はこのパンデミック下においてまたもや思わぬ展開を見せていく。

Photos by Shintaro Miyawaki
Text by Daizo Okauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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