第4話「商店街での冷たい眼差し」物件探しで触れた差別とリアル【前編】|モスク建立計画、団地で生きるムスリムと祈りのルポ

香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う。
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「モスクのための建物か土地を探すから、手伝ってくれませんか?」。3ヶ月の集金活動で300万円を集めたフィカルさんが、そう依頼してきたのは2019年の5月だった。それから年末までの7ヶ月間、私はフィカルさんの激動の日々を追いかけることになる。

突然現れた謎の富豪や不動産界のドン、公安警察の疑惑と日常にある差別。その濃密な日々を、駆け足で振り返っていこうと思う。

「香川県にモスクをつくろうとしているインドネシア人がいる」

その噂を聞いた数週間後、私は香川県のx市にいた。グループのリーダー、フィカルさんに会い、家にあがったその日から、当初の想定よりもだいぶ重く、深く、そして親密に、計画の渦中に身を置くことになった。

この連載では、フィカルさんと仲間たちがさまざまな問題にぶち当たり、それでもめげず、時に迷走しながらも、モスクのために突き進む姿を追う。資金集め、物件探し、そのどれもが外国人の彼らには大難題だ。浮き彫りになる差別や偏見。仲間との不和。

地方都市で外国人が生きることはどういうことか? 信仰とは? なぜそこまでしてモスクを建てようとしているのか?

これは、香川県にゼロからモスクをつくろうと計画するインドネシア人ムスリムたちの、いざこざとどんでん返しと、そして愛と驚きに満ちた日々を追う現在も進行中のルポルタージュだ。

フィカルさんと出会って、1年が経った。その間に、私たちはお互いの悩みを相談し合う友人になった。だからジャーナリズムというよりも、友人とその仲間たちが夢を追う様子を記録したものという表現が近いかもしれない。

まずは数回にわたり、私とフィカルさん、そしてインドネシア人のムスリムたちとの出会いから今日までの約16ヶ月の道のりを、そしてその日々に私が目にし耳にし、立ち会ってきた彼らのさまざまをレポートしてゆく。

第1話「出会いと、初めて足を踏み入れた日」はこちらから。

 はじまりはX市にあるジョイフルだった。そこでフィカルさんが語った物件の条件とは「X市の主要駅から徒歩15分以内。収容人数30〜80人ほどの広さ。予算は1500万円」というもの。正直、厳しいと思った。X市の地価は高くないが、駅近でそんな安物件がある可能性は低い。

 ふと、そもそもの疑問が浮かんだ。モスクの定義とはなんなのか? たとえば寺院には仏像、教会には十字架、神社には鳥居などの象徴があり、荘厳な建築物が場の威厳を醸しだしている。私が訪れたインドや東京のモスクは、タイルの細密な模様が妖艶に輝いていた。

 フィカルさんにその疑問をぶつけると、「そんなの必要ないですよ。どんな建物でも、そこがモスクだと言えばモスクです」というので拍子抜けしたが、その素朴さに私は感銘も受けた。実際に、日本国内にある100近くのモスクの多くは、工場やコンビニの跡地、または一軒家の再利用なのだという。

 集団でお祈りができるスペースと、手や足を清める水場、そしてコーランがあれば機能するのだ。偶像崇拝が禁止されているので象徴を祀ることはない。神の前での平等を実践する宗教だと聞いていたが、徹底されている。

「うちの家をモスクにしようかとも考えたけどね。でもモスクって名乗るなら、誰かが訪ねてきたらいつでも中にいれてあげないと。さすがに家族に申し訳ないから、それは最終手段ね」とフィカルさんが驚愕のプランを語った。

 ここで重大な事実を思い出した。まだ300万円しか貯まっていないじゃないか。一体どうする気なのか?

「そこでよい案があるんですよ。前金を支払って、物件を6ヶ月くらい仮おさえできないですか? その間にお金を集めます」

「もう香川県のインドネシア人のほとんどに募金をお願いしたし、これ以上は無理。インターネットで世界中のムスリムに寄付をお願いをするしかないね。詐欺だと疑われないために、購入予定の物件の写真や仮の契約書が必要なんです」

 寄付を集めるためにもまず物件をまずおさえるのか。斬新な発想だ。日本には手付金制度がある。総額の10パーセントを売主に預け、6ヶ月〜1年ほど猶予をもらうのだ。だが期限までに支払いができなければ、手付金は売主の手に渡ってしまう。1500万円の物件だと150万円が水の泡になるということだ。

 私の心配をよそに「それでも大丈夫です」と自信満々にいうフィカルさん。その言葉を信じるしかない。

 だが、私はX市に土地勘がないし不動産屋に知人はいない。知人じゃなければ、モスクと聞けば敬遠されるだろう。そこで、KというX市の老舗商店の倅に相談することにした。電話をかけると、Kは軽快にこう答えた。

「ええねえ。移民が増えたらこの街も活気づくし、おもしろくくなりそうや」。すぐさま、知人の不動産屋に連絡してくれた。

 こうして1週間後の18時に、その不動産屋はフィカルさんに会ってくれることになったのだ。

駐車場でお祈りをし、いざ不動産屋へ

 当日、まず私たちは前回と同じジョイフルで集合することに。店内では、巨体のインドネシア人2人が魚のフライ定食を食べていた。フィカルさんの対面には、以前のフードコートでも同席したBさんがいる。2人はよく行動を共にするパートナーなのだ。

 私がフィカルさんの横の席に着くと、Bさんはおもむろに席を立った。きっとトイレだろうと、私たちは世間話をして時間を潰した。しかし10分経っても、Bさんは戻ってこない。大の方かな? と思っていた矢先、Bさんがすっきりした表情で巨体を揺らし戻ってきた。よく見ると顔が濡れている。

「Bさんはお祈りしてきたね。駐車場の隅っこで、敷物敷いて。私はまだまだやから、人前では恥ずかしくてできんよ。偉いね」
 
 さて、準備は整った。私の車を近くのパーキングに停め、フィカルさんの愛車でA不動産へ向かうことに。Kと一緒に出迎えてくれた社長のAさんは、メガネをかけたぽっちゃり体型の人好きのする中年男性だった(以下、A社長)。初見こそ巨体のインドネシア人2人に面食らっていた様子だったが、フィカルさんの讃岐弁と腰の低いお辞儀で警戒心が解けたようだ。

 モスクとは何か? 好きなご飯は何か? いつ日本に来たのか? あの頭に巻くスカーフは何か? 矢継ぎ早に繰り出される質問に、フィカルさんはジョークを交えて上機嫌で答える。フィカルさんが長渕剛が好きだと言ったところで盛り上がりは最高潮を迎え、気がつけば30分ほど経っていた。

「フィカルさん、おもろいなあ。初めてイスラム教の人と会ったけど、テレビで聞くイメージと全然違いますね。安心しました。ぜひ、成功させましょう」。A社長は早速、行くつかの物件を提案した。

「これなんかどう? 値段は1500万円。ここだったら大家さん友だちやし、融通も効くと思うよ」

 3階建ての住居件事務所だった。築20年くらいの鉄筋だ。外見は住居にしか見えない。

「おー、綺麗です。駅が近いし、いいですね。車持っていない人ばかりやから。ぜひ、見に行きたいです」。あれ、思いのほかトントン拍子で進んでいきそうじゃないか?

フィカルさんの不動産屋へのトラウマ

 その物件は国道に面していた。1階と3階は壁などの仕切りがない倉庫。2階は住居。廊下に面した襖を開けると、畳の部屋が連なり、トイレやキッチン、お風呂もあった。フィカルさんとBさんはインドネシア語で何やら相談しながら、壁を手で軽く叩いて音を聞いている。

「集まりにくいので、壁を壊さないとダメですね。2階は女の子、3階は男のお祈りの部屋にしようかな」

 なるほど。フィカルさんの家では男女が同じ部屋でお祈りをしていたが、通常は違う部屋でするのか。その理由を聞くと「照れてしまって集中できんから」らしい。もっと宗教的な意味があるのかもだが、単純明快な説明でわかりやすい。

「1階ではお店ができそうですね。その利益をモスクの維持費にするんです」とフィカルさんは次々と計画を練っている。

 モスクでの商売は、運営資金のためなら許されている。ハラル食品を販売したり、余った部屋を地域の企業に貸したりするモスクも存在するのである。金銭的な余裕のないムスリムの留学生が住んで管理人を兼ねることもあるようだ。この物件だと、そういった利用方法も可能だ。

「気に入りました! Bさんも喜んでいます。私はここで決めたいけど、仲間にも相談しないと。別の日に連れてきてもええですか? みんなも気にいると思うけど、念のためね」

 1割の150万円を売主に預ければ、6ヶ月間の仮予約も可能とのこと。私もこの物件は条件を満たしている気がした。フィカルさんたちが物件を気に入っている様子に、A社長もKもホッとしたようだ。私たちはにこやかに物件をあとにした。

 そのあと、フィカルさんは私をジョイフルに送り届けてくれた。駐車場に降り立つとすっかり暗くなっていた。ジョイフルの窓から漏れる光が、フィカルさんを照らしている。逆光で表情はよく見えないが、改まった声が聞こえてきた。

実は今日とても不安だったんです。断られると思ってたから。結婚して引っ越すときに、外国人という理由で何軒もの不動産屋さんに断られたのを思い出して。辛かったし、情けなかったよ。奥さんが日本人やのにおかしいよ。しかも、モスクやイスラム教徒の印象が悪いのを知っているから。本当にありがとう」と深々と頭を下げた。

 感極まっているのか、少し声が震えていた。まさか不動産屋を紹介しただけで、ここまで感謝されるとは。それほどに、当時のことはフィカルさんの心を傷つけたのだろう。

女性の強さにたじたじ。果たして仮予約は成立するのか?

 フィカルさんは、この物件で進めることを決めたようだ。契約日に仲間とともに見学をして、問題がなければそのまま仮契約をする。スムーズすぎるとネタにならないなと、ライターとしては不満を感じていた。しかしこの物件を逃すと、良い条件のものはなかなか見つからないだろう。そんなことを考えながら、例の物件に向かう。

 玄関前は、ヒジャブの集団で華やいでいた。若い女性を中心に10人くらいはいる。え!? ちょっと仲間を呼ぶって言ってたけど、こんなに? 紫、ピンク、赤の色鮮やかなヒジャブは、路上に忽然と現れた花畑のよう。国道を走る車から視線を向けられている。口をあんぐり開ける人、目を見開く人。Uターンして戻ってくる車もいた。そんなに珍しいのだろうか。

 A社長とフィカルさんが到着し、物件の中へ。女性たちは少女のように目を輝かせ、嬉々として家の中を見回った。まるでテーマパークに遊びにきたようなはしゃぎようだ。先頭を歩くフィカルさんは「ええところ見つけたなあって、みんなが言ってくれてます」と得意げだ。

 なんと穏やかな空気感。これは決まったな、誰もがそう思った。

 だが、日本在住歴が長い40代の女性は冷静だった。2階の壁や水回りの細部を厳しい視線で見定め、あれこれ指摘すると雰囲気が一変。女性たちは「確かに」という感じで同調しはじめてしまったのである。その空気に押され、苦笑いで頷くフィカルさんの姿は、母親に諭される子どものようだった。完全にその女性に押されている。A社長が、不安そうに「どうしたの?」と聞いた。

「いやー、さすが女の人はしっかりしてるね。あそこを修理するのにお金かかるとか、そういうこと言ってます。私はみんなでやれば安いと思うけど。へへへ」と、気まずそうに笑った。さっきまでのこの世の春のような得意満面な表情は、すっかり消えてしまっている。ああ、これはダメかもしれない。

 ふと部屋を見渡すと、さっきより人が増えている気が。いや、確実に10人くらい増えている。廊下に行くと、静かに談笑するインドネシア人で埋め尽くされていた。初々しい男女のカップルや、小さな子どもとそのお父さんらが加わっている。これだけ人数がいて騒がしくないことに驚きつつ、ニコッと笑いかけると、彼らは深々とお辞儀をした。家の中を実に楽しそうな表情で見ている。ただの家の内見なのだが。

「うわ、みんな来てしまった。ラインのインドネシア人グループに今日のことを書いたんです。インドネシア人は集まるのが好きだし、モスクになる建物を見たいんです」とフィカルさんは困り顔になった。

 気を取り直して一階に降りると、別のインドネシア人の男女7人くらいの集団がいた。ちょうど玄関から、また一人登場。次々と増えるインドネシア人たち。30人はいるだろうか。A社長は丸い目をさらに丸くしていた。

 なんなんだ、彼らの団結力とモスクへの想いは。凄まじい。と同時に、彼らが醸し出す緩い空気を久々に感じ、私は不思議な安堵感に包まれていた。いや、ほんと、他者との境界線が曖昧になるのだ。

 だが、やはりそううまくはことが進まないものである。数日後、この話は破談になったと連絡があった。女性たちの意見に押されたのは明白だった。やりとりの一部始終を見たA社長は、この計画が達成できるのか心配になってしまったようだ。フィカルさんは人が良すぎる。全員の意見を律儀に聞くのはいいのだが、リーダーたるもの、時には強引さも必要だよなと見ていて思ったり。

 順調に進んでいた物件探しは、一転して暗礁に乗り上げてしまった。

「商店街で向けられた、冷たい眼差し」

 
 そもそも売り出している物件の情報が少ない。あったとしても条件にまったく合わない。住宅街に空き物件はあったが、近所の人が怖がってしまうという理由で、フィカルさんは乗り気ではないようだった。

 ならば自分の足で探そうと、仕事終わりに街を車で探索したりと歩き回った。夜に懐中電灯を持ってうろうろする姿はさぞ怪しかっただろう。収穫はなかった。

 A社長がたまにくれる空き物件の情報も、パッとしない。物件の住所に行くと、川沿いのラブホテルだったこともある。切羽詰まっているからか「ラブホテルでも大丈夫です」というフィカルさん。だが、隣はまだ営業中のラブホテルだ。さすがにやめたほうがいいと助言した。

  そうこうしているうちに、さらに2ヶ月がたった。関係者みんなが疲労を感じていた。というか、飽きはじめていた。それに比例するようにフィカルさんの焦りは募っていく。

「インドネシア人は飽きっぽいから、スピードが大切! この波を逃したら、モスクが一生できないね!」と悲壮な覚悟を述べるので、私も本腰を入れて手伝うことにした。

 まず、他の不動産屋に私が問い合わせてみることに。しかし「外国人」というと、断られてしまった。実際に言われると想像以上にショックだったし、外国人という雑すぎるくくりに愕然とした。枠の外を同一視し、複雑性を無視するこの国の空気。それは形を変えて自分に襲ってきそうな不気味さがある。

 ならば空き物件だらけの商店街だ。持ち主を探すための情報を得ようと、営業中の金物屋を訪れた。怪しまれないようにまずは私が入店し、店主の親父に空き物件がないかを聞く。愛想よく商店街の内情を語ってくれる親父。これは大丈夫そうだ。よしフィカルさんを紹介しよう。だが、彼を店内に呼び込んだ瞬間、親父の態度は豹変したのである。軽蔑の目でフィカルさんの顔から足元まで舐め回すように見た。

 その冷たい眼差しに戦慄した。日本人は、こんな目をするのか。決して日本人には向けない、尊厳を奪うに十分な凶器のような目。私はぼう然と立ちすくんでしまった。続いて湧き上がる、強烈な怒り。だがここで私が悪態をつくとフィカルさんたちに迷惑がかかるだろう。私はなんとか感情を抑え、薄ら笑いでその店を後にした。

「大丈夫よ。慣れてるから。あの人とゆっくり話したら、仲良くなる自信あるよ。そうやって私は、日本で生きてきたからね」と、フィカルさんは落ち込む私を慰めてくれた。

 そして車通りの多い国道にさしかかると、フィカルさんは申し訳なさそうにこう言ったのである。

「私と一緒に歩いていて、恥ずかしくないですか?」

 あまりに重い言葉だった。生々しい心の痛みは、いつまでも残った。それは、彼らが受ける差別の痛みを理解していなかった証だ。

後編に続く。(▶︎ 「突然現れた、謎の富豪」

Photo by Shintaro Miyawaki
Text by Daizo Okauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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